6枚目のオリジナル・アルバム『二十才前…』収録のバラード。作詞の東海林良さんは、石川さゆり、テレサ・テン、柳ジョージら、演歌・歌謡曲系からブルースロックまで、幅広いアーティストに楽曲を提供している作詞家・小説家。宏美さんには、このアルバムの「何かが起こりそうな朝」も書いている。作・編曲の大野克夫・船山基紀コンビは、この前年ジュリーの「勝手にしやがれ」(作詞は阿久先生)でレコ大を受賞したばかり。特に船山さんは、ジュリーのアレンジで最前線に躍り出た頃だ。

 

 ジュリーと言えば、「勝手にしやがれ」の前のシングル「さよならをいう気もない」のB面も「つめたい抱擁」であるが、同名異曲である。面白いことに、こちらも作曲は大野先生である。先生は2年続けてジュリーと宏美さんに、同タイトルの別曲を提供したことになる。何となく雰囲気が似ている気がしないでもない。参考までにご紹介しておこう。

 

 

 さて、この『二十才前…』のアルバムは、十代を卒業し、少女から女性へと成長する時期の揺れる心を様々な角度から切り取った12篇から成る。少女の雰囲気を残す「ザ・マン」「季節のかほり」から、めでたくゴールインする「ヴェニスの花嫁」まで幅広い作品が並ぶが、この東海林さんの2曲は、なかなか大人っぽい内容だ。

 

 とりわけこの「つめたい抱擁」は、捨てられたはずの人から離れることのできない主人公が、心までは許さない、と歌う。

 

♪ ボロきれみたいに 捨てられたくせに

 まるで流れる 川のように

 あなたのやさしさに くずれてゆく

 

♪ 不幸が住んでる 哀しい女だと

 時にはやけを おこしたけど

 あなたの他には 愛せもしない

 

と言いながら、全編を通じて「心までは許さない」と6回も繰り返す。歌謡ポップスと言うより、むしろ演歌、怨み節とでも呼びたいような歌である。石川さゆりさんが歌っても、全く違和感がないどころか、よく似合うのではないか。

 

 

 曲はDマイナー、ABC×2+C。イントロはピアノのメロディーで始まり、それをギター、バイオリンと受け継いでいく。Aパートの歌詞は、本当の意に反して「あなた」しか愛せない「意気地なし」の「わたし」が描かれている。バックも控えめ、宏美さんもなよやかな歌い方である。

 

 Bパートのブリッジの部分は、歌詞は逆に淡々とした情景描写に変わる(2番の「♪ 見つめて 溜息つくばかり」だけは主人公の心情もやや入るが)。だがバックの演奏はピアノを中心とした♪ ズチャッズチャー、というリズムが印象的で、徐々に盛り上がりを見せる。

 

 そしてリフレインのCパートが、強烈な情念を伴って「♪ 心までは許さない」と繰り返されるのである。救いは、まだ十代の宏美さんの爽やかな歌声である。でなければ、この歌はどこまでも恨みがましく響いてしまったことだろう。

 

 物憂げなアウトロが終わると、それを払拭するように、「ヴェニスの花嫁」の華々しいイントロが高らかに鳴り出すのである。

 

(1978.4.5 アルバム『二十才前…』収録)