説明無用、宏美さんが『スター誕生!』の決戦大会で歌ってプロデビューを決めた曲、小坂明子さん作詞作曲の「あなた」である。当然、宏美さんご自身にとって思い出の曲、思い入れの強い曲ということになろう。コンサートでも、初期のみならず、節目節目で取り上げられている。

 

 小坂さんのオリジナル(編曲:宮川泰、key=D♭〜D)は、1973年にポプコンのグランプリを受賞、翌年にかけて公称200万枚を超える大ヒットとなった。彼女のデビュー当時、小学校6年生だった私だが、この曲の衝撃はよく覚えている。ラジオで初めて聴いて、そのメロディーラインの美しさと、ファルセットに抜けるところのカタルシスを、子どもながらに意識した。また、テレビで観る小坂さんは、他の歌手と違ってごく普通の女性で、素人っぽく見えたところに、また好感を持った。ピアノ弾き語りにも憧れた。

 

 宏美さんの歌う「あなた」は、商品化された音源や映像もいくつかあるので、私の知る限りのところを発売順に整理し、ひと口感想を述べてゆこう。もし落ちがあったら、ご指摘いただきたい。

 

●ロマンティック・コンサート(1975) 編曲:中島安敏、key=B♭〜B

 ファーストコンサートの終盤で、思い出のこの曲である。感極まって泣き出してしまう。「今泣いたカラスがもう笑った」的に、歌唱後笑い声を立てて「ピアノさんです!」と紹介するところが可愛らしい。

 

 

●ライブ&モア(1979) 編曲:前田憲男、key=C〜D♭

 かなりレア、恐らく後にも先にももうないのではないかという、宏美さんのピアノ弾き語りである。秋のコンサートのアンコールで演奏され、絶大な効果を発揮した様子がライブ盤から伝わってくる。デビュー当時よりキーを上げてハ長調としているのは、歌のためではなくて、ピアノの読譜・演奏を容易ならしめようという、「大人の事情」からであろう。また、ふだんなら「♪ 小さな家を建てたでしょう〜」の「♪ いーえーをー」の辺りはややためて歌われるのだが、ピアノのアルペジオ(分散和音)の8分音符に引っ張られて、歌も均等な8分音符になっていると思われる。

 

 

●THE COMPLETE SINGLES(1995) 編曲:高見弘、key=C(スター誕生 第11回決戦大会より 歌唱曲)

 日本テレビのさまざまな特番等で流れていた映像の音声部分だけが95年に音盤化された。曲は歌い出しのワンフレーズだけ。恐らく、もうこの時点ですでにマスターテープは失われ、フルサイズでは残っていなかったのであろう。宏美さんの全国区初の音源であるだけに、残念である。

 

 

●30TH ANNIVERSARY LIVE SPECIAL Happiness(2005) 編曲:青柳誠、key=B♭

 30周年記念ということで、CD・DVDの両方が発売されている。第1部では、近年の作品を披露し、第2部はこの「あなた」がオープニング。思い出のこの歌に続き、「あざやかな場面」を皮切りに、ジャケット写真をバックに、懐かしい歌がズラリと並ぶヒットメドレーに突入する、というステージ構成である。

 

●Dear Friends Ⅴ(2010) 編曲:小坂明子、key=A〜B♭

 深みを増した宏美さんの声で、シリーズ5作目にしてついに、この曲初のスタジオレコーディングである。作者の小坂さんご本人のアレンジ、そしてピアノである。大切に歌われている様子がしみじみと伝わってくる。

 

 

●Live in PRAHA 虹〜Singer〜(2011) 編曲:小坂明子、 key=A〜B♭

 2007年にプラハでチェコ・フィルとの共演でアルバム『PRAHA』レコーディング。翌2008年、チェコ親善大使に任命さる。そして2010年11月16日、夢だったドボルザークホールでのコンサートが実現。オープニングがこの曲だった。ちょっぴり緊張気味の宏美さんの歌唱である。

 

 小坂さんの当時の映像を探して見ていたら、下の動画を見つけた。何と小坂さんご本人がピアノを弾いて宏美さんがこの「あなた」を歌い、一部お二人でハモるという垂涎ものの動画である。1983年前後の映像だろうか。宏美さんの素晴らしい歌声を、小坂さんのピアノ、後ろに映っているヨシリンの表情共々、お楽しみください。

 

 

(1975.12.10 アルバム『ロマンティック・コンサート』収録)