宏美さんの高校卒業間近に録音された楽曲である。シングル「想い出の樹の下で」のカップリング曲として世に出たこの「わたしの1095日」は、その4ヶ月後に発表されたアルバム『ウィズ・ベスト・フレンズ』にも収録されている。このアルバムは、宏美さんの高校卒業を機に企画されたものであると言う。阿久悠先生が、等身大の宏美さんを表現した素敵な詞をたくさん提供しておられるが、この曲の歌詞は、特にこの時期の宏美さんにピッタリだったのではないかと思われる。

 

 「♪ 三年が過ぎました 1095日です/そのあとの さよならが/もうそこに来ています」という歌詞は、まさに高校を卒業しようとする少女の心を直截に表していると言える。

 

 「♪ 何かいい忘れていませんか/もっと大切な話はありませんか」という歌詞からは、何か煮え切らないボーイフレンドへの苛立ちにも似た気持ちを感じる。もっとも、自分がこのトシになると、「高校3年生の男子なら、このウブな感じもアリだな」などと思ってしまうのだが。

 

 私がこの曲の歌詞で一番好きな部分は、「♪ 特別な想い出は/何一つ出来なかった」と言いながら、「♪ 私には毎日が/特別の日々でした」と言うところである。一見矛盾しているように見えるが、とてもよく解る。何も劇的なことは起こらなくても、あの人の側にいられるだけで、自分にとっては特別な日々なのである。まさに自分の高校時代を思い出してもそう言い切れる。

 

 筒美先生の作・編曲も冴える。ベースが歌うように始まると、ギターがそれに呼応するように重なって来る静かなイントロ。サビの「♪ 何かいい忘れていませんか〜」からは、高音域を使っているが、宏美さんは、ふだんのように歌い上げていない。ファルセットに近い柔らかい声質の高音で、フワッと優しく語りかけてくる。本当に、宏美さんには歌詞内容・曲調を直感的に理解して表現することができる天賦の才があるのだとつくづく思う。間奏等要所に入るバイオリンの音も効果的だ。ツーハーフ終わった後の大サビの部分には、Bメロの「♪ 三年が過ぎました 1095日です〜」を音程を上げて繰り返すことによって余韻を残すエンディングになっている。

 

 

 この曲には、宏美さんご自身も思い入れが深かったようで、1999年の筒美京平作品によるセルフカバーである『Never Again〜許さない』で、再度レコーディングしている。当時、ライブでもよく取り上げられていた。何かの折りに聴いた、ジャズピアニストの島健さんとの競演は、たいそうスリリングであり、印象に残っている。また近年、2014〜15年の『Thank You !』ツアーで久々に歌われた。その際は、オリジナル・バージョンのアレンジで、古くからのファンを喜ばせた。

 

 

 私は1997〜2000年の3年間、海外に赴任していた。ちょうどその間に発売されたアルバム『Never Again〜許さない』を、車の中で繰り返し聴いていた。いよいよ帰国が目の前に迫ったある日、偶然このアルバムがかかっており、「わたしの1095日」の歌詞が急に心に刺さった。「♪ 三年が過ぎました 1095日です/私には毎日が/特別の日々でした」ーー私にとって初の海外赴任だった3年間、苦労もあったが、本当に見るもの聞くものが目新しく楽しく、「毎日が特別の日々」だった。3年間世話になった我が家の運転手さんにこの部分の歌詞の意味を教え、改めて感謝の意を伝えて別れたのだった。

 

(1977.1.25 シングル「想い出の樹の下で」B面)