この記事は2018年1月24日に公開した『ナミハンミョウ私感Ⅱ』である。ブログ移行の際に文字が固まりおかしくなったため、内容を変えず改めて書き直した。なお、古い記事は削除した。

 

 

 

 2018年1月『ナミハンミョウ私感Ⅰ』の中で、ナミハンミョウ(沢沿い)の飼育産卵の初成功を報告した。今回は(時間系列が逆になってしまったが)異なる産地・環境の個体同士の比較を試み、気づいたことを報告したい。(画像記録を残していないことに気づき、記事の構成に飼育ハンミョウの過去画像を活用した)

 

 

★2017年5月、福島の山道に生息するナミハンミョウ3頭(2♂・1♀)を提供していただき、宮城の沢沿いに生息する個体との比較を試みた。結果的には今回、生息環境が異なる個体同士の交尾・産卵は確認できなかった。しかし、両者における環境的変異(※1)に気づいたのは大きな収穫である。【飼育観察期間 H29年5~7月】

 

(※1)環境変異➽ 生育環境によって、同一種集団の個体間に生ずる、後天的な量的差異。彷徨変異。生物のおかれた種々の環境条件によって、遺伝子型が同じでもその発現する形質(表現型)に変異を生じたものをいう。(例)ミツバチの女王バチと働きバチは共に♀で遺伝子型も同じであるが、幼虫から発育する際の餌の違いによって、その形態は大きく異なる。昆虫だけでなく人間を含め動植物全てにも適応するが、今回の報告内容ではまだ考察段階なので確定せず「環境的変異」とした。

 

 

 送られてきた山道のナミハンミョウ(3頭)は沢沿いよりも野性的。しきりに腹部をブイブイと鳴らしている。沢沿いの飼育個体より気が荒く、大きさも1mmほど大きく感じた。昆虫は1㎜違うだけで印象が随分変わるのだ。

 

 

経過観察と結果

 

ケースA

沢沿い♂1と♀1をセット。マットは沢沿いの砂土。餌はカニかま。→ 結果・・セットを組んで3日目に交尾確認。同じ場所で採取した沢沿い同士の♂♀は、間引きすることもなく相性もよかった。最終的には交尾・産卵を確認できず×になった。

 

 

 

ケースB

山道♂1と沢沿い♀1をセット。マットは沢沿いの砂土と山道の赤土を混ぜてみた。餌はカニかま。→ 結果・・交尾は確認していないが、お互いの距離を縮め、触角を合わせながら互いに確認したり、語りかけているようだった。「もしかしたら交尾したのかも?または今後するかも?」と期待したのだが・・。(最終的には交尾・産卵を確認できず×になった)

 

 

 

ケースC

沢沿い♂1と山道♀1をセット。マットは沢沿いの砂土と山道の赤土を混ぜてみた。餌はカニかま。→ 結果・・相性が合わないようで、お互い距離をとって近づこうともしない。どうやら気が荒い山道♀は、沢沿い♂1との交尾を拒否したようだ。沢沿い♂1は強引に交尾しようとして山道の♀と争ったのか?元気がなく、脚が思うように動かなくなり1週間後×になった。→ そこでケースCには山道♂1を新たに入れた。(ケースAの沢沿い同士と同じく)同種である山道同士は相性もよかった。最終的には交尾・産卵を確認できず×になった。

 

 

 

 

【観察結果より】

 

 6月も中旬に入り、そろそろ産卵かなと思うのだがどのケースもその兆しがない。交尾を実際に確認したケースAの♂♀も産卵していない。狭いブラケースではストレスが生じ、産卵まで至らないのだろうか。

「1頭当たり約100個ほどの卵を産卵する」といわれているが、飼育ハンミョウの妊活は難しい。何が足りないのだろうか。広い空間・温度・湿度・生き餌・・(・・?・・・それがわからない。

 

 注目していた生息環境が異なるケースB(山道♂1と沢沿い♀1)の個体も、仲はよいようだが交尾も産卵も確認できず。よく見ると沢沿い♀の脚の一部が半分から切られていた。交尾を拒否したときに切られたのだろうか?。仲はよかったように見えたのだが・・。沢沿いの♀は、(触覚・匂い・昆虫同士のコミュニケーション等で)本能的に自分とは違う生息環境地の♂だとわかったのかもしれない。(見た目は同じに見えても)♂に対して環境的変異を感じたに違いない。

同じようにケースCの山道♀も、環境的変異を感じ交尾を拒否した。この場合は山道♀の方が沢沿い♂よりも力が強かったため、交尾しようとした沢沿い♂が逆にやられてしまったのだろう。観察から見えてきたことは、♂は生息環境に関係なくどんな♀とも本能的に交尾をしようとする。しかし♀は、自分と同じ生息場所以外の♂とは交尾を拒否した。

