愍王神堂:朝鮮の前の国である高麗の第31代王の恭愍王が祀られています。
恭愍王は、高麗末期、元の支配から逃れるために親元派を排斥し、政治改革を行いました。
高麗第31代の恭愍王と王妃である魯国大長公主の遺影を奉った祠である。
正式な名前は’高麗恭愍王靈幀奉安之堂’である。
恭愍王は元の勢力を退けて国の主権と領土を取り戻した。また国内では政治改革を
行い、個人としても芸術的才能が優れた王であった。
恭愍王が自ら描いたと伝えられている馬の絵も祠の中にある。朝鮮王朝の最高祠堂
である宗廟に高麗の王を祀ったというのが不思議であるが、その理由を正確に知る
ことはできない。
駿馬図

恭愍王と魯国大長公主の肖像画
공민왕정보1
ソウル麻浦には高麗第31代王である恭愍王を称える祠堂がある。 ソウルで祠堂を建てて称える唯一の高麗王である。
서울 마포구 창전동 산 2-22번지
恭愍王の祠堂がなぜ高麗の首都である開城ではなく、朝鮮の首都であるソウル(旧漢陽)にあるのだろうか。 説話の一つが伝わる。 朝鮮開国初め、麻浦渡し場付近の穀物倉庫を守っていた倉庫番の夢に恭愍王が現れ「ここに私の祠堂を建ててほしい」と言った。 眠りから覚めた倉庫の番人が地面を掘ってみると、恭愍王の遺影が出てきて、その場に祠堂を建てたという内容だ。





