フライトジャケット夜話 第二夜 「いつ着るの? Let’s モフモフB-7ジャケット」 | 飛行服千夜一夜物語

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どんなフライトジャケットにも、袖を通した者と歩んだドラマがあるもの。
飛ばなくなったフライトジャケット達との思い出話と、そこに秘められたヒストリーを紹介します。

こんばんは。

10ヶ月ぶりの更新です。

最近、フライトジャケット熱が上がってきましたので、またぞろ、色々と独り言を呟いていきたいと思います。


今夜のネタは、皆んなが気になる「B-7ジャケット」!


ビンテージB-7フライトジャケット 42-7615


「B-7ジャケット」について、皆さんが持ってるイメージをこんなところでしょうか。

① 製造期間約一年なので激レア! 幻!!

② 高過ぎて買えない

③ めちゃくちゃ温ったかそう

④ ミリタリーっぽくない。ちょっとかわいい。


まあ、総論としては、「高すぎてビンテージもレプリカも買うことは無いだろうけど、何故か気になる存在」といったところかと思います。

なお、マニアの方ですと「B-7スーツ」も思い浮かぶのかもしれませんが、ジャケットの方です。


私がこのフライトジャケットの存在を知ったのは、1993〜94年頃の雑誌「MA-1」と「飛行服発達史」でした。

軍服らしからぬフワモコスタイルと、ノンコーティング故の白と茶色のコントラストを活かした色使いという、他のフライトジャケットとは一線を画す圧倒的存在感は、フライトジャケットの右も左もわからない鼻垂れ小僧だった当時の自分に、大変強烈なインパクトと物欲感を刻みつけたのでありました。


当時のフライトジャケット関連の本でB-7が語られる場合、大抵、前述①のような「製造期間が短く生産数が少ない」旨の説明が添えられるとともに、「ノンコーティング故に綺麗な個体はほとんど現存しない」という印象操作(?)のため、「幻のフライトジャケット」という扱いを受けていたのでした。

1996年前後に原宿の古着屋で初めてB-7を見た時は、大変薄汚れた外観に加えて、劣化による革の破れが見られたものの、50万円近いプライスタグが付けられていました。

更に2000年前後には、リアルマッコイズからB-7のレプリカが発売されたものの、案の定、法外な価格が設定されていたのです。

そのため、「自分には一生、縁のないフライトジャケット」と、諦めの境地に至ったのでした…。



…えっ?

それじゃあ、冒頭のB-7はネットで拾った画像なの?


2001年のリアルマッコイズの倒産から数年後、古着ブームの終結とともに、フライトジャケット価格の大暴落と古着屋の大量絶滅が始まりました。

それは10万円以上のプライスタグを付けていた初期型のMA-1やL-2Bが、1.〜2万円台まで下がるほどの凄まじいものでした。

古着屋さんにとっては暗黒の時代でしたが、私のような者には天国のような時代の到来でした。

古着ブームによって米国から大量に輸入され、個人が所有していたレアな古着が、一気にヤフオクに流入してきたのです。

圧倒的な供給過多による入れ喰い状態となり、着用可能なビンテージB-7も10万円未満で出品されるようになりました。

それによって、遂に念願叶って、B-7を手に入れることができたのでした!

今はもう買えませんけどね。

凄い時代でした。



…えっ?

3着見えるって?


あろうことか、ビンテージ2着に加え、マッコイのB-7も衝動買いしちゃったのでした!


ビンテージ W535-AC-27058



旧リアルマッコイズ製


もちろんA-6トラウザーズも買いましたよ。


3着所有する必要性は無いんですが、好きなんだからしょうがない。

今でも後悔はしてません!

価値あるものなので、散財ではない!


