こんにちは!

 ちょっとご無沙汰しておりました。連日30度超の暑さで思考が鈍っていたところ、イギリスから刺激的なニュースが飛び込んできました。ウェールズのスウォンジーで、なんと121年前に投函された郵便物が配達されたとのこと。いったいどこを旅してきたのでしょう。配達されたのはつい先日の8月16日です。121年のタイムカプセル、いや121年前からタイムスリップ?

 シャーロック・ホームズ役にはジェレミー・ブレッド、ミス・マープル役にはジョーン・ヒクソン推し。3度のゴハンには全然及びませんが、ミステリー好きな私としては黙っていられないネタです。アツいネタはホットなうちに食すべし!

 

 きっかけはパソコンに勝手に流れてくるニュースです。最近見かけるへたくそAIが翻訳したであろうプアな日本語でしたので、どうもとんちんかん。ちゃんと知りたくて原文のニュースを検索したところ、BBCによる報道で詳しく知ることができました。

 

 写真出展:BBC

 

 これが実際の絵葉書で、ピクチャー面はクリスマス期向けで雪原のトナカイ(8月なのに?)です。エドワード7世の1/2 Penny切手が貼られ、PembrokeshireにあるFishguardで押されたAU2303(1903年8月23日)のPostmark(消印)が見て取れます。そして宛先は

Miss Lydia Davies

“Craddock St." Swansea UK

となっています。SwanseaはFishguardから直線で約40マイル、同じPembrokeshireに位置します。なんとも簡素な宛先です。通りの名称以降に番地の記載がありません。昔はこれで十分だったのか、それとも差出人が忘れてしまったのか…。なお郵便番号(Postcode)の採用は20世紀後半ですので当然記載はありません。

 しかしながら実際に配達された先はLydiaさんではなく、同じCraddock St.にある不動産エージェントSwansea Building Societyのオフィスでした。既にDavies家はそこになかったのです。20世紀初めのSwanseaは、豊富に産出されるウェールズの石炭によって潤い、関連する多くの人々で栄えていたはずです。現在のCraddock St.は商店がたくさん並ぶ通りで、Royal Mailは、ここに配達すれば親族に届くのではと、期待を持ったのでしょう。

 

絵葉書ですので、以下のことが簡潔に書かれています。

 

“Dear L. I could not, it was impossible to get the pair of these. I am so sorry, but I hope you are enjoying yourself at home. I have got now about 10 shillings pocket money not counting the train fare so I’m doing alright.”

 

 差し出し人のエワート氏はMiss Daviesと親しい間柄なのでしょう。Dear Lで始まり、ペアになった何かを入手しようといていたが叶わず、そのお詫びを述べています。また、電車賃を除いて10シリングのポケットマネーを手にしたので、自分はまあまあだね、と自身の近況を報告しています。どこかへ旅立つ前なのでしょうか。

 シリングは1971年に廃止された(1990年まで流通)通貨単位で、1ポンドが20シリング、1シリングが12ペンスです。シリングコインがSterling silver(純度92.5%)の当時、シャーロック・ホームズの「花婿失踪事件」(1891年初出)によれば、年に60ポンドの収入があれば、独身の女性ならそれなりに暮らせた、とのやり取りがあります。10シリングは、ちょっとお財布が潤うくらいの嬉しい金額と想像します。

 

“Remember me to Mssrs Gilbert + John, with love to all from Ewart"

 そして追伸するように、ギルバート夫人と主人のジョンに思い出してもらえるよう彼女にリクエストし締めています。

 

 このあまりに過去からの郵便物は探求心を刺激するのに充分でした。Swanseaの文書保管を行っているWest Glamorgan Archivesは、宛先のMiss Daviesについて、彼女はこの住所に父John母Mariaと住んでおり、そして6人姉妹(兄弟)の長女で当時16歳であったことを突き止めました。

 そしてSwansea Building Societyでは、親族と再会させたいと希望しています。

 

 一方、べらぼうな配達時間に対するRoyal Mailのコメントの方は???でした。「一世紀以上もロストしていたのではなく、我々のシステムに戻されたのだろう。システム上にあるものは正しく配達するのが義務である」と謎のコメント。原文は

"It is likely that this postcard was put back into our system rather than being lost in the post for over a century. When an item is in our system, we are under obligation to deliver it to the correct address."

なぜか強気で、意味不明にごまかしています。

 

 

【書籍紹介】

今回はロイヤルメールに関係した書籍を2冊ご紹介いたします。

 

【OLD LETTER BOXES】Martin Robinson著 1987年 Shire Publications Ltd刊

 イギリス全土、壁に埋められ街角に立つ郵便ポストは19世紀中ごろがら導入され、その時代の王の紋章が刻まれています。堅牢な鋳物で作られており古いものも現存するため、趣味の対象としてだけでなく、郵便考古学的な見地からも注目されています。そんな愛らしいポストたちを写真と共に紹介した一冊です。

 小冊子にありがちな「文章ばっかり」ではなく、僅か32ページながらモノクロ写真を多く取り入れたアルバム形式ですので、文章後回しにビジュアルから入っていけます。ポストは大抵縦長ですので、編集した時ちょうどよく収まりすね。

