小説:「深夜、月を見る」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

 右目の視力を失ってから、家にいることが多くなった。

 五月に校内で球技大会があった。僕はその時バスケットのコートに立っていて、ちょっとよそ見をした間に自分に向かって飛んできたバスケットボールを受けそこなった。ボールは僕の右顔面を直撃し、かなり勢いが付いていたのか、僕は脳震盪を起こして倒れ保健室に運ばれた。

 そのまま1時間ほど眠って普通に気がついたのだが、それからどういうわけだか、僕の右目は見えなくなってしまったのだった。

 眼科を受診したものの原因が分からない。角膜に傷も付いていないし虹彩や眼底筋にも特に問題はなかった。見えなくなったということだけが問題なのだ。

 最終的に僕は両親や教師によって様々な病院を転々とさせられ、最後に行った精神科で

「精神的ストレスによるものかもしれないですね」

 などという無責任かつ不名誉な診断を下された。

 それ以来学校には行っていない。

 正直僕にはストレスを感じている自覚なんて無かったのだ。高校には問題なく通っていた。成績は、別に悪く、勉強することを不快に思ったつもりはなかった。友人にもいやなやつなんていない。僕は自分の学校生活に十分満足していたはずだ。右目を失うまではね。

 しかし医者の下した「精神的ストレス」という言葉は僕ではなく僕の両親を激しく刺激した。特に母は、僕のいじめや対人関係のこじれにについて執拗に詮索し、僕をいらいらさせた。

さらに父は、見えなくなった原因について友人がわざとボールをぶつけたことではないのかと言い出し、それを真に受けた母までが学校側の責任を糾弾し始めた。

 僕は、そんなつもりは全くなかった。見えなくなったことを誰かのせいにするつもりなんてなかった。しかし両親のこの対応は僕と学校との間にわだかまりを残すこととなった。

 どうせ右目はすぐに治るはずだし(医者はそう断言した。しっかり休息をとればいずれ回復するでしょう)、そのためにしばらく学校を休むことを精神科医に勧められてもいたので、僕は高校を無期限の休学にするということになったのだった。そして、家にいることが多くなったのである。

 見えなくなった右目を守るために僕は眼科医にもらった眼帯をいつも右目に嵌めているようになった。

 慣れてくると平気だが、最初は視野が半分消えてしまったことに僕は戸惑っていた。今まで見えていたものの半分だけの世界。特に右から人やモノが来ることに非常に無防備になってしまう。

 慣れるまでは外出も控えた方がいいでしょうとの医師の忠告によって、それから2週間ばかりは僕は自室にこもりっきりだった。

 片目ばかりで物を見ていると、健康な方の目に負担がかかると眼科医が忠告したため、僕は本を読んだりサイトを閲覧する自由すらも制限された。テレビのもろくに見ることができない。そうなると、毎日家にいることはそれなりにかなり退屈になっていった。専業主婦でいつも家にいる母は僕に対して神経質だった。相変わらず僕のいじめを疑っていて、時々息を吹き返すように転校を進めにくる。僕はめんどくさく思いながらも、いつもそれを制止した。いつかは僕も元の生活に戻るのだ。それまでに、勉強だけは遅れずについていけるようにしておきたい。しかし左目の負担を心配されて勉強時間も連続して2時間に制限されたのは痛かった。

 徐々に僕は、家の外の世界で起こっている出来事への興味を失っていった。

 ろくに外を歩くこともできず、テレビやネットで情報を得ることも制されて、僕がそれを破って長い時間テレビを見ていたりすると母は神経質に怒った。

「左の眼も見えなくなったらどうするの」

 左の眼が見えなくなったら?

 そうしたら僕は映像による世界を失うのだ。色と形を失う。しかしそれだけだ、僕はそう思っていた。初めはね。

 左目が見えなくなる。

 この一言はやがて僕を重苦しく、執拗に追い詰めるようになった。

 家にこもるようになってから2か月が既に経過して、僕はだんだん焦り始めていた。

 本当に、僕の右目はこのまま治らないんだろうか?そして本当に僕左目の視力も失ってしまうんだろうか?そうなったら?そうなったら、本当に僕は世界の色と形を失うだけで済むのだろうか。

 それは違う。完全に視力を失うと言うことは、僕はもう普通ではいられなくなるということだ。今でも十分普通ではないのかもしれないが、今後完全に視力を失えば僕はそのあとの人生を保護や援助の対象として、生きていくことになるのだろう。僕は、次第に憂鬱になった。

 見えなくなるということへのストレスが僕を苛んだ。腫れものに触るような両親。学校の友人は僕のいじめのことで疑われてから、母が無理にも連絡を取らせないようにしていた。そしてそんな母の態度を父が叱った。僕はそんなやり取りに心底うんざりしていた。

