読書室『カーストとは何か インド「不可触民」の実像』―明日26日の更新はありません | ワーカーズの直のブログ

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『カーストとは何か インド「不可触民」の実像』鈴木真弥生著 中公新書 九八〇円

 

 

〇人口十四億人のインド社会を強く規定するのはカーストである。ではカーストとは一体どのようなものか。またインド社会においてカーストとはどのような社会的な機能を果たしているのか。そしてそのカーストの中のさらに細かい階層とはどのようなものでその階層間の関係とはいかなるものなのか。こうした私たちの疑問に答える入魂の一冊である〇

 

インド人民党の指導部には上位カースト出身者が多い

 

最近、注目されるインドは、独立時にイスラム教のパキスタンと分離したことにより、一般的にヒンドゥー教の国家だと言われている。しかし実際にはイスラーム教徒やキリスト教徒・仏教徒も数多い。そのため、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒との間には、インド独立後も両者の宗教的対立が引き続いており、九〇年代には特に激しくなる。

 

そして実際にヒンドゥー教徒がイスラム教のモスクを破壊する事件が起きたが、これをきっかけに戦後のインドの政治を長く支配してきたガンジー・ネールらのインド国民会議派がこの間企業の国有化などの社会主義的な政策を採ることに反発して、ヒンドゥー至上主義の立場からインドを純粋なヒンドゥー教国家にすること、また汚職などの政治腐敗の根絶、自由主義経済の徹底を主張するインド人民党が台頭してきたのである。

 

当然のことながらその指導部には上位カースト出身者が多い。彼らは九八年に政権を獲得し、〇四年にはその過激な対イスラム教政策のため一旦下野するものの、党首モディの指導の下で宗教政策をイスラム教との融和へと方向転換させ、十四年に政権復帰し、現在も政権を担っている。

 

カーストとは何か

 

そもそもカーストとは、国が定めた制度ではなく、なかば伝説化された「アーリア人」のバラモン教により創出された社会的な身分制度である。そしてバラモン教がインドの土着宗教と混合する中で再編されたヒンドゥー教がインド全土への拡大する中ですでに社会に根付いていた慣習と相俟って結婚、職業、食事等に関する規制を持つ排他的な人口集団が形成されてカースト制となる。

 

すなわちカースト制とは、各カースト間の分業によって保たれる社会的な相互依存関係と、ヒンドゥー教的価値観によって上下に序列化された身分制度が結び合わさることによって形成されたインド特有の制度なのである。

 

 インド特有というのは、それには「ジャーティ」(生まれ)と「ヴァルナ」(色)が深く関わるからである。

 

すなわちジャーティとは、社会分業体制に基づいた相互依存的な人間関係に位置づいているのである。貨幣制度がない物々交換の時代、例えばツボを作る集団が交換する代わりに米をもらう等の自給自足の社会では、それらの職業が代々世襲され、結婚は親が決めるなどの閉鎖的な集団の間で生産物やサービスのやり取りが行われていた。

 

またヴァルナとは、バラモン(祭官階層)、クシャトリヤ(王侯・武人階層)、ヴァイシャ(平民階層)、シュードラ(上位三ヴァルナに奉仕する隷属民階層)の四種からなり、バラモンが一番上に位置する社会序列の仕組みである。私たちのカースト制に対する社会的で一般的理解もこのようなものである。

 

これらのヴァルナとは、紀元前十五世紀から十二世紀にかけてインド亜大陸に侵攻した「アーリア人」が先住民族につけた言葉である。サンスクリット古典籍には言葉こそあったものの、インド社会にそれに見合う実体はなかったとされている。まさに「アーリア人」のインド侵攻がそれに見合う実体を作り出したのである。

 

そして紀元後数世紀には、バラモン(祭官階層)、クシャトリヤ(王侯・武人階層)、ヴァイシャ(平民階層)、シュードラ(上位三ヴァルナに奉仕する隷属民階層)の四種のカーストのさらに下に、「不可触民」のカテゴリーが付け加えられたのである。

 

「不可触民」=ダリトまたは「指定カースト」

 

 現在のインドで私たちが実際に見るカーストとは、「ジャーティ」と「ヴァルナ」が長い歴史の中で絡み合って出来上がったものである。そして現在の「不可触民」の各階層にも長い歴史の中で絡み合って出来上がった同様の経緯があるが、詳説は本書に譲り省略する。この五つのカーストはさらに細分化すると実に二千五百から三千にも達するというから驚くではないか。そして自分がどのカーストに生まれるかは前世の行状によって決まるとヒンドゥー教は教えるのである。まさにカーストとは社会的相互依存の分業体制と表裏一体のものではないか。

 

「不可触民」の現地語は、ヒンディー語で「アチュート」、タミル語で「パライヤ」であるが、現在それらは差別語と忌避されている。そのため、本書では彼ら自身が積極的に使う「ダリト」を使用している。インドの行政用語では「指定カースト」が同義語として用いられている。

