1992年の中島みゆきさんの20thアルバム『EAST ASIA』に収録されたのが初出*。1998年にTBSドラマ『聖者の行進』の主題歌に起用された際、両A面シングル「命の別名/糸」としてリリースされ、オリコン週間12位とそこそこのヒットを記録。だが皆様ご案内のように、この曲は2010年代に入ってから大きな支持を得て、2017年にはJASRAC賞の年間1位を獲得するのである。現在すでに40組以上のアーティストによってカバーされていると言う。

 

 「糸」は元々、みゆきさんが知人の結婚を祝して書かれた楽曲とのこと。運命的なめぐり逢いを歌った歌詞で、結婚式で好んで歌われるのも当然であろう。めぐり逢う二人を「縦の糸・横の糸」に喩え、その織りなす布がまた第三者を暖めうるかもしれない、という「幸せは波及する」という根底に流れる想いが素敵だ。

 

 縦糸・横糸というのは、「経糸」「緯糸」とも書く。経線・緯線などの言葉もあるので縦横という意味があることは知っていたが、仏教に関わる言葉だということは知らなかった。

 

 『言の葉』というサイトによれば、7世紀の中国僧で、親鸞にも影響を与えた善導大師は、お経(きょう)について「『経』というは経(けい)なり。経よく緯(い)を持ちて匹丈(ひつじょう)を成ずることを得て、その丈用あり」(『観経疏/かんぎょうしょ』)と言っている。経は経糸、緯は緯糸の意味で、匹丈は布を表す。経糸がしっかり張られて、緯糸を通すことで布が織り上げられる。つまり、経糸が緯糸を受け止めていくという訳だ。みゆきさんは、このことを踏まえてこの詞を書かれたと思われる。

 

 また、「幸せ」と書かず「仕合わせ」という漢字を当てたことにも意味がありそうだと思ったら、やはりそうであった。「幸せ」も「仕合わせ」も現在用いられる場合、基本的な意味は同じだ。だが、偶然性を重視するときは「仕合わせ」が好まれるのだそうだ。「しあわせ」という日本語の語源は、「し合わす」だとされている。「し」は動詞「する」の連用形。つまり、何か2つの動作などが「合う」こと、それが「しあわせ」だという訳だ。別の言葉で言い換えるならば、この歌にも出てくる「めぐり合わせ」に近いと考えられる(主に『漢字Q &A』のサイトを参考にした)。

 

 そしてこの素朴でありながら温かく、深い意味も包含した傑作と言ってよい詞に、これも奇を衒わないみゆきさん王道のシンプルなメロディーが見事にマッチしている。このメロディーメイクの中で、私が大好きな部分がある。ブリッジの「♪ どこにいたの 生きてきたの〜」の切ない跳躍の後「♪ 遠い空の下 ふたつの物語」からサビの「♪ 縦の糸はあなた 横の糸は私」にノーブレスでなだれ込むところが何とも言えないのだ。🥰

 

 

 この歌を、われらが宏美さんは「時代」「恋文」に続くみゆき節第3弾として『Dear Friends Ⅳ』に収録している。数多くのカバーの中では、比較的早い時期だったと言える。アレンジは千住明さん。いつもの宏美さんらしい端正な歌唱と言えるが、ここで宏美さんの歌唱をいつも絶賛している“Room3 大阪の男女お喋りバンド”のKouさんと蘭さんの『【岩崎宏美】「糸」のカバーが丁寧で秀逸なので語ってみた。』の動画をご覧いただこう。

 

 

 いかがだろうか。実際にライブ活動をされているお二方だからこそ気づく宏美さんの歌唱の凄さに、改めて感じ入ってしまう。🥰

 

左から蘭さん、宏美さん、Kouさん

 

 また、この歌に着想を得た映画『糸』(2020)が制作されたことは記憶に新しい。菅田将暉さんと小松菜奈さんが結婚されるキッカケになった映画でもある。私個人は、榮倉奈々さんの役柄が素敵過ぎて悲し過ぎて泣けた泣けた…。ちなみにこの映画で、高橋漣(菅田将暉)の親友・竹原直樹(成田凌)の少年期を演じたのは、『美女と野獣』で宏美ポット夫人の息子チップの日本語吹き替えを担当した池田優斗クンだったのだ。ここにも何となく宏美さん繋がりを感じて嬉しくなってしまった私である。😜

 

左が優斗クン、右は漣の少年期を演じた南出凌嘉クン

 

(2008.10.22 アルバム『Dear Friends Ⅳ』収録)

 

*【お詫びと訂正】昨日1998年のシングルが初出、と書きましたが誤っていました。正しくは本文を訂正した通り、その6年前の1992年の『EAST ASIA』が初出とのことです。申し訳ありませんでした。お詫びして訂正いたします。effacer3さん、ご指摘ありがとうございました❣️