 なおShire BooksのうちShire Albumは、1973年から1987年の間に200種を発刊した同社を代表するシリーズ本で、Old Letter Boxesはそのシリーズ188冊目になります。Shire Publications Ltdは、現在Bloomsbury Publishing plcとなっています。

 

【MAIL BY RAIL: The History of the TPO and Post Office railway】Peter Johnson著 1995年 Ian Allan刊

 かつて日本でも鉄道による郵便輸送がありました。鉄道郵便は大きく分けて、列車に連結された郵便車内で区分作業を行う「車内継走区分」、区分作業は地上局で行い輸送のみを行う「護送」があります。特に前者は移動する車内で宛先別に区分棚に仕分けし指定された近隣駅にて卸す方式で、興味深いこの輸送インフラも1984年2月に廃止。運搬に特化した後者も、郵便需要とモータリゼーションの変化により、1986年9月に廃止となりました。

 イギリスでは鉄道における郵便車をTPO(Travelling Post Office)と称します。

1928年まではRailway Post Offices(RPO)と呼ばれており、その歴史は1830年のリバプール&マンチェスター鉄道まで遡ります。もちろん世界初のことです。鉄道狂時代のイギリスですから、郵便輸送についても馬車以上の優位性をすぐ獲得します。サービスの拡大と速達化・高速化は世の常で、郵便専用車両の開発と改良が続きます。停車中に車両側面に設けられた口に投函できるサービスは好評を得たほか、列車を停車させることなく地上との郵袋の積み下ろしができるフックおよびネットの実用化など、工夫に溢れていました。リンクの動画をぜひどうぞ!

(出展:Wikipedia commons CC BY-SA 2.0)

 TPOは1948年の国有化以降も引き継がれますが、やがて遅延などサービスの低下が目立つようになります。列車内で区分けを行うSorting Vanは1977年まで製造されたものの輸送需要は変化し、特に1980年代に鉄道郵便は大きく整理され拠点間輸送に移行していきます。それでもTPOの客車は最終的に2004年まで運用され、古き善き時代から続く鉄道郵便の形態を引き継いできました。

 より速達性と車両運用の改革を図るため、1995年にRoyal Mailの赤を纏う4両編成の電車ユニット、Class 325が登場します。仕分け作業の区分棚を設置せず、郵袋輸送に特化した働きです。2024年8月現在も現役ですが、Royal Mailは老朽化とコスト管理を理由に、この10月にも同車を用いての輸送を終了すると発表しています。鉄道による郵便輸送がゼロになるわけではありませんが、「鉄道郵便車」という専用インフラを用いる歴史は幕を下ろしそうです。

 順序が逆になりましたが、この本ではこれらイギリスでの鉄道郵便について歴史・システム・車両等インフラを網羅しているほか、ロンドン東西の仕分けオフィスを地下で結ぶ郵便専用地下鉄「London Post Office Railway」についても余すことなく紹介しています。

 

この書籍に関連する鉄道郵便の写真をいくつかご紹介します。

【TPO】

Buckinghamshire Railway Centreに2両が保存されており、車内の区分棚は同センターでの郵便物の区分に実用されています。

Stowage Van W80423 NTA(奥)、Sorting Van M80394 NSA(手前)

 M80394の車内。

 

投函口(M80394)と、投函口の車内側(W80423)

Sorting Van(80390)の区分棚側には窓がない(出展:Wikipedia CC BY-SA 3.0)

 

British Rail Class 325(出展:Wikipadia commons CC BY 2.0)

Class 325については、「英国鉄道図鑑 Vol.5B 交流・交直流電車編:国鉄型車両」に詳しく解説されています

 

【Mail Rail】

2003年に本来の役目を終えましたが、そのトンネル設備等を2017年9月にオープンしたThe Postal Museumとして見ることができます。輸送車を使ったトンネル体験ツアーは人気の一つです。

 

1927年に開通し76年間、仕分けオフィス間を結んだ。これは現役時代の無人運転列車

(出展:Wikipadia CC BY 2.0)

 

The Postal Museumとして、かつての施設が一般公開されている

 輸送車でGo!

深く続くトンネルへ! 

Museum写真提供:Mさん、Special thanks!

 

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 さて121年という時空を超えて配達された一通の絵葉書。ほぼ痛むことなく、4名の君主と2度の戦争すら知ることなく如何なる旅をつづけたのか、あるいはどんな風景を見ながら旅立っていく仲間の郵便物を見送ったのか…。Swansea Building Societyのスタッフは、今回の出来事について「永遠に解けないミステリーだ」ともコメントしていました。

「40マイルを1世紀以上かけて配達された!」エピソードとして、The Postal Museumでぜひ紹介してほしいですね。

 

 以下は、私の空想ですが…もし小説が現実なら、この絵葉書が投函されたときシャーロック・ホームズは49歳。引退して一度は隠居生活に入った彼が、もしこの手紙の事を依頼され、捜索に値する興味に満ちていたら…と想像するとまたワクワクします。エワート氏が手に入れられなかった「何か」とは。16歳の少女にしたためた手紙の、一見何気ない文面に隠れたドラマを。ワトソン博士は、彼の観察眼と鮮やかな推理を詳らかに記録し…謎を解き明かしていくストーリーを、今日の私たちはワクワクに浸ってページをめくるの止められない。そんな夢も悪くないですよね。でもそうなると、今日のミステリーは起こらないことに…

それではまた!