 

ダリトの人口はインド全人口の十二・六%を占める二億百三十八万人もいる。インドの宗教別で見れば、約八割を占めるヒンドゥー教徒九億六千六百二十六万人以外のイスラム教徒一億七千二百二十五万人やキリスト教二千七百八十二万人の中にも、実はカースト的慣習がある。なぜかというと、ヒンドゥー教以外の他宗教の中に、差別を嫌ったダリトのヒンドゥー教からの集団的改宗者が混じっているからである。

 

すなわちダリトがカースト制を積極的に肯定するヒンドゥー教を棄教して他宗教へと改宗したにもかかわらず、彼らにカースト制はついて回るのである。ここにインドの実に根深い社会問題がある。

 

そもそもインド憲法の第十五条には「宗教、人種、カースト、性別、または出生地を理由とする差別の禁止」がある。しかしインド憲法でもカーストの存在そのものは大前提となっているだから当然、差別解消といっても、インド社会に深く根付いているカースト的慣習はなくならないのである。

 

したがって今でもインド社会では、たんにダリトは経済的弱者というだけではなく「蔑視された、不浄のコミュニティ」とラベリングされている。社会的に顕職にあるダリトも、一度その出身が公然と知れ渡ると他の人々から蔑視される。この社会的な差別の根源は根深いのである。

 

ダリト解放の模索

 

この問題は、本書の第2章「差別批判と解放の模索―迷走のインド政治」の主題である。

 

カースト制批判とダリト解放の最近の運動でまず問題になったのは、その目指すものは一体何か、すなわちヒンドゥー教の枠組みの中での改革か、ヒンドゥー教を脱しての改革か、そのどちらを目指すのかであった。

 

前者はガンジーの目指した道で、後者はダリトのアンベードカルの目指した道である。

 

そもそもヒンドゥー教の枠組みの中での改革は、七世紀半ばから九世紀半ばに南インドで興隆しインド各地に拡大する「バクティ運動」があった。それは宗教的運動で、神への帰依によりすべてのカーストは平等であるべきとの理念で行われたものだが、現実にある差別はなくならなかった。

 

二十世紀に始まったヒンドゥー教の改革はガンジーが指導したのだが、彼は不可触民制の廃止は全面的に支持するものの、その根源となるヒンドゥー教とカースト・ヴァルナ制は撤廃するのではなく改良せよとの立場であった。すなわち彼は、不可触民制のないカースト制を目指していたのである。

 

これに対してダリト出身のアンベードカルは、カーストや不可触民制の慣習は、ヒンドゥー教の要素のみによるのではなく、インド社会全体を貫く社会問題だとして、その政治的解決を目指した。

 

アンベードカルは、ダリトがこの状況から解放されるには上位カーストの憐憫にすがるのではなく、ダリト自身が教育を受け広い視野を持ち、自身の状況を自覚し自力で改革に取り組まねばならぬとした。そのため、彼の思想は強い影響力を持ち、彼の死後も彼の信奉者たちの運動として数々の分裂があったものの、今に至るまで継続されている。

 

その流れの中ではダリト・パンサーが有名であり、今後ダリト運動内の再統合・連帯が大きな課題である。

 

インドで今後注目すべき三つのこと

 

その一つは、イギリス植民地時代に導入された「指定カースト」が、ダリトに代わる公的概念と認められたことにより、逆にカースト意識を持続させている現実がある。

 

彼らには留保制度という優遇があり、それを受けるためには大学入試や奨学金の公募、公務員採用試験等の人生の節目に「指定カースト証明書」の提出が必要とされているからである。

 

だからこのようなダリト支援の留保制度に対しては、それ以外のカーストの人々、つまり一般枠の人々からは、彼らが優遇される分、自分たちには不公平だというのである。

 

二つ目は、アンベードカルの人気が高揚していることである。ガンジーはヒンドゥー教の枠内でダリトへの差別意識をなくそうとしたが、ダリト出身のアンベードカルは、ヒンドゥー教徒とダリトは異なる集団であり、独自の政治的権利が与えられるべきだとした。

 

アンベードカルは、インド憲法にダリトの存在と権利等を定めたことと、政治的解決を求めた思想ゆえに、彼の信奉者はダリトの枠を超えて現在、再注目されている存在なのである。

 

三つめは、ダリトの人々の生き方の変化からインド政治の未来を見る重要性である。彼らは着実に未来を切り開きつつあるからである。そのため、ダリトはかっての貧困からも解放されつつある。

 

 今後は、インド政治の中で引き続きダリトの台頭とその活躍が大いに予想される。そうした中で、ヒンドゥー至上主義の立場からインドを純粋なヒンドゥー教国家にすると主張しているインド人民党と、政治的に一票を持つダリトとの関係が対立か融和か、またどのようにものになるのかは、目が離せないものとなるだろう。

 

その意味においてカースト制とダリトの実態とインド政治に関する基本書として、読者には本書の一読をぜひ薦めたい。