急性大動脈解離からの生還13 一般病棟へ
何日か透析、検査が続き、医療機器もほぼなくなり、いよいよ一般病棟に移る時が来た。
最後の透析の前、お世話をしてくれた看護士さんや介助士さんたちが来てくれて、
「おめでとうございます!一般病棟にいってもがんばってくださいね!」
と祝福してくれた。
ありがとう!
この一言だった。
透析をしに別室に移動。透析が始まった。
ところが。
透析の途中、機械の不具合で、なかなか終わらない。身体を動かすことが出来ないからヘトヘトになる。
そして、4時間かかってやっと終わった。
そしてしばらくして、一般病棟の看護士さんが迎えに来た。
ICUの看護士さんといろいろ引き継ぎしたあと、移動開始。ICUの中を進んでついに外へ。
さらばICU...w
一般病棟はかなり離れたところにあり、ベッドで病院内を進む。
しばらくICUの騒がしい中にいたから不気味に静かだった。
そして、まずは個室の病室に入った。
看護士さんが部屋を去ったあとは異常な静けさだった。
ICUのときは常に誰かスタッフがいたので、一人の空間がとても孤独に感じた。
窓の景色を久しぶりに見た。変わらない世界だった。
でも
なぜか涙が出てきた...
続くです
急性大動脈解離からの生還12
その後、せん妄と痛みとの戦いだった。
でも、サイボーグかよ!というくらいの医療機器がだんだん外れていき、酸素マスクも鼻チューブに代わり日中も落ち着いてきた。
レントゲンもベッドでのレントゲンからかわり院内のレントゲン室に変わった。あいかわらずベッドのままだったけど。
造影剤CTも何度かした。でもまだICU...
いろんなせん妄みたなあ。病室の奥に別室があり、いつもそこにいた。なぜか、その外にコンビニみたいなとこがあって、医療関係者が買い物してたり。
時には寒さで凍えそうになり死ぬかと思ったり
で、あるとき先生が、横に座り
「よく生きられたね。でも左足はどうにもならない。まあ、命あってのことだから...」
はあ。なるほどー。でもまだ身体自体が動かないからよくわかりません。
と、答えた。
今考えればたぶん病室で言われたんだろう。
左総腸骨動脈破裂
脊髄梗塞
そのときは笑って話していた。せん妄の世界で......
続くです
急性大動脈解離からの生還11
やっと透析が終わった。
ごはんはもうきてたけど、終わるまで食べられなかった。
担当の看護士さんが
「お疲れ様!がんばったねwごはんね!」
とベッドに運んでくれた。当然動けないため電動で起き上がり箸をもったその時、
「ちょとまってください!」
と別の看護士さんが。
ん?なにやらヤバイらしい?
担当の看護士さんと話してる。
しばらくして、担当の看護士さんが語りかけてきた。
「ごめんねー。ごはんはもうひとつ処置が終わってからだって」
箸を持ったまま固まってしまった。
え?え?
もう泣きそうだった。
また、大層な装置が運ばれてきてもー、なすがまま。
さらに1時間検査を受けた。
終わったころにはおかずの煮魚がパサパサになっていた。
当然、全部食べれはしなかったけど、なんだか悲しくて泣いてしまった。
担当の看護士さんも横にいてくれて、
「辛いねー。でもがんばろ!」
と励ましてくれた。
とてもうれしかった。
でもどーなるんだろ...
不安ばかり募っていった
続くです