こんにちは!

 

 久しぶりに渡英のチャンスに恵まれ、いくつもの保存鉄道を訪ねてきました。今後つまみながら記事にしてまいりますので、お付き合いいただけますと嬉しいです。

 

 さて、以前のブログ記事↑↑↑で、Peckett機関車を紹介いたしました。この機関車は産業用のレディーメイドとして生産され、カスタム機がイギリス中に拡散しました。そして各地にスクラップを免れた仲間が多数保存されています。このマルーン塗装とイエローのラインを纏った姿の個体があるのを知ったのは、先のブログ記事を書いているときでした。その姿は私の模型とそっくり。ぜひ会いたい(見に!ではなく会いに)!と思ってはいましたが、遠い地の事、さらにはCovid-19の蔓延によって「おあずけ」を余儀なくされていました。そのチャンスが巡ってきたのです。

 動態で保存されているのは、イングランド南西部Somersetにある鉄道博物館の一つ「Yeovil Railway Centre」です。Yeovil Junction駅の構内南側にある屋外施設で、蒸気機関車の動態運転を行っています。

 

【いざYeovilへ!】

 早い列車ならばロンドンWaterlooから2時間半足らず、乗り換えなしで行くことができます。旅程の都合で到着が午後になり、すでに運転は始まっていました。会場は線路の反対側。はやる気持ちを抑えながら向かいます。線路沿いの坂を下って古そうなレンガ隧道をくぐり、S字の急坂を上がると入口です。

Waterloo発Axminster行き、South Western Railwayのディーゼル列車

時々、車窓に一面の菜の花 

 入口の目印     

もう始まってますね 

 訪ねた当日は3/31(サマータイムの初日)。折しもイースターのイベントでファミリー客がいっぱい。プラットホームでバニーがお出迎えです。

 お目当ての機関車は、20~30分おきに1両の客車を従えて構内を往復していました。光沢マルーンのボディに黄色い細帯を巻いた美しい姿。色合いは実物の方がやや深い紅色で、タンク横に「PECTIN」のプレート。やっと会えました。さっそく計画を実行。持参した模型のPeckett機関車バッグから取り出し、実物を前に撮影開始です。ついにホンモノと模型の対面が実現しました。

 扉が多い客車

ついにご対面! 

 そっくりですよぉ!

石炭大きいですね 

 

 夢中になっている私の姿が気になったのか、スタッフの方から声を掛けられました。そこからは模型のPeckettがきっかけで話に花が咲きました。名前(実物はPECTIN、模型はWENMAN)は異なるものの、その姿はそっくりですから。しかも、はるばる日本から来たこと伝えると大喜び。大人が一途に真剣に趣味を楽しむのは彼の地も同じ精神です。話している間に、聞きつけた他のスタッフに次々囲まれ、模型のPeckettはあっという間に人気者になりました。

 構内の運転で機関車に同乗させていただき、小さいながらも力強く走る姿は現役時代を彷彿させるものでした。元々広くない運転室。私が乗車したのでますます狭いです。もちろんイスはありません。現在の列車と異なり右側が運転士、左側が助士です。機関士は安全を確認しながら機関車を制御し、機関助士はそれに先回りした働きで機関車をベストな状態に導きます。

 石炭について現在の英国内ではほぼ採炭がありません。経済的理由もありポーランド産を使用しているとのこと。良質な自国炭を使えない「嘆き」も聞かれました。

 丸窓からの眺め

 かつての短絡線へ走る

 レギュレーターはアクセルに相当

 ブレーキハンドル

 投炭!

 模型も乗車

 

【Yeovilに歴史あり】

 Yeovil Railway Centreの開設は、蒸気機関車を愛する人たちの熱意により実現しました。Yeovil Junction駅構内には、1947年製造のターンテーブルがあります。直径が70ft(約21m)あり、諸事情により蒸気機関車が引退した1968年以降も残存していました。1980年代の蒸気機関車のイベント運転に幾度も使用されたことで、その存在が注目されていましたが、イギリス国鉄が撤去の意思を示したことで、将来「イングランド西部地域から蒸気機関車の運転がなくなってしまうのでは」という懸念を抱いた有志が、これの保存に向けた団体を結成しました。そして当時高まっていた保存鉄道の人気にも押され、1993年のYeovil Railway Centreの開設につながるのです。

 Yeovil Junction駅は、今でこそ2路線の分岐(合流)点でしかありませんが、「Junction」の名前通り、かつては複雑な列車網を捌く結節点でした。London and South Western Railway(LSWR)、Great Western Railway(GWR)が1856~1860年に建設した各路線が絡む要衝で、どの方面にも走行できる短絡線が立体的に敷設されていました。当時は両社で線路幅が異なっていたことから、Yeovil Pen Mill/Yeovil Town~Yeovil Junctionについて単線並列のような不思議な線形が出来上がります。車両が直通できないゆえ貨物は積み替え(その建物施設はYeovil Railway Centreで再利用されています)を余儀なくされ不便でしたが、1874年、GWRが広軌から標準軌へ改修したことで解消します。そして建設から100余年、モータリゼーションの変化に伴う英国鉄道の再構築「Beeching cut」により不採算路線は大きく整理されましたが、この線形は今日まで残ることになったのです。

(Wikipedia, By Geof Sheppard - Own work, CC BY-SA 4.0より)