資料等で調べてみると、昆虫は生物学的にも変異がみられる♂♀同士が交尾・産卵しても、奇形になったり、成虫まで育たないことが多い。ハンミョウもその種により、♀の膣と♂の陰茎が鍵穴と鍵の関係になっていて種ごと一致するらしい。(これにより異種間による交配を避けたりできる構造になっているし、同種でも大きさによってサイズが異なる場合もあるようだ。おそらくケースBとケースCの場合もこれにあてはまり、交尾が上手くいかなかったのではないのだろうか?)何よりも自分が驚いたのは「ナミハンミョウも沢沿い同士・山道同士の交尾によって産んだ卵の方が孵化率が高く、丈夫に成長していくということを(ナミハンミョウ自身が)分かって行動しているように感じられた」ということである。

♀は自分の卵子を受精させる相手として受け入れる前に、♂の遺伝的優秀さを試すらしい。どんな♂と交尾するのかは、産卵する♀が決めるのだ。そう考えていくと「同じ産地同士の♂♀は相性がよく、異なる産地同士は距離をとり(♀は特に)警戒する」理由がなんとなく分かってきた。そこには自分の遺伝子を子孫に残すために必要な「生殖的隔離機構※1」が存在していると考えてよいだろう。昆虫の種の保存本能には驚き、改めて感心してしまう。

 

(※1)これについては、「昆虫における同種精子の優位性について」 中野進著1992年度広島修道大学総合研究所 という論文が参考になった。中野氏は7つの昆虫群同種精子の優位性について考察し、全ての昆虫には「生殖的隔離が」働くと述べている。また、中野氏のこれに先立つ「雌の交尾様式から見た交配前隔離機構の発達」1986 という論文も興味深かった。中野氏は「生殖的隔離の強化」に関する最近の研究についてという論文もネットで発表している。昆虫の交尾行為については『昆虫の交尾は味わい深い・・』上村佳孝著 岩波書店という本も大変参考になった。)

 

 

 

次に、山道のナミハンミョウの方が1㎜ほど大きいのは、(カシオペア氏のフィールドを観察したことは一度もなく、あくまで憶測になるのだが)餌と水環境に恵まれていたためと推測できる。氏は、山道周辺のフィールドで毎年たくさんのミヤマクワガタを採取されていることから、自然が豊かで、栄養価の高い大型アリがたくさん生息する、(幼虫・成虫共に栄養を充分に取れている)裸地環境であると考えられる。また、沢沿いの個体よりも気が荒いのも、山道にはニワハンミョウなど種の異なるハンミョウや大型の甲虫類も生息しているため本能的に気性が激しくなるのかもしれない。(これはあくまで推測であり、全ての山道の環境にあてはまるものではない。ちなみに、自分が観察している地元宮城の局所的な沢沿いは、ナミハンミョウ以上の大きな甲虫が生息していなかった。また、身体が大きい個体の方がたくさん産卵するということはなさそうだ。)もし個体数を増やすだけの理由で、沢沿いの生息地に裸地環境が異なる山道の個体を放虫し続けたら、遺伝子の撹乱をまねき、気性が穏やかな?沢沿いの個体が全滅する可能性も出てくる。人間だって外見上は変化がなくても、里山と海沿いに生活している人、田舎と都会に生活している人の性格・気質等が異なるように、形態では区別できないほどの近種であっても、そこには「生殖的隔離機構(※2)」が存在し、同種間に環境的変化があり、実験のような結果になったと考えていいのではないだろうか。

 

 

(※2)生殖的隔離とは、広義には二つの個体群の間での生殖がほとんど行えない状況すべてを指す。狭義には複数の生物個体群が同じ場所に生息していても互いの間で交雑が起きないようになる仕組みのことである。生殖的隔離が存在することは、その両者を異なった種と見なす重要な証拠と考えられる。ただし、人工授精などの手段によって強制的に交配させた場合にはこの仕組みを越えて雑種が生まれる場合がある。

 

 

 元々、ハンミョウ類の祖先は、森林の林床から裸地へ進出しながら進化したと考えられている。その過程でナミハンミョウも山道や沢沿い等の裸地に生息場所を広げ適応してきたのだろう。しかし、人間による限度のない利便性の追求が急激に進んだ結果、生息場所の裸地環境も大きく変化した。人工的な環境変化に適応できないハンミヨウたちは追い込まれ、更に局所的な裸地環境で細々と生きている。昔は農道や林道の裸地にたくさん生息していたらしいが、今は目にすること自体が珍しくなった。ゲンゴロウやタガメのように全国のレッドリストに登録される日も近いだろう。昆虫たちにとっては、生まれ育ったその場所で個体数を増やすことが一番の幸せなのかもしれない。「生きている自然を、生きた自然のままに、いつもいつまでも残しておくこと」は出来ないのだろうか。

 

 

 

 

 今回の観察結果が偶然であることも考えられるため、再度検証していく必要がある。5月に個体を提供してくれたカシオペア氏には心より感謝したい。ありがとう (^^♪ )

                                平成30年1月28日(日)記

                                                                                (令和2年3月31日(火)改定)