信長が好きだったもの(戦国漫遊録 第129回) | 戦国武太郎の戦国漫遊録

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戦国に関するエッセーです。

 

                                 織田信長画像

 

ここのエッセイでも取り上げましたが、織田信長は相撲が好きでしたが、相撲以外にも好きなものはあります。信長の性格を考える上で参考になると思われます。

 

まず戦国時代に京の町衆らの間で流行したさとり絵があります。判じ物の絵というか一種のなぞなぞ絵というか、頓智(とんち)絵でもあります。

 

 

例えば、一枚の紙に鎌と輪を描いてその下に「ぬ」と書くのです。これで「かまわぬ=構わぬ」と読ませるのです。知的ゲームですね。

 

故事や機知、風刺精神を盛り込んだものもありました。信長はこのさとり絵がとりわけ好きだったと伝えられています。

 

安土城内にある總見寺(そうけんじ)の佛殿の絵馬に、男子が棒をついて箆(へい=へらのこと)を傍(かたわら)に捨て置いた箕(み=一種の竹ざる)を片手に持って側(そば)に蚊帳(かや)をつっている絵があったようです。狩野永徳が描いたものです。

 

信長はこれを「氣を直に、へらをすてかせげば身を持つ」という意味に取っています。好みだったのです。

 

もうひとつ言いますと、信長が腕白でまだ小さい頃、熱中したのが印地(いんじ)打ちでした。

 

印地打ちは簡単に言えば、投石合戦です。二手に分かれて小石を投げ合う遊びですが、必ず怪我人が出ました。当たり所が悪くて死人まで出る、かなり危険なものです。

 

信長は家臣の子どもを集めて印地打ちをさせました。飯米や永楽銭を準備してよくやった童に褒美として与えていました。

 

相撲の場合も強い力士に褒美を与えていましたが、それとよく似た構図ですね。

 

余談ですが、戦国時代、平場での合戦には時折石投げ合戦が行われてました。さすがに鉄砲が普及した頃には影を潜めたようですが。

 

信長は南蛮風俗も大好きでした。南蛮帽子をかぶったり、マントをはおったり、南蛮風の椅子などのほか、カステラや金平糖(こんぺうとう)などの南蛮菓子やワインも好んだようです。

 

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