私にはまもなく4歳になる長男がいますが、この長男と妻に起こった出来事を話したいと思います。
生後11ヶ月だった息子は突然痙攣を起こし、意識を失い、病院に入院しました。
息子は予定より2ヶ月早く、1295グラムという、未熟児で生まれました。
発育の遅れは当然のことながらありました。普通の子にすれば、ヨチヨチ歩きを始める1歳間近、この子はやっと首が座ったばかりで、ちょうど生後5ヶ月のような状態でした。
病院や保健所を駆け巡り、夫婦で非常に心配していた矢先のことでした。ある朝、突然息子の様子がおかしくなりました。
目がうつろになり、呼吸が浅くなりました。すぐさまかかりつけの病院に連れていきましたけれど、一時は意識がなくなるという、危険な状態になったんです。
大きな問題があるということで、大学病院に、救急車で転送することになりました。運ばれた病院の脳波検査ではてんかんと診断され、さらに1週間後のMRI検査で脳性麻痺と診断されました。
脳の一部が壊死していました。運動中枢を司る部分を通っているため、このままではお座りもハイハイもできません。
「歩けるようになるためにも、今からリハビリを始めます。何度も訓練することで、他の脳の部分が代わりに補うようになり、もし、4歳までに歩けたら、普通の小学校にも通えるでしょう。」
という医師の言葉でした。あまりにも突然の出来事とその言葉に、私たち夫婦は打ちのめされるような思いでした。
なぜ我が家にこのようなことが起こるのかと思いましたが、聖書には
「全てのことに感謝しなさい」
とあるので、気を取り直し、この事を感謝しました。
するとすぐに私の思いの中に、「神のわざがこの人に現れるためです」という聖書の言葉が浮かんできました。それとともに、神様がこのこと全てをご存じであり、この事を通して素晴らしい事を計画されているという確信と平安が与えられていったのです。
教会では、私たちのために祈りの手が挙げられ、日々私たちも率先して癒しの祈りを受けていきました。
そして、まもなく妻と息子でお座りとハイハイのためのリハビリが始まりましたが、それは想像を絶する過酷な日々でした。
一日数時間に及ぶリハビリのほか、生活全てがリハビリを取り入れた育児へと変わっていきました。
加えて妻は変形性股関節症を患っており、手術を要する段階にまで進んでしまいました。激痛が走るようになり、寝ても覚めても痛みから解放されることはなくなりました。ベビーカーに捕まらなければ歩けない状態で、我が子のリハビリを続けることにも、限界を感じてきました。しかしやめれば息子の体は固まってしまうため、八方塞がりの状態でした。
私は仕事で家を開けることが多いので力に慣れず、そのような妻と息子を見ては、歯痒い思いになりました。しかし、最初に与えられた聖書の言葉が、心の灯火となって、信じて祈り続けました。
妻も切羽詰まる日々を送る中で、あるひ教会で語られたメッセージが心に響いてきました。
八方塞がりの時、天だけは開いているのです。神様のところに行くのです。神様は必ず答えてくださいます。
そのメッセージに励まされ、再び神様に祈り始め、一新に聖書を読み進めていくと、ある箇所が目に止まったそうです。
ベテスダという池のふもとで、38年間もの間病気で歩けない男のところに、キリストが来られたところでした。
「床を取り上げて歩きなさい。」
とまるで、耳元で神様の声を聞いたようでした。
すると、治るという確信がきて、再び信仰と希望が強くみなぎってきたそうです。
それから1ヶ月後に事態は動きました。
ある日突然、一気にハイハイを始めたのです。
どんなに教え込んでもできなかった息子が、夜には帰ってきた私をハイハイでお出迎えするという光景に家族で目を疑うほどでした。
その後もつかまり立ちができるまでになり、ベテランのリハビリの医師が、
「この期間でここまで治るとは、驚異的、奇跡的だ」と驚くほどでした。
彼は不思議と日曜日に、教会でみんなの見ている前で今までできなかった事を次々となしていきました。
教会の方々は息子の顕著な癒しを見て、神様を称えていました。
教会には神様の力が満ちている事を感じました。
そして、ある時の礼拝中、息子は突然、何にも捕まらずすくっと立ち上がり、スタスタと歩き始めたのです。
神様は4歳どころか、2歳で息子を歩けるようにしてくださいました。そればかりではありません。
あれほどの激痛で歩行困難になっていた妻の激痛も嘘のように取り去られたのです。
神様は妻と息子をいっぺんに癒してくださったのです。
そして1年後の検査で、さらに奇跡を目撃することになりました。
私たちの目の前に映し出されたMRIの画像を見ながら、脳がすっかり治っていますと医師は言いました。神のわざがこの人の上に現れるためという言葉を受けていたので、もしや、という期待がありましたが、それは現実となりました。
壊死した脳細胞が元に戻ることはないのにその影すらありませんでした。
その画像は息子の奇跡の回復を示すものとなりました。
さらにカルテからはてんかんの病名も外れました。
以前の状態であれば、病気が理由で幼稚園入ることはできませんでしたが、今は入園し、元気に通園しています。
奇跡のあゆみはまだ続いています。
その後、息子は言語に問題があることがわかり、訓練を受けることになりました。しかし、この後にまた、神様は素晴らしい奇跡を見せてくださる事を信じ、私たちはそれを楽しみにしています。(Y)








