「言葉」というものは状況を把握するためにとても大切。
ですが、「言葉」を信じすぎると状況を正しく感じることができなくなる。
だから「言葉」を信じつつ、拘らないことが必要なんです。
とよくわからない感じになっていますが、
最近になって意外と真実なんじゃないかなと思っています。
たとえば。。。
皆さんは「辛い(からい)」と聞いて何を思うのでしょうか?
唐辛子、辛子、わさび、生姜、塩 などなど
どの調味料も「辛い(からい)」ですが、
味が違うのは食べたことのある人ならわかると思います。
でも、経験したことのない人間からすると
どれも同じ「辛い(からい)」であるため、
その違いを説明するには多くの「言葉」が必要になってきます。
それでも理解できるかどうかは多分難しいでしょう。
最近はネット社会になってきているので、
「情報」と云う名の様々な「言葉」が多く溢れてきていて
経験していない「言葉」にとらわれてきている用に思えます。
その結果、「実際経験していない言葉」を多数浴びることによって
「経験した言葉」として認識してしまって心にも考え方にも体にも
悪影響を与えてしまっているように感じます。
「次の症状が出ていたら○○です。」
なんて言葉が書かれていたら多分、症状を見比べて
「当てはまるから私は〇〇なんだ」
と思い込んでしまう人、多いのではないでしょうか?
そういったことは真実を見誤ることもあるし、
「言葉にこだわった結果」体が〇〇になるように
働きかけることもあります。
言葉を大事に思いつつも、
道具と割り切るくらいの気持ちも必要となること
相反する物を内包する方法を教えるのは難しい
