月の記憶、鯨の夢 | 群像楽団 OFFICIAL BLOG

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熊本で群像楽団というjazzユニットで活動しています。

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鯨はとても物知りで、遠い昔から僕ら人間ががどこからやってきたか
知っていたんだ。

お月様はもっと物知りで、世界の姿がわかっていたんだ。


鯨はいつも独りで淋しかったから、
夜にはお月様とお話しをしたんだ。



やぁお月様、今晩は。


やぁ鯨くん、今晩は。



長く生きるのはつらいね。


そうだね。



知らなくていい事まで知ってしまうよね。


確かにそうだね。



僕なんかよりお月様はずっと長生きしているから、
いろんなことをたくさん見たんだろうね。


見たけれど、忘れちゃったよ。



忘れるって大事だね。


あぁ、大事だよ。



でも、忘れちゃいけないこともあるでしょう?


あるけれど、でもそれは全部過ぎたことなんだよ。


そっか。



ねぇ、お月様。


何だい?


いつも独りで淋しくないかい?
僕は淋しいよ。


淋しいけれど、それが世界のありかただから。


どうして自分は自分なんだろうと思ったことない?


あるよ。



嫌になったりしなかったの?


なったよ。
なったけれど、僕が僕で有り続けなければ世界が終ってしまう。


お月様はみんなのお月様だから、確かにそうだよ。


君だってたった一人の鯨くんだよ。



でも、僕がどこかで静かにいなくなっても、
誰も困らないと思う。


それは違うな。



どうして?鯨なんて他にも沢山いるじゃない。


君は君の把握する関わりと、把握しない関わりの中で
生きている。それをひとつの世界と定義しよう。


それで?


世界はバランスで成り立っている。
だから、君がいなくなることは世界の終りなんだよ。


お月様、言いたいことはわかるけど、
僕がいなくなっても世界は違う形になって続いていくじゃないか。


うん。そうだね。
でも、君がいた世界は無くなってしまうよね。


僕がいなくても世界は続くんだよ。


そうだよ。


じゃあ、僕がいなくてもいいんだよ。


新しい世界にとってはそうかもしれないけれど、
少なくとも僕にとっては君のいない世界は淋しいよ。
こうやって毎晩話す相手がいなくなる。


そっか、それは淋しいかもね。


うん。淋しいよ。



お月様。


何だい?



僕は夢を見るんだ。


どんな?


人間になった夢さ。


そりゃいいね。


僕の横を悠々と船で通り過ぎる人間が羨ましいんだ。


うん。わかるよ。



そうだ鯨君。


何?


僕がずっと前に話した鳥さんは、
鯨になるのが夢だって言ってたよ。
鯨君と出会うずっと前のことだけど。


へぇ、変わった鳥もいるもんだね。


ある時、その鳥さんがいなくなって僕は淋しかったんだ。
彼のいる世界がある日突然終ったんだ。


話し相手がいなくなったんだもんね。

お月様は誰かになってみたいと思ったことはないの?


あるよ。
でも、僕は僕なんだよ。
僕がある日突然、僕でなくなってしまったら、
君は淋しくなるだろう?


うん。
独りで大きな海を泳いでいると淋しいけど、
夜にお月様とお話しするのが楽しみなんだもの。


だから僕は僕で有り続けなければね。


うん。おかげで僕、淋しくないよ。


鯨君、面白いお話しを聞かせよう。


うん。お願い。


僕はずっとずっと生き続けているけど、
さっき話した鳥さんのずっと前の時代に漂流していた
人間がいたんだ。


へぇ、そりゃ災難だったね。



毎晩彼と話したよ。


その人も淋しくなかっただろうね。


彼は今度生まれ変わるなら、鳥になりたいと言ってたんだ。


鳥さんなら溺れるのを怖がらなくていいものね。



残念ながら彼はとうとう力尽きていなくなったよ。


淋しいね。


うん。
それからずっと時間が過ぎて、
今度は例の鳥さんが毎晩話しかけてくるようになったんだ。


へぇ。


彼はもうその頃は歳だったから、いつも鯨になりたいって
言っていたよ。


確かに僕ら鯨は長生きだものね。


その鳥さんもある日、仲良しの鯨の背中に乗ったまま
鯨が海に潜る時、とうとう飛び立たなかったんだ。


それじゃ溺れちゃうじゃない。


うん。でも、彼は歳だったからもうあと幾日もないことは
誰が見てもわかっていたんだ。


そうなんだ。


最後に彼は鯨になってみたかったんだろうな。


そうなんだね。



淋しかったよ。鳥さんがいなくなって。


そうだろうね。


でも、そんな事も忘れちゃったんだ。


お月様は誰よりも長生きだものね。
忘れないとやっていけないよね。


そしてずっと時間が過ぎて、
鯨君、君が毎晩話しかけてくるようになったのさ。


そうなんだね。


だけど、僕の遠い記憶の中で話しかけてきたのは
その人間と鳥と、鯨君だけなんだよ。


え?


君はずっと僕の友達なんだよ。
会うときはいつも姿が違うけれど。



「月の記憶、鯨の夢」