『WAGAMAMA』のラスト前で、強烈な印象を残すブラス・ロック風の秀作。ラストの「好きにならずにいられない」ア・カペラ version と同じ松井五郎・山川恵津子(編曲も)コンビなのに、鮮やかなまでのコントラストである。

 

 カサノバとは、18世紀に活躍したヴェネツィア生まれの作家、ジャコモ・カサノバのことであろう。本業よりも、その華やかな女性遍歴によって後世に名を残している。転じて、関係した女性の数が多い男性の代名詞として専ら使われる。この「カサノバL」の歌詞内容を考え合わせると、次々といい男に目移りしていく女主人公はさしずめ「女カサノバ」。つまり、「L」は lady の「L」であろうか。「♪ 誰にも けして 愛してるなんて 言わない」という最後のひとことが、事務所独立以降の宏美さんの楽曲に共通する女性像を表しているような気がする。

 

 そしてこの曲の魅力は、ホーンセクションの活躍も大きいだろう。キーボードの下降グリッサンド(鍵盤を一つひとつ弾かず、爪を滑らせるようにして演奏すること)で始まるイントロから、トランペットとサキソフォンのかけ合いが耳に心地よい。ホーンにクレジットされている名前は、数原晋・小池修・片山鉱二の3人。数原さんがトランペッター、小池さんは『フルサークル』のコンサートでサックスを吹いてらした方。そして何と片山さんは往年の宏美さんのバックバンド:パイナップル・カンパニーのサックスプレイヤーだ。トランペットはハーモニーで鳴っている部分もあるので、多重録音だろうか。Aメロとサビの部分では、歌の切れ目切れ目で入るサックスのフレーズ、トランペットのパンチも決まって心地よい。1番と2番の間のサックスは、オクターブ違いの2本で細かいフレーズを見事に重ねて吹いている。

 

 あと、Aメロのリピート時にメロディーのオクターブ下で入ってるコーラスは、海出景広さんか。Bメロ部分で入るバックコーラスも耳に残る。「♪ チュン、チュン、チュン…」と聴こえる部分、「♪ imagination」「♪ satisfaction」という英語の部分。チュン、チュンは加工された人声だろうか。英語のコーラスは宏美さんご自身の声のようである。

 

 

 また、この曲はエジプトで行われたコンサートでも披露されている。CDでもDVDでも楽しむことができるが、バックの激光旋律団には残念ながらホーンセクションはいない(パイナップルカンパニーには、サックス、ペット、ボーンが揃っていた)。ホーンのパートはキーボードが担当しているが、そんなハンディは蹴散らしてしまうくらい、宏美さんのボーカルとダンスのパワーが凄い。是非ご覧ください。

 

 

 このアルバムのリリースの翌年、自分はビッグバンドに参加してトランペットを吹くようになった。それ以降、宏美さんの歌のバックの演奏に今まで以上に耳が行くようになった。「わぁ、この『カサノバL』みたいに吹けたらかっこいいだろうな」という感じで。当時のバンドマスターに、「岩崎宏美のアルバム曲で、ホーンがカッコいい曲があるんですよ」と言って、この「カサノバL」を聴いてもらった。バンマスはニッコリして、「ブラス・ロックですね!」と言われたのを覚えている。

 

 あれから30余年。バンド全体のレベルは随分上がったが、私のトランペットの腕前は、さして変わっていない(泣)。

 

(1986.7.21 アルバム『WAGAMAMA』収録)