 市民生活の中心地はYeovil Junctionからやや北西側です。しかし最寄り駅であるYeovil Town駅は旅客扱いを1966年に、貨物扱いも翌1967年に廃止し、路線と共に街から鉄道が消滅しました。この近辺の変貌は激しく、かつての構内はボウリング場やアミューズメント施設となり面影は殆どありません。

 一方Yeovil Pen Mill駅と共に残ったYeovil Junction駅周辺は開発の波から外れ、のんびりしたローカル駅として残っていますが、短絡線は全て撤去されました。

空撮映像では、Yeovil Junction駅の駅東側に張り巡らされた短絡線の跡をハッキリ確認でき、大ジャンクションだった頃の役割を忍ぶことができます。

 

 この通り、鉄道の役割から殆ど切り離されたYeovilですが、航空宇宙産業、特に軍事航空分野でのトップクラス企業であるレオナルドS.p.A.のヘリコプター工場がおかれており、産業としては潤った都市になっています。工場の歴史は1915年設置のWestland Aircraftの工場を前身とし、現在は3,300人以上の雇用を生む主要企業です。かつてのHendford Halt駅は工場のごく近傍に存在し、工場沿いの道路が線路跡とみられます。

 Yeovil Pen Mill駅にて

Weymouth方面の列車と腕木式信号機 

 Castle Cary側の信号所

 

GWRの広軌時代のレールを再利用。厚いペンキの下に刻印が残る

 

 宿泊したTerrace Lodge Hotelは、鉄道の廃止がなければYeovil Town駅正面の好立地。飾ってあった写真にもホテルが写っています。

 

【機関車は宝物】

 最後になりましたが、実物機関車のPECTINについて紹介します。

Bristolの機関車メーカーであるPeckett & Sonsで1921年に製造されました。製造番号は1579。メーカーによるタイプはM5で、British Aluminium Company at Burntisland, FifeのNo.2として新車納入されました。プレートには「B A Co Ltd No.2」を掲げ、先輩PeckettのNo.1(1915年製造の製造番号1376、Caledonian Railway, Brechinで保存)と共に、ボーキサイト還元工場で使用されました。1971年、No.2は1971年12月、6000 Locomotive Associationへ£225(当時のレートを£1=810円として、182,250円相当)で売却され、翌年3月にはHerefordのBulmersに移されPECTINの名が与えられました。

 名前の由来は、Bulmersで生産されるリンゴを原料とするサイダーとって重要な成分であるペクチンにちなんでいます。ペクチンはリンゴの他、柑橘類、バナナに多く含まれる食物繊維の一種で、植物細胞同士をつなぎ合わせる働きがある天然の多糖類です。

 現役~売却当時の現役~売却当時の写真を見る限り状態は大変良好で、大切に扱われてきた様子が窺えます。そして、約£15,000の費用をかけたボイラーのオーバーホールを終え、Yeovil Railway Centreにやってきたのは1995年のことです。直近では、2014年から開始したオーバーホールのため運転を休止し、2022年3月から再就役、製造から103年の現在に至ります。

 正面の煙室扉に「72C」の小さなプレートが付いています。これはShed plateという所属機関庫を示すプレートです。Yeovil Railway Centreでは、かつてYeovil Town構内にあった機関庫のコードである72Cをオマージュして、保有する各機関車に装着しています。

 

 

 後日、訪問の一コマをYeovil Railway Centreのニュースに掲載していただきました。保存対象は車両に注目が集まりがちですが、その運転全般に必要なインフラを全て含めて脚光を浴びせる、英国の精神への尊敬と、それが可能な環境に羨ましいものを感じた一日でした。快く迎えてくださったYeovil Railway Centreスタッフの皆様、とりわけWorkshop managerのMr. Hibberdへ感謝でいっぱいです。どうもありがとうございました。

 

 ホームにあるショップ

 展示された旧制御盤

 展示品の数々

 英国風景の模型ジオラマ

 

小冊子、ペン、メモパッド、リーフレット、マグカップ、ポスター お土産いっぱい

 

【今回の参考図書】

今回も盛り沢山な紹介です。各図書を駆使し、ネットの力を借りながら深堀り執筆しています。

 

・Peckett & Sons Ltd(Industrial Railway Society刊)→こちらをご覧ください。

・Railways Restored(Ian Allan刊)

1980年より発行されたUKの保存鉄道・博物館施設の機関車を網羅した年鑑書です。各鉄道の概略も記載され、全体像を知るガイド役でしたが、2013年版が最後のようです。B5変判ソフトカバー。

・British Railways Atlas 1947(Ian Allan刊)

4大私鉄が国有化される直前のイギリス鉄道路線図で、初版は1948年まで遡ります。幾度も再版され2011年からハードカバーになりました。B5判。なお2006年以降はRCH Junction図が収録された「British Railways Atlas 1947 and RCH Junction Diagrams」が発行されていますので、深堀り派にはこちらをお勧めします。

・Pre-Grouping Atlas(Ian Allan刊)

雑多に存在した各私鉄が4大私鉄に再編される1923年以前の路線図です。A4判ハードカバー。

 このように路線図は各種が出版されていますが、現行路線のAtlasと紹介した2冊を合わせて探求することで、変遷をより興味深く理解できるものと思います。ただ大変残念なことに、出版元のIan Allan Publishingは2020年に廃業しており、Waterloo駅近くにあった直営ショップも同年の10月末日限りで閉店してしまいました。2015‎年‎6‎月‎26‎日訪問時の写真を掲載します。