ちなみに、幻という割にはたまに見かけますよね。

「FULLGEAR」によると、製造期間は短いながらも契約本数は結構あるんですね。

全て1942年度予算(1941年7月〜1942年6月)によるもので、6本の契約全てがエアロレザー社です。

何か違和感を感じる契約ですよね。

一社しか作れないんだったら、一本の契約にして分納させた方が、事務の手間もコストも下げられると思うんですが。

契約時期を分散させる必要があったのか、それとも別の理由があったのか謎ですね。

アリューシャン方面における日本軍による攻撃が開始されたのが1942年6月、米軍による反抗作戦の開始が1943年1月ですので、その辺のドタバタがあったのかもしれません。

B-7はアラスカ・アリューシャン方面での使用がメインであり、PBY飛行艇(AAFでも救難機として使ってる)とか海軍の人と一緒の写真が多いです。


では、各部を見ながら、私なりの印象を述べて見ましょう。


全体的に感じるのは、ノンコーティングがもたらす柔らかな質感と白さです。

B-7からN-3Bに至るコート系のフライトジャケットは、パイロット用ではなくエアクルー用であり、降雪状態の屋外での使用も想定しているものだと思っていたのですが、B-7はあまり適しているように思えません。

濡れたら革が相当痛むでしょうし、摩擦にも弱い。

「寒冷地ではコーティングが割れてくるのでノンコーティングにした」という話を聞きますが、コーティングは必要があってするのであって、しないことにしようとする思考過程が理解できません。

B-3は再コーティングのプロセスが確立されており、ガンガンやってるのにね。

どういう意図でこのような仕様にしたんでしょうね。


次はフード。

後年のN-2/N-3に比べるとえらい小さいですね。

ヘルメットの上からかぶることは、あまり想定されてない感じです。

ファーもなんの動物の毛なんでしょう?

よくあるコヨーテではないです。

狼という説もあるようですが…


次に襟。

取ってつけた様なフードのお陰で、首周りがよく見えますね。

首を取り囲むようにはみ出したムートンは、B-7ジャケットの重要な萌えポイントだと思います。かわいい。


次はパッチポケット。

馬革ですかね。

ここはしっかりオイルを塗って、経年が醸し出す艶と皺を楽しみたいところです。

シープスキンに縫い付けてあるだけなので、ハンドポケットとかすると破れてきそうです。


次はジッパー。

タロンのM39ですね。

私はB-7のジッパーはこのタロンしか見たことないです。

それと、もこもこしているせいで、メインジッパーが見えず、とても閉めにくい。

もっと大きいジッパーがあったらよかったんでしょうけどね。

クローズエンドですが、A-6シューズのクラウンジッパーとか使えなかったのかな?

パッチポケットの上にはジッパー付のポケットがあります。

ここのジッパーは露出しているせいか、傷んでいることが多く、無理な開閉は厳禁です。 

ポケット用のジッパーには、稀にクラウンのシェブロンが使われていることもあるとか。


次に裾。

他の部分もそうなんですが、内側のモフモフした毛の部分が外側にめくるように縫い付けてあります。

毛足の長さも相まって、ここも萌えポイントと言えましょう。


次に袖。

B-3と同様、調整機構はなく、細めにできてるので、手の大きい人は着脱に難儀します。

特に革が全体的に硬化気味の場合は要注意です。


最後に内側!

素晴らしいモフモフ感が堪能できますよ!


ちなみにこれらのB-7、一度も外に着て行ったことはありません。

暑苦しいからではありません。

シープスキンジャケットを持っている人ならわかると思いますが、大してあったかくないんですよね。

ノースフェイスのナイロンとダウンで作ったジャケットの方が遥かに保温性に優れます。

「ヘビーゾーン用だからマイナス10℃以下で使用されるもの」みたいな説明もよく目にしますが、あれはウールのインナーや電熱服、グローブやシューズなどのセットアップで防寒性を発揮するのであって、ジャケット単体では耐えられません。

その割にはなんと言っても、見た目があまりにも仰々しいんです。

目立ってしょうがない。

着る状況がかなり限られる服です。

私は外で着ている人を一度も見たことがありません。

それでもレプリカ、特にアヴィレックスのは全体のイメージを壊すことなく、上手く細身のパターンとなっており、大変スタイリッシュなので、もっと着る人があってもいいとは思うんですけどね。


私はというと、マッコイB-7を冬の部屋着として活用しています。

真冬に暖房をつけずに防寒着だけで過ごしたくなることってありません?

下にA-11なんちゃらトラウザーズを履いて、上にB-7を着ると、歩ける寝袋の出来上がり!

ソファに横になったら最後、気持ち良くてすぐに寝ちゃいます。

まあ、そんな使い道しかない欠点ばかりのフライトジャケットですが、愛してやまない、このB-7の魅力を少しでも多くの人に知ってもらえたら嬉しいのです。


(終わり)