週末に奥さんと話をしていて、僕らの20歳代、30歳代、40歳代、50歳代と振り返りながら、それぞれは、大変だったけど、本当に面白かった。「あの頃に戻って、もう一度やってみる?」って言われても、僕は「もういい!」と答える。
20歳代は世の中はバブルで浮かれていたけど、大変に忙しかったけど実家の木材会社は悲しくなるくらい資金繰りが悪く、僕より一つ若い社員さんは、僕の10歳年上。僕は若くして結婚して24歳、26歳、29歳の時に、3人の息子が生まれた。奥さんと三人の息子が心の支えで、田舎の息の詰まるような空気感の中、ともかく一生懸命に、労働した。僕の右肩には木を担いでばかりいたので、コブができ、毛が生えていた。
30歳代は、会社の新規事業が割と上手くいって、忙しかった。秋の週末は展示会出展が続き、休みもない日々が続いたけど、会社の財務内容も少しずつ改善していきました。若くて調子に乗っていた部分もあるけど、息子達は長男が高校受験を迎える年ごろとなって、家庭での話題も少し大人っぽくなっていった。「お前たちの結婚式の費用を今使って、家族でアメリカに行くぞ!」と大金をはたき、国内の旅行もたくさんした。ただ、どれもラグジュアリーとは真反対の旅。それでも楽しかった。
40歳代は、社員さんも若い人が少しずつ多くなり、会社も元気になっていった。まだまだ借金も多く、胃が痛くなるような日々が続いたけど、ある友人に「一年間に4300時間働かずに、不景気だの、儲からんだの言うな!4300時間はひとつの目安にしろ!」という言葉を貰い、逆に気が楽になった。それだけ働いて上手くいかんかったら、世の中が悪いと。38歳の時に親父さんから社長を代替わりして、僕なりに猛烈に働いた。息子達は大学生になり、順番に家を出て行った。奥さんはいつも傍で、支えてくれた。
50歳代。三人の息子はそれぞれに結婚し、孫も7人で来た。会社は相変わらず多忙を極めていた。本社を移転し、徐々に業績が上向きとなり、借金も消えた。ただ、その多忙の為に、近くに住むお袋と、晩年を一緒に過ごす時間が少なかった。それでも会社の状況を話すと、嬉しそうに「よう頑張るな。体に気をつけないけんよ」と僕を気遣ったくれた。一人になった親父の家に、毎朝出社前に立寄り、仏壇に線香をあげて親父がほぼ毎朝皮をむいて用意してくれるリンゴを2切食べる。親父もお袋も自分の家の畳の上で送ることができ、少し親孝行できたかな?と。僕らは夫婦二人になったけど、長男が仕事を一緒にし、次男・三男は家を出、自分の家庭を築いた。
60歳になって、三男が描いた図面で、長男が小さな家を建ててくれた。もちろん、お金は自分で出したけど。数年前に社長を長男に譲り、次男は買収したカナダの小さな材木商社を運営し、三男は建築家として身を立てている。孫たちは全員元気。僕も、奥さんも極めて元気。
今のような時が来るなんて、いつの時も想像すらしなかった。ただ目の前にある困難を一つずつ乗り越えてきた気がする。多くの運に恵まれた。両親もちゃんと見送れた。社員さんにも恵まれた。いつも、今が一番幸せ。だから、どこかの年齢に戻りたいと思うことはない。
それでも可能であれば、20歳の頃の奥さんとデートしてみたい。お茶を飲みながら何を話そうか?可愛かったわ!
チビだった息子達と抱き合ってベッドに横になりながら、息子達が喜んで聞いてくれる、思いつくままのデタラメ冒険物語をしながら寝落ちてみたい。
そんなことを妄想しながら隣を見ると、奥さんが昔と変わらん表情で僕を見てくれている。感謝以外ないです!