フライトジャケット夜話 第十一夜 「着用禁止! M445」 | 飛行服千夜一夜物語

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どんなフライトジャケットにも、袖を通した者と歩んだドラマがあるもの。
飛ばなくなったフライトジャケット達との思い出話と、そこに秘められたヒストリーを紹介します。

 こんばんは。

 外はだいぶ暖かくなってきましたね。

 こんな時期に季節感を無視したフライトジャケット中心の記事を読んでいただいている皆様には、驚きと感謝の念が絶えません。


 さて。今回のテーマはWWⅡ期間中における米海軍の冬季用(ヘビー)フライトジャケットである「M445」です。

 暑苦しいやつですが、今回もボリュームいっぱい! どうぞお付き合いください。



 M445の概要を説明しますと、1940年から1943年まで製造された、海軍と海兵隊の冬季用フライトジャケットです。

 ラベルには「WINTER, HEAVY」とありますので、かなり低温の状況で着用するものですが、よく言われる「マイナス10℃以下で使用するヘビーゾーン用」ではありません。

 同時期採用の飛行服であるM-422が「INTERMEDIATE」、M-444には「WINTER, LIGHT」と記載されていますが、それぞれの使用温度帯は設定されておらず、そのときどきの状況で任意に使い分けたものと考えられます。


 このジャケットにはM444型と、AN-J-4型の2種類のデザインが存在します。


↑M444型デザイン。ゴートスキンの肘当てが菱形。裾にボタンが無く、ジッパーは裾の下端まである。



↑AN-J-4型デザイン。ゴートスキンの肘当ては肩からカフスまで覆う巨大なもの。裾にはボタンが二つあり、ジッパーはボタン手前までしかない。



 ちなみに名前は、「M445」、「M445a/A」、「M445B」の3種類が存在します。

 「M445」にはM444型、「M445B」にはAN-J-4型しかありませんが、「M445a/A」にはM444型とAN-J-4型が混在しており、混乱します。


 M445は、主にウィリス&ガイガー、モナーク、フリード・オスターマンといった海軍御用達メーカーが製造しています。

 なお、AN-J-4型M445とまったく同じデザインの AN-J-4は陸海軍共通のフライトジャケットですが、実際には陸軍でしか使われておらず、製造はエアロレザー、アーノフ、ポキプシーといった陸軍御用達メーカーが行いました。

 

 海軍のフライトジャケットは、1930年代の37J1Aから現有のCWU-45/Pに至るまで、概ね以下のようなデザインの様式を受け継いでいます。

 ・襟がつく

 ・フラップのついた2枚のパッチポケット

 ・ジッパーを覆う前身頃

 ・肩章がつかない

 ・内ポケットがつく

 

 M445も内ポケット以外は遵守しています。 


 さて、このM445は以前からコレクター泣かせのフライトジャケットと知られていまして、今も昔もWW2時のフライトジャケットとしては、かなり安いプライスがつけられています。

 というのも、このジャケットに使用されているシープスキン、特にアメリカ参戦後の1942年以降に製造されたものは、なめし方が悪いのか、経年劣化が早く、とにかくすぐ破れる特性があります。

 売られているものは大抵の場合、「着用不可、コレクション用」等の但し書きがつきますので、何万円もする割には、ファションアイテムや防寒着としてはまったく使用できず、もっぱら観賞用としての使い道しかありません。

 ほとんど着用されていない綺麗な状態の個体が売りに出されることがありますが、油断してはなりません。

 特に破れやすい革はツヤや弾力がなく、湿った感じがするので、慣れてくれば容易に判断できるようになります。

 ラッカーコーティングが割れたり剥がれたりしているものは、見た目はみすぼらしいですが、比較的丈夫な傾向があります。



 実運用の話をしますと、戦闘機操縦者がM445を着て搭乗している写真って、見たことがない気がします。

 M445の着用が確認できるのは、アラスカ・アリューシャン方面の哨戒機の搭乗員がメインですね。

 戦闘機はコクピットが狭いので敬遠したのかもしれませんが、海軍・海兵隊戦闘機部隊の主な活動地域は南太平洋なので、着る機会があまりなかったのでしょう。


 実際の着用例を見ていきます。


↑SNB-2P訓練機を使用して航空偵察訓練に臨む搭乗員達の素晴らしい写真。

 M445ジャケットとM446トラウザーズを着用しています。巨大なカメラと酸素マスクにも注目。

 おそらく、左2人は操縦士、右手前は教官、右奥の2人は学生。どちらかの操縦士は学生かもしれない。



↑1942年、アリューシャン諸島ダッチハーバーにおけるVP-43の搭乗達。

 上段左から2番目と4番目、下段左の隊員がM445を着用。なお一番左上の人がM422を、上段左から3番目と下段右はこの時期のアリューシャン方面でしか見られないNAF-1168(前期型)という珍奇なジャケットを着用している。

 この頃のVP-43はPBY飛行艇を用いてアッツ島やキスカ島の日本軍に対する偵察や爆撃を行ったが、大型で鈍重な機体のため、犠牲も多かった。



↑飛行隊は不明だが、こちらも1942年頃のアリューシャンにおけるPBY搭乗員達の集合写真。

 M445の他にM444、M422、NAF-1168(前期型)が見られ、特に左から三番目にB-7ジャケットを着用している隊員がいる。B-7は陸軍のフライトジャケットだが、アリューシャンでは海軍の搭乗員にも着用が見られる。



