小学校5年の時、同級生が自殺した。同じクラスの女子だった。
彼女は氷魚さんという変わった苗字で、僕は始業式の日からなんとなく彼女のことが気になっていた。今更何の意味もないことだけど、僕は氷魚さんのことが好きだった、と思う。もう14年も前の話だ。
僕と氷魚さんは5年のクラス替えで初めて同じクラスになった。生徒数はそんなに少ない方じゃなくて、5年生といっても初対面なことがざらにあった。彼女は、そんなに目立つ方ではなかった。
僕は新学期が嫌いじゃない。
というか新しい学年が始まる最初の1日というのか。5年ともなるとそろそろ中学の受験のこととかも始まるし、新しい委員会では委員長とか押しつけられがちになるから進級それ自体はそんなに嬉しいことではないんだけど、僕はあのクラス全体が一新するときの、今までとは違う教室の、違うところに傷がついた机に初めて座るときの、新しい顔ぶれの席に座った時の何か思ってもないようなことが起こりそうな予感、それはほとんど錯覚であるにしても、今までの皮膚の上に新しく新鮮な上質な空気で持ってもう1枚新しい真皮が出来るような感覚がいつも好きだった。クラス替えは僕をわくわくさせた。
始業式のあと新しい教室を一通り掃除して、新しい教科書をそれぞれが貰って、(明らかに今までよりも分厚くなっていたのであちこちでブーイングが聞こえた)新しいクラスになったから自己紹介をしよう、と担任の先生が言う。
「先生、どんなことを言ったらいいんですか?」
教室の右隅の、一番ざわざわしていたあたりから誰かが言った。今思い出すと誰だったのかもう分からなくなっていた。
「それじゃあ、みんなの名前の意味や由来を、お父さんお母さんから聞いていることを話してみてください。」
と新担任の横井先生が言った。
しらねー、しらねーし、
とまた誰かが言った、ような気がする。やっぱり誰が言ったのか思い出せない。
「みんなはもう5年生なんだから自分の名前の意味くらいわかるだろ。どうしても分からないという人はどんな漢字を書くのか言ってください。」
その日は始業式だから、あいうえお順の出席番号順位並んでいたから一番端の列の一番前に座っていた安部君から自己紹介が始まった。
安部志文です。しもんというのは聖書に乗っている偉い人の名前だそうです。おじいちゃんが付けてくれました。
春日部綾香です。綾というのはきれいな布のことみたいで、そんな風にきれいな心の子になって欲しいとお父さんとお母さんが言っていました。
一人一人が起立してそう自分の名前を話す度に、横井先生はいい名前をもらったね、とかお父さんは一生懸命考えてくれたんだね、とかちょっとしたコメントを付け加えてみんなを一人ひとり座らせた。氷魚さんの席はクラスの真ん中より左よりの位置にあった。順番はだいぶ遅い。
最初は新しいクラスメイトの自己紹介を、知っている奴はヤジを飛ばしつつもそれなりに関心を持って聞いていた僕たちだったが、クラスの半分が終わるころになったらもうかなりだれてきてしまっていて、真面目に聞いていない奴も多かったと思う。
「氷魚狭野です。狭野というのは神武天皇の子供のころの名前です。」
氷魚さんが起立してそういったとき、クラス内は不協和音を聞かされたみたいに空気が、少しの間しんとなった。誰もがその特異な由来の名前に戸惑った。
じんむてんのうってなんだ?今の天皇か?
