フライトジャケットとの出会い⑥ ー完結編ー | 飛行服千夜一夜物語

飛行服千夜一夜物語

どんなフライトジャケットにも、袖を通した者と歩んだドラマがあるもの。
飛ばなくなったフライトジャケット達との思い出話と、そこに秘められたヒストリーを紹介します。

(「覚醒編」の続き)

「RETREAT」を辞書で引くと、「隠れ家、避難所、潜伏場所」という意味だそうだ。

目的地「RETREAT 」は、仙台の繁華街から少し外れた路地の中の、非常にわかりにくい場所にあった。

当時はスマホのような便利なものはないので、一つ一つの路地を何度もクルクル周りながら、ようやっと発見したのであった。

2階にある入り口のドアを開けると、ポプリのとても心地良い香りがする…。
小さなアメカジのセレクトショップではあるが、ツボをしっかり押さえた、良い品揃えだ。

リアルマッコイズのコーナーは、店内の奥の方にが設けられていた。
天井からは、1/72のB-17爆撃機の模型がぶら下がっている…。


雑誌『B-3』で穴の開くほど見た、あのA-2、B-3、MA-1、B-15D達が、今、目の前の手の届く距離にある。
期待感、店内の雰囲気、さらにポプリの香りも手伝って、なんとも言えない、夢見心地の気分にさせられる。


まずはA-2を、爪で傷つけないよう、慎重に手で触れてみた…。

革特有の匂い、馬革ならではの硬さと張り、そしてどことなく感じる温かみ…、よくよく考えてみると、レザージャケットを着るどころか、触ることすら、人生で初めての経験だ。

皺一つないこのA-2が、やがて自分の体型をなぞるように一体化していくのだと思うと、どういうわけか、人生の夢や希望のようなポジティブな感情が湧いてくる。


本命のナイロンジャケットを手に取ってみた。

アルファ製とは違い、分厚く、しっとりとした生地。中綿がギッシリと詰まっており、非常に重たい。ジッパーはコンマー、ラベルは実名…。

「これは凄い。これがホンモノのフライトジャケット…」

今までフライトジャケットと思っていたのは、見た目の概観だけを真似た、ただの防寒着であった。

レプリカではあったが、この時、初めて私はフライトジャケットに出会ったのだ。


モフモフの襟が心地よいB-15CやB-15Dもあったが、私はMA-1を相棒として選択した。

MA-1は私にとって、憧れであり、原点だったからだ。


店員は、リアルマッコイズのロゴが大きくプリントされた立派な箱にMA-1を格納し、店内と同じ香りのポプリが入った小袋をオマケとして同梱してくれた。

そのおかげで、しばらくの間は、このMA-1フライトジャケットと出会った時の感動を、ポプリの香りが思い出させてくれるのだった。

実に粋な計らいだ。

 

私は今でもアメカジの店に入るのは苦手である。

たが「RETREAT」だけは、品揃えのみならず、店の雰囲気、空気感、店員との距離感が心地良く、一切、抵抗を感じることはなかった。

その日から私のお気に入りの店となり、リアルマッコイズのジーンズやリアルマックイーンのチノパンなど、その後、何度もお世話になったものだった(その都度、何らかのオマケ…千円相当の商品を付けてくれた)。

高校卒業後、私は、生まれ育った仙台の街を出た。


この私の愛した「隠れ家」は、リアルマッコイズが倒産したとき、その後を追うように店を閉じた。


フライトジャケットと出会ってから、約28年が経過した。

家族を持ち、東京に自宅を建てた現在も、あの時に買ったMA-1は、未だダサ坊から脱却できていない私の身近に置いてある。

たまに、何か…忘れかけた感情を思い出したい時、このMA-1の袖を通すことがある。



(終わり)