 世界は色と形によって出来ている。そしてそれは目によってしか見ることはできない。

 僕はいつしか、母の眼を盗んでネットで全盲の障害者が立ち上げているサイトを検索するようになっていた。

 僕は彼らが失明するに至った経緯を読み、生活の変化による葛藤や怒りの言葉を聞き、どこかに僕と同じ思いをしている人がいないかを探し始めた。

 しかし僕と同じように「ストレス」によって視力を失った人はなかなか見つからなかった。そして僕の様にいつ治るともしれない、いつになったら元のように見えるようになるのか、その苛立ちに毎日を暮らしている盲者はいないのだ。どこにもいなかった。

 やがて、右目の眼帯が顔の一部のようになっていき、付けていることになんの違和感もなくなってきたとき、僕はいつの間にかこのまま見えなくなってしまった方がいいと思っている自分に気付き始めた。

 見えなくなった方がいい。

 視力を失うことで僕は今まで見てきた世界と決別できると考えるようになっていた。僕が今までいた世界には、見る影もないもの、見るに堪えないもの、それでも目をそらすことが出来ないもの、そんなものに溢れている。僕は見えることが普通だと思っていから、そんな物の存在にあまり気を取られることはなかったけど、見えないことのほうが普通になりつつある今は、僕は世界を見ないために自分から視力を失おうとしているのではないかと考えるようになった。

 世界には、見るべきものなど何もない。

 それどころか、意図的に、選択的に見たくないものも見ないために、両目のある彼らは見えているはず物を見ようとせずに生きている。僕の母が僕を直視しなくなったように。

 全部見えている人なんて本当はいないのだ。そしてそれは自分の意思によるものだ。

 外の世界から距離をとる為に、境界の侵攻から自分を守るために、僕たち自らは視界を遮り外の世界に壁を作る。それはだれだってしていることで、そうすることによって初めて僕たちは自分がどんな形や大きさをしているのかを知るのではないのか。

 思考や存在の自由を守る為に、意識して何かを見まいとしている、だとしたら僕は、僕が見えなくなろうとしているのは、それ自体が僕の存在や尊厳を守るためなのではないだろうか。

 世界から自分を際立たせるために。

 目を閉じると、本当の暗闇の世界だ。

 以前は目を閉じていても、外からの明かりで視界が真っ暗になるということはなかったのに。

 右目を失ってから僕にはそれ以外にも見えなくなったものがあるような気がする。自分から目を閉ざそうとしているもの。眠っていると、僕は全く何も見えなくなってしまったのだ。

 ある夜、そんな日々の中で久しぶりに、視界全体に何かの光がさしてくるような感覚を覚えて僕は眼を覚ました。部屋の中が妙に明るい。今何時だ?視力を制限されるようになってから、僕は夜中にはっきりとものを見ることが出来ない。深夜なことは間違いさそうだった。

 開いている方の左目に、何かの明かりがさしこんでいる。眩しい。久しぶりの感触だ。光の感触。懐かしい感触。なんだろう。この光はどこから射しているのだろうか。僕はカーテンを開けた。

 そうしたら。

 中空一杯を塞ぐように巨大な月が暗闇に輝いていた。光の正体はこれだったのだ。月を見るなんて久しぶりだ。僕は窓を開けて、煌々と光っている丸い鏡のようなそれと向き合った。久しぶりに、何かをこんなに見つめている。僕は何かをこんなに必死に見ているのは本当に久しぶりだった。

 深夜の朦朧とした世界を照らして月はビロウドの空に凍りついたように静止していた。僕はいつまでも目が離せない。それは世界をにらむ巨大な水晶の眼のようで、それは誰かの眼球だ、僕は右目を失ってから誰からも、誰も、こんな風に僕を見つめようとはしなかったことに気づいたのだった。

 あの月は、僕の左目だ。

 本当は見えるのに世界に対して瞼を閉じる。その行為も、見えているはずの世界を直視するのを止めることも、誰かの存在を自分の中から消してしまいたいという欲求なのではないだろうか。そしてその誰かとは、もしかして自分?

見たくないものを見まいとする、それは視野を自分の中から失うことでもあるし、同時に、自分自身の何かを自分から失ってしまうことにもなるのではないか。ではないかじゃない、きっとそうだ。

 だから僕たちは世界を必要としている。自分の輪郭を際立たせるために世界を見つめる氷の眼を必要としているのだ。それはこんな風に冷たい夜空に沈黙のまま光っていて、僕たちはそれになかなか気付かない。僕は、何を見たくなかったのだろうか。何を見ようとすることを止めてしまったのだろうか。というか、僕は自分自身の何を否定したかったんだろう。そのために、僕は右目の視力を失ったような気がする。そう、それは自分で。

 僕の左目が僕を睨んでいる。中空に留まったまま、何も言わず、何も期待せずに。しかしすべてを受け入れて、何も否定せずに、何かを肯定することもなく。

 この月虹は涙だ。滴る生命の水しぶきのように。

 僕はそう感じ、もう一度眠りに落ちた。