1日に何回聴いてるだろう

 

優しい歌い出し

心を絞られるような感覚を感じるサビ

 

一人なのに合唱のような

 

形容できる言葉を持ち合わせていない自分がくやしい。

 

 

 

彼女たちの声を聴いていると

声帯は楽器なんだと改めて認識する。

適切なブレス、適切なテンションが

声帯にかかることによって

クリアで伸びがある「歌」が生まれる。

 

この時代に、この曲に出会えたことに感謝。

卒業ソングといえば

 

 

 

 

 

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する

 

卒業ソングはBABYMETALを知ってから

掘っていった結果

 

 

 

 

さくら学院 My Graduation Toss です。

もう10年以上前の曲になるんですね。

 

卒業ライブでの動画のほうが個人的にはぐっと来ますが、

こちらでも十分泣けます。

 

卒業って、残るものに想いを渡す、繋げる、

大切な儀式だなと感じます。

 

ずっと繋がるもの

ずっと残していきたいもの

 

子供がこの曲を歌ってたら爆泣きするんだろうなぁ

最近、動画でのイタズラ動画が炎上していますね。

寿司の動画とか線路に物を投げ入れるのとか、

山の案内看板破壊するとか

 

そういうトピックスが出るたびに悲しい気持ちになりながら

コメントを見たりしているわけですが

だいたいその中のいくつかには

「教育がされなかった、可哀想な人」的なものや

「これが駄目なことだとなんでわからない?」的なものが書かれています。

 

前のブログにもちょっと書きましたが

これらは「見たいものだけを見る」現在の動画に問題があると考えています。

動画サイトは個人の志向を蓄積していき

「見たいであろう」動画ばかりがアップされていきます。

結果として叱られたり自分が嫌だと思う動画は目にする機会が減っていきます。

 

その点TVではCMがあったりチャンネル争いなどがあれば

自分の興味のない番組を家族と見る羽目になったりと

どこかで「興味のない」動画に触れる機会があったわけです。

 

だから動画サイトに負けたんだ

みたいなことを言う人もいるかもですが、

この「興味のない」ものを強制的でも見ることが

一種の教育になっていたのではないかなぁと考えてしまいます。

 

前のバラエティはかなり過激だったわけですが

それを見ている横でその場面を嫌がる人が居たりすると

「ああ、これは駄目なことなんだ」と本能的に察することができたわけです。

 

でも、今の世の中はBPOあたりが規制したおかげで

TVには健全な動画が溢れ、個性がなくなり

目をそむけたくなるような場面が少なくなったように感じます。

 

TVの時代は終わったなんて言う人がいるけれど、

たぶん、まだまだやりようがあると考えます。