と教室の隅から誰かが言う声がしたがそれはその時の僕にしたって同じことだった。僕たちの名前は単純だった。外元気に育つようにとか、友達がたくさんできるようにとか。氷魚さんだけが明らかに違っていた。決定的な場面の暗転。横井先生にしてもとっさにそんな名前が出てくると準備していなかったみたいで、へえ、変わった名前だね、と明らかに間違ったことを言って彼女を座らせてしまった。
僕は氷魚さんのことをずっと見ていた。彼女は名前のことで何か言われるのは慣れっこだ、というようにもみえたが、真新しい教科書の積まれた机の上に顔を俯くようにしていた、その表情は、心外だ、もっと言うなら、傷ついて見えた。僕は彼女が気になった。
4月が過ぎて、春の運動会が終わって、6月になって2回目の席替えがあるころになても、氷魚さんはクラスの中になじんでいるように見えなかった。
朝学校にやってくると一通り挨拶はしたりするけど、そのあとの女子のおしゃべりの輪に加わることはなかったと僕は覚えている。いつもだれよりも早く朝自習のプリントを初めて、クラス全体がまだざわざわしているうちに提出してしまうとあとは何にもせずにぼーっと座っていたり、鞄から本を出して読んだりしていた。
けして暗い性格ではなかったと思う。何かの折に話しかけられたらちゃんと答えていたし、そういうときよく笑った。僕は氷魚さんが女子のおしゃべりの輪に加わりながら、でも明らかにその話題に付いていけてないのを、自分の席から見ていた。氷魚さんが生きていた間に僕は彼女と席が近くなったことはなかった。
そのころは女子の中にもお母さんなんかに頼んでこっそり髪を茶髪にしたり、派手なゴムをつけたりしているのが多かったけど、氷魚さんはいつもシャンプー仕立てみたいなさらさらな、真黒な長い髪をしていた。伸びすぎた様子はなく、短いサイクルで美容院に行ってきれいに手入れしているのが分かった。氷魚さんはあんまり表情豊かではなかったけど、目がすっと切れ長なところなんかが女優のリョウにすこし似ていて、僕はよく授業中にそんな氷魚さんの横顔を黒板見るふりして、見ていた。なんだかどぎまぎした。
夏休みが真ん中を少し過ぎたころ、氷魚さんは自殺した。先生は自殺の方法を教えてくれなかった。僕は氷魚さんの最期を新聞の小さな記事で知った。彼女は自分の部屋で首を吊っていた。
8月12日の夜、クラスの連絡網が回ってきて、明日の朝僕たちのクラスだけが出校日でもないのに学校に行かなくてはならないことが分かった。
「なんで?」
僕は電話を回してきた伊藤さんに聞いた。分からない。と伊藤さんはそれだけしか言わない。明日先生がみんなに話すことがあるんだって。横井先生結婚するのかなあ。だったら仕事は辞めちゃうんだよね。先生のことそんなに嫌いじゃなかったからちょっと残念だな。そう言って伊藤さんは電話を切った。僕は特に何も感じないまま、連絡網を次の沖本君に伝えた。学校に行かないといけないのは正直めんどくさかった。
でも、そしたら氷魚さんに会えるかな。
僕は少しだけわくわくしていた、その日の夜。
「氷魚さんが亡くなりました。」
と横井先生が言ったとき、僕はそれを「居なくなりました」だと思った。氷魚さんはどこかに転校するのかと思ったのだ。
「昨日の朝氷魚さんの部屋で亡くなっているのをお母さんが見つけられたそうです。氷魚さんは…自分から死んでしまいました。」
クラス全体がいびつに黙る感じがあった。
ショックは、少なかった。誰も氷魚さんとそんなに仲が良くなかったから。不協和音を聞かされたときみたいない居心地の悪い沈黙。僕は氷魚さんが自己紹介した時のことを思い出した。死の実感は、無い。
「氷魚さんが何か悩んでいたりしたのを知っている人はいませんか?もし何か心当たりのある人がいたらこの後でも、もっと後になってもいいですから先生に話してください。先生はだれが話してくれたかは絶対に喋りませんから安心してください。」
僕たちは凍りついたようになった。
先生は僕たちの誰かが氷魚さんを虐めていたのを疑っている。犯人を見つけて、バツ与えようとしている。
誰もが先生の言葉の中にその意味を感じ取って、密告者は出るんだろうか、自分は疑われているのだろうか、気まずい、重苦しい沈黙が教室に音もなく満ちて行った。僕は氷魚さんが死んだことのショックは無かった。信用できなかったからだ、現実が。
今日の夜氷魚さんのうちでお通夜があるから、学級委員の高橋君と倉田さんは先生と一緒に氷魚さんのうちに行きましょう。他にも氷魚さんにお別れが言いたい人がいたら、どうか来てください。みんなで氷魚さんを送ってあげあま生。と先生は言った。その言葉に誰も反応しなかった。
そのあと、僕たちは先生に言われて氷魚さんの為に短いお祈りをし、気まずい学級会から解放されることができた。
誰もがほっとした顔で、でももう氷魚さんの話題なんて誰もしていなくて、今日のテレビは何を見るとか、週末の花火大会に誰と行くかなんて話をしながらみんな自分の家に帰って行った。
僕は、氷魚さんの葬儀には行かなかった。
中学に入ってから、僕は誰かから氷魚さんの遺書の内容を聞かされた。それを教えてくれたのが誰だったかはもう覚えていない。
「誰も私のことを好きになってくれないから」
とその遺書には一言書かれていたらしい。
それを聞いた時、僕は氷魚さんが死んでから初めて体の奥を流れている血が鼠色になったみたいな、吐きそうなほどの後悔に襲われた。
僕が好きだったのに。
僕は氷魚さんのことが好きだったのに。
それを僕が言ってあげることができたら彼女は死ななかったのだろうか?僕は何とかして彼女にそれを分からせてあげるべきだったのだろうか?
分からない。その時も、今も、ずっと分からない。ただあの時のクラスメイトの中で、氷魚さんの自殺に責任があるのは僕だけだということはよく分かった。彼女を殺したのは僕だ。
氷魚さんは、僕の最初で最後の殺人の思い出になった。