『シェルブールの雨傘』(Les Parapluies de Cherbourg ,1964,仏)はジャック・ドゥミ監督、ミシェル・ルグランが音楽を担当したあまりにも有名なミュージカル映画である。その同名主題歌を、宏美さんが初の洋楽カバー集『恋人たち』(1979)で吹き込んでいる。

 

 まずはオリジナルのサントラを映画の映像と共にお聴きいただこう。

 

 

 宏美バージョンの訳詞は片桐和子さん。フランス語の原詞(ドゥミ監督作詞)は、別れを嘆き悲しみ、引き留めようとする内容らしい。だが、ノーマン・ギンベルが英訳した際に、「I Will Wait For You」と題し、恋人の帰りをいつまでも待つ内容となった。このギンベル訳を下敷きにした日本語訳が多く、この片桐さん訳も例外ではない。男性を待つ女性の心情を、「雨」に絡めて美しい詞を編んでいる。

 

 編曲は萩田光雄先生。ハネケンさんのピアノがイントロから活躍する、お洒落なことこの上ないアレンジ、大好きである。構成は至ってシンプルでAABA、キーはCマイナー。最初のAパートはピアノ一本の伴奏で、語るように「♪ いつの日にも あなただけ〜」と歌い出す。「♪ ただ二人が めぐり逢い〜」からバイオリンの音が入ってくる。2度目のAでは、リズムセクションが動き出し、他の楽器も重なってくる。

 

 と、一旦音楽が止まり、Bパートはバックが再びピアノだけになり、テンポ・ルバート(柔軟にテンポを変える)で「♪ 時計はいつも変わらずに/時をきざみ続けている/私は この瞳閉じて」と歌われる。ここの歌いっぷりは、まだ二十歳とは思えないほど表情豊かで、とても心惹かれる。

 

 その後「♪ ああ 夢みるの……」でインテンポ、他の楽器も戻って、半音上がるキッカケのフレーズからC♯マイナーに転調し、クレッシェンドする。「♪ 音もたてず降る雨に〜」からフルバンド、ピアノが雨を模した16分音符を奏で、ドラマティックに盛り上がる。ラスト「♪ 想い出を抱いて……」では、キメのリズムがフォルティッシモで奏され、宏美さんのボーカルも「♪ いーだー」で一旦切り、無伴奏から「♪ いーてー」をオクターブ上げ、高いC♯の音を哀しげに伸ばすのだ。

 

 後奏もすこぶる効果的である。ストリングスの煽り立てるようなフレーズの後、ピアノが高音から駆け下るようなパッセージが、アッチェレランド(だんだん速く)からリタルダンド(だんだん遅く)で弾かれ、劇的な幕切れとなる。演奏時間も3分12秒と短めだ。

 

 

 この曲は、翌1980年2月、日フィルとのジョイント・コンサートで、服部克久先生のオーケストラ・アレンジでも演奏されている。その模様も、ライブ盤として『シンフォニー』に収録されている。オーケストラらしい華やかなアレンジになっているのはもちろんのこと、ステージ用にリサイズされ、聴き応え充分だ。

 

 具体的には、AABAは転調せずに歌われ、その後Aメロがオーケストラで演奏される。その際、宏美さんのスキャットがBメロのモチーフのバリエーションという、オリジナルのサントラを彷彿とさせる作りだ。そして、ボーカルでAパートが繰り返される際、半音上がってフルオーケストラをバックにクライマックスを迎えるのである。

 

 ただし、最後の「♪ 想い出を抱いて……」の部分は、『恋人たち』のバージョンと違って、オクターブ上げることはない。しかし、同時期のテレビ番組『スター誕生!』や『オーケストラがやってきた』で同曲を歌唱した際には、オクターブ上げて「♪ いーてー」と歌われているのだ。

 

 このことから、私は次のように推測している。シンフォニック・コンサート当日、宏美さんが高熱を押してステージを務められたことは、ファンの間ではよく知られた事実である。ライブ盤でも、「月見草」他、何箇所か体調不良を窺わせる部分がある。この「シェルブールの雨傘」も、最後のB♯(=C)-C♯の高音、しかもロングトーンは回避したのではないか。そのように考えている。生でステージをご覧になった先輩諸兄、お考えを聞かせていただけるとありがたい。

 

 

 最後に、珍しく苦言をひとつ。「シェルブールの雨傘」は、下の楽譜に赤丸で示した通り、Aパート前半で4回出てくる臨時記号を伴った音型が、この曲の特徴でもあり、流麗に響くのだ。ところが、宏美さんは往々にしてこの歌い出しの半音の音程が甘いのだ。『恋人たち』の録音で言えば、歌い出しの「♪ つの日にも なただけ〜」の太字にした部分などだ。特に、楽譜では青い四角で示したBナチュラルの音が、B♭に聞こえる。

 

 

 このアレンジで、この歌唱なら、それも「あり」だと思う。シャンソン独特の語るような歌い方なので、音程など煩いことは言うまい。

 

 だが、服部アレンジのオーケストラ版で、バックの演奏がメロディーをなぞっている時などは、合わせるべきであろう。『シンフォニー』に収録の音源で指摘すれば、「♪ 音もたてずる雨に〜」「♪ ひとりきりでるきたい〜」の太字部分のB♯の音程が特に気になる。

 

 宏美さんの歌唱を最後に貼ろうと思ってYouTubeを検索したら、後年の「シェルブールの雨傘」が2つヒットした。2000年代初期と思われる(時期がお分かりの方いたらフォロー願います)動画を紹介しておこう。私が指摘した半音の音程は、以前よりさらに悪くなっている。コメント欄で私と同様の指摘をされている方が複数いた。私の大好きなこの曲、ここは是非宏美さんに奮起してもらい、正しい音程で歌うように修正していただきたいものだ。

 

 

(1979.3.9 アルバム『恋人たち』収録)