説明無用、井上陽水さんの大ヒット曲である。だが、同名映画『少年時代』(1990年、篠田正浩監督)の主題歌であったことは、意外に知られていない。『少年時代』は、私が生涯に見た邦画の中で5本の指に入る佳作だと思っている。

 

 映画『少年時代』は、柏原兵三さんの自伝的長編「長い道」、それを下敷きにした藤子不二雄Ⓐさんのマンガ「少年時代」を原作にしている。主人公の疎開先を舞台にしているが、戦争が主題ではない。思春期の男の子の世界に、時代を超えて例外なく存在する友情、嫉妬、序列、苛め等々が生々しく描かれており、男だったら多かれ少なかれ似たような経験を持っているのではないか。

 

 進一(藤田哲也)は戦争末期に東京から富山へ疎開する。そこで仲良くなったのが周囲の大人の信頼も厚いタケシ(堀岡裕二)。だが、彼は学校では暴君であった。進一に対しても冷たく接し、時に苛めることさえあった。タケシの態度に戸惑う進一。しかし、あるきっかけから、タケシは学級の権力者の地位から転落する。それ以降、今まで虐げてられてきた級友たちから凄惨な意趣返しを受ける。そんな時、進一は東京に戻ることになる。そして、ラストシーンの一番いいところで、陽水さんの「少年時代」が流れるのだ。😭

 

 

 Wikipediaによると、この曲は、藤子さんが飲み友だちだった陽水さんに直接作曲を依頼したそうだ。なかなか完成せず、映画のポスターの印刷にも間に合わない事態となった。しかし藤子さんは、いっさい陽水さんに催促をしなかった。そして出来上がったデモテープは、藤子さんがイメージした通りの素晴らしい楽曲であったという。

 

 陽水さんと作曲者に名を連ねる平井夏美(川原伸司)さんは、宏美さんの「WAITING」、聖子さんの「瑠璃色の地球」の作曲者である。宏美さんバージョンのアレンジは、テイチク移籍以降よく宏美さんの編曲を担当している西脇辰弥さんである。古川昌義さんのギターと西脇さんのハーモニカの音色が、この「少年時代」の歌のセピア色の雰囲気に合っている。

 

 ライナーノーツによると、宏美さんはこの曲の吹き込みはだいぶ悩まれたらしい。この宏美さんバージョンを数え切れぬほど聴いている私でさえ、こと、この歌に関しては陽水さんのイメージが大変強い。それを払拭して宏美さんの歌の世界を、というのは「言うは易し、行うは難し」であろう。カバー曲の宿命ではあるが、百戦錬磨の宏美さんをしてそのように思わしめるほど、陽水さんの存在は大きかったと言わねばなるまい。

 

 

 それでも、そこはさすがに岩崎宏美である。バックの温かなサウンドに身を委ねて、心地よいテイクに仕上げている。「いつかこの歌がなんのプレッシャーも背負わず歌える日を夢見て…」とライナーノーツを結んでおられた宏美さんだが、それから5年後、2008年の『シアワセノカケラ』ツアーで、何と例の一五一会を携えて「少年時代」を歌われたのだ。もしかすると一五一会の演奏に気を取られて、変にいろいろ考え過ぎずに楽に歌えたのかも知れない。😜

 

(2003.11.26 アルバム『Dear Friends Ⅱ』収録)