自分もそのひとりだ。
たまに普通と言うのは普通だと思い、
あえて、普通という言葉を使わないようにする時さえある。
ついこないだもこんな場面に出くわした。
友人が、初対面の人に
「何のお仕事しているんですか?」と聞かれ、
「普通の会社で、ほんと普通の仕事で、ほんと皆さんとは違って、ごく普通なんです」
と答えていた。
いや、この答え方、もはや普通ではない…。
それを聞いた人も
「普通って普通の○○ですか?」「普通の仕事って普通の○○ですか?」と
普通が飛び交う、異様な光景となっていた。
普通ではない生き方を少しでも経験したものは
自分は普通ではない、しかし普通なんだ、を何度も行ったり来たりする。
次は、心安らぐ普通の生き方をしたいと、意識する。
しかし、普通をあまりにも意識しすぎて普通ではなくなる。
そして、そもそも普通とは何なのかがわからなくなる。
つい先日、1年ぶりくらいに学生時代の友人から連絡がきた。
お互いの最近のあれこれを話したところ
その友人から「おまえは不器用だからなーっ」と
なぐさめの言葉を言われた。
青春ドラマ的なセリフにやや引き。サブイボ出た。
しかし、この言葉がえらく便利なことに気がついた。
こー思えば何もかも許されてしまうよーな。
不器用だからしょーがない…