↑背後の機体はF4U-1D戦闘爆撃機。

 M445を着用している人物がこの機体の操縦士だったかどうかは不明。 

 F4Uは元は陸上機であったが、1D型からは空母で運用できるようになり、1945年2月頃からは日本本土空襲に参加する。その頃の操縦士はM445を着ていたかもしれない。


 

 それでは私のコレクション(2着)を紹介します。


① WILLIS AND GEIGER INC.  NOS-87669

 1941年製です。コーティングが剥がれまくって貧相な感じがしますが、シープスキンの状態は大変良く、着用に耐えれます。

 戦前に作られたものは、作りが大変丁寧です。


 

↑このメーカーのポケットフラップはきれいなアーチが特徴です。しかし、コーティングの剥がれが凄まじい。



↑ ジッパーはタロンのM39。このジッパーはサビにも強く大変高品質。



 

↑ 背中は2枚のシープスキンだけでできている。1942年製から(M445A以降)はハギレを何枚も貼り合わせて作るようになる。


 

↑ 襟裏は白いペンキでかすかに「USN」が読み取れる。中心より右側に書かれている。

 なお、AN-J-4型は「US」となる。


 

↑ カフスのニットはカーキ色。これもこのメーカーの特徴。


それでは2着目!


② MONARCH MFG. COMPANY  NOS-98511


 2着目は、さっきのM445より状態は良さそうに見えるが、これは「着てはいけない」M445である。

 オイルまみれにしたので、触れただけで破けるほどでは無いが、着用には耐えられない。

 B-3やB-6なんかにも言えることだが、コーティングの剥がれが無いシープスキンジャケットは、絶対に着てはならない!


 

↑ポケットフラップは先の尖ったきれいなアーチ型。

 ポケットの左側の線と右上から中央に貫く線はシープスキンの張り合わせ線。このジャケットは何枚もの小さい革を貼り合わせて作られているのだ。



↑右のポケットのところにも斜めに走る縫い合わせ線が見える。しかし、こうしてみると、ぱっと見の革質はとても良さそう。

 ジッパーは私が実物タロンM42に交換した。元々のジッパーもM42であるが、鉄に亜鉛メッキをしただけのこの戦時型ジッパーはすぐ腐食するという欠点があり、とても使用できる状態ではなかった。


 

↑背中を見てみよう。拡大すると縫い合わせ線が何ヶ所か確認できる。縫い合わせ線のいくつかは途中で止まっているが、これはなぜだろう? 

 まさか最初から破れている革を使って製造していたのだろうか? 



↑襟裏は黒いインクで中心に「USN」。見にくい。



 ……私がコレクションを始めた2000年代中頃は、ヤフオクでも頻繁に(見た感じ)状態の良いM445を見かけたものである。


 無事に落札し、手元に届き、喜び勇んで着用し、そして鏡に映った自分の姿を見て満足感に浸ったことだろう。

 しかし、悲劇は脱ぐ時に訪れる。

 袖を引っ張ったらちぎれ、腕を抜くときに肘と脇が破れることになる。

 肩も破れ、裾も破れ、…そして静寂の時が訪れる。

 さあ、反省の時間だ。

 満足感から一気に絶望の淵に突き落とされ、大金を溶かした深い後悔と軽率な自分の愚かさを思い知ることになるのだ……。


 …あっ、↑は私のことです。

 ブログを読んでくださっている賢明な読者さんは、私のようにならないでくださいね!



 M445が好きになったけど、破りたくない諸兄のために、リプロ品を紹介します。

 結構高いので、良識ある普通の人は、人気のあるA-2とかB-3とかを買うはずです。

 有名どころをすっ飛ばしてM445に行っちゃうような人は求道者としての素質があります。


 

↑リアルマッコイズのM445。確かウィリス&ガイガーの1940年式がモデルだった気がする。

 素晴らしい出来だが……地味だなあ。

 まあビンテージも地味だけど。


 

↑バズリクソンズのM445A。バズのM445は売れないのか、最近カタログ落ちしている。

 これぞまさにレプリカと言える出色の出来だが、税込30万円か……。 やはり地味。


 
↑バズは2年ほど前にコットン製M445なるものを出していた。色合いも含め、更に地味になった。
 おじいちゃんが着ていそうだ。5万円。
 これは春と秋に羽織るものがないM445マニアのために、バズが用意してくれたプレゼントなのだ。
 でもM421じゃなくてなぜこれにした?


 

↑今は活動していないTHE FEWのM445B。あえてコントラストの強い派手なツートンカラーにしてしまった。襟も大きくてゴージャスだ。茶色の革はホースハイドか? 確信犯だ。

 フライトジャケットの雰囲気は消え去った。

 邪道だが、これはこれでカッコいい。


 

↑結構昔から売られているウィリス&ガイガーのリプロ品。実は筆者も以前所有していた。

 襟の貧相さはまだしも、シープスキンの色ツヤが全くいけてない。革にツヤが無いから地味さ2倍だ。

 フライトジャケットというよりはM445風のムートン製革ジャンって感じだ。ただ圧倒的に安いという利点はある。 

 ジッパーをビンテージタロンに変え、全体をクリアラッカーでスプレーすれば、多少はそれらしく見えるかもしれない。



 ……好きなジャケットなので、つい語りすぎてしまいました。

 しかし私は今まで一度もM445を着用している人を見たことがありません。

 あなたが一番目に人になることを期待して、今回の、話を終わります。

 それでは次回をお楽しみに!