小説「草原の王と山河の王」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

昔、穣に茂る馬草が日に映えてしろがねの様に見事な草原に都した王と、はがねの様に天を突いて立つ黒松の山すそに都した王が、互いの領土を狙って長い間戦を繰り返していました。

 草原の王は千里を駆ける馬を何万と育てることが出来、草原の兵士は風の様に地を奔りました。しかし山河の王は鎧の上からも抜き通す強い弓を何万と作ることが出来、草原の兵士が嵐のようにうねって押し寄せてきても、難なく射殺してしまいました。なので草原と山河の争いは、いつまでも決しないままに長い時間が過ぎて行きました。

 山河に都した五代目の王は、長い戦で梓の木を刈りすぎたことに気付きました。同じ頃草原の王も、長い戦で兵士のこころが荒んでいることに気付きました。二人の王は同時に、これ以上の戦は民にとって無益なことを悟りました。そして戦をこの先無いことにしようと思い立ちました。

 山河の王は草原の王に使いしました。森と草原の境に岩舞台を作り、そこで互いに考えを問おうではないか、と。草原の王はこれに答えて、考えに従う旨を使いに伝えて森に返しました。

 そこで山河の王は黒松の森を貫いて流れる川を逆登り、廣い岩をいくつも切り出して森と草原の境に岩舞台を築きました。そして赤い山葡萄を三年醸した酒を持って草原の王を待ちました。

 約束の日の日が山に隠れる頃、草原の王はその年一番よく肥えた羊の初子を屠って岩舞台に現れました。そこで二人の王は羊を焼き、酒を酌み交わし、しばしの間黙って酒盛りをしておりました。

 草原の王は問いました。

「お前の国はどのようになっているか。」

 山河の王は答えました。

「おれよりも四代前の祖父が今の土地に都して、それ以前はしらない。お前の国はどのようになっているか。」

 草原の王も答えました。

「おれより四代前の祖父が今の土地に都して、それ以前はおれも知らない。我らは互いの土地を欲しがって五代争って来たが、今思うに馬は痩せ兵は荒み、何も恵まれてこなかったと思う。お前はどう思うか。」

 山河の王は答えました。

「我らは互いの土地を欲しがって五代争って来たが、今思うに森は荒れ河は淀み、何も得たものは無いと思う。お前には息子がいるか。」

 草原の王は答えました。

「万里を駆ける馬よりも、更に逞しく育ったものが一人居る。お前には娘がいるか。」

 山河の王は答えました。

「森に一番永く生えた黒松よりも、更に美しい黒髪をしたものが一人居る。この上はおれの娘をお前の息子に嫁らして、生まれた子どもを両国の王とするのが良いように思われる。」

 草原の王はそれに是として答えました。そこで山河の王女が草原の王子の妻として、森を出て草原に暮らすことが決まりました。

 草原の王子は妻を住まわすための御殿を新しく整え、美しい馬と馬具も揃えて、馬に乗るための二足の裳も、風に耐えるための衣も飾りも、みなみな特に綺麗なものを取り合わせて、山河の王女を迎えるしたくを整えました。

 そして草原の王と王子は約束の合った岩舞台に山河の王と王女を迎え入れ、草原の王子が

 しろがねの

 草生す肥野は

我が懐

日輪の

巡りてひろきは

我がところ

と詠って山河の王女を妻に迎えました。

婚礼の次の朝、草原の王子は新しい馬に新しい馬具と飾りで綺麗にしたくし、新しい妻に新しい着物と飾りで綺麗にしたくさせて馬に乗せ、領地であるところの草原を見せに連れ出しました。

「この見えるところすべてがみな私のものであり、やがてはそちの子のものになるのだ。」

 草原の王子は語りました。

 山河の王女は考えました。私が育った家は深い山の森の中にあった。そこではどこを向いても山と木々の茂みが見えた。今私はこの広い草原に連れ出されて、ここには何も見えない。どこまでも広く開けている。今まで私を護っていた囲いが、一度に無くなったような心地がする。そう思って哀しみました。

 やがてそれから一月、二月経つ様になると、山河の王女は草原に出ることを畏れるようになり、御殿の中で囲いを幾重にも塞いで、その中に篭って病んでしまいました。

 哀れに思った草原の王は、そのことを山河の王に報せました。

「お前は自分の娘をどう思うか。」

 山河の王は使いして報せました。

「我らはこの森に五代都し、営んできた。しかし六代目となる娘が森を出て病んでしまった。哀しいことに思う。」

 草原の王はさらに使いして報せました。

「やがて我らの孫が両国の王となり、二つの国が一つになるのだから、その父であるおれの息子が森に暮らすのも是であると思う。」

 そこで山河の王と草原の王は、再び岩舞台に息子、娘を連れて集まり、山河の王女が、

 天かける鳥は

 我が袖に休めり

 我が袖は大美木

 波遊ぶ魚は

 我が裾に休めり

 我が裾は大美川

 と詠って婚儀をやり直し、改めて草原の王子を婿に迎えました。

 婚儀の次の朝、山河の王女は新しく婿となった草原の王子に自らの領土である森を見せに連れ出しました。

「この見えるところすべてが私のものであり、やがてはあなたとの間に生まれる子どものものとなりましょう。」

 草原の王子は考えました。おれの生まれた家は開けた草原にあった。今この森の中にいると目を遮られて何も見えない。幾重にもなる硬い檻に篭められたような心地がする。そう思って哀しみました。

 やがてそれから一月、二月経つ様になると、草原の王子は家に篭るのを畏れるようになり、夜昼と無く外を彷徨い歩いて病んでしまいました。

 二人の王はそれぞれに使いしあい、このことについて思い悩みました。

 やがて後、山河の王は白い山梨を三年醸した酒を持って、再び岩舞台に草原の王を待ちました。

 草原の王はそこでその年一番肥えた山羊の初子を屠って、岩舞台に臨みました。

 二人の王はまた肉を焼き、酒を酌み交わしながら話始めました。

「お前は自分の息子をどう思うか。」

 草原の王は答えました。

「我らはこの草原に都して、五代営んできた。しかし六代目である息子が森に入って病んでしまった。哀しいことに思う。」

 山河の王は答えました。

「我らは五代の間互いの土地を欲しがって争ってきた。しかしそれを止めるために互いの子どもを娶わせてみたが、息子も娘も生まれた土地を離れて病んでしまった。故に我らはいずれも互いの生まれた土地で生きることが幸いに思われる。この上はもうそれぞれの都に戻ることにしようではないか。」

 草原の王はそれに是として答えました。

 そこで草原の王子は森を出て草原の都に戻ることになり、それ以降草原の民は草原にあって、山河の民は山河にあって、互いを褒めあって共に栄えたということです。