おはようございます。
前回の高齢者福祉の続きでございます。
措置制から選択制に代わったことで、業界は「より良いサービス」を謳い文句に
どんどん拡大し始めました。
厚生労働省のみならず、国土交通省迄乗り込んできて「サービス付き高齢者住宅」なる
制度も追加されました。
より良いサービスには人力が必要です。
そして高齢者は溢れるほどいる、と。
その高齢者にとって「良いサービス」って何でしょうか?
私は「すぐ対応してくれること」だと思っています。
・トイレに行きたい、車いす押して。
・スプーン落としたの、新しいの持ってきて。
・食事終わったから早く薬のまして。
・出かけたいから付いてきて。
一方「家族」としてはどうでしょうか?
・転ばないようにちゃんと見ていてほしい。
・誤嚥させないように柔らかいもの食べさせて。
・無理して歩かせなくていいから、怪我だけはさせないで。
・健康管理をしっかりしてほしい。長生きさせてほしい。
とかですかね?
これ、どっちもかなえようとすると、ものすごい人数が必要なんです、なんたって、
特養の1ユニットは10人ですか?今。改正前の古い特養だと25人くらいいますよね?
基本的に「できることは自分でする」という建前なので、召使いの様に職員にあれこれ
頼まれてもできることには限度があります。
しかし競争的には「より良い介護」となると、安い人件費で人数を増やさないとならない。
で、最近は外国人の職員がずいぶん増えました。
それで丸く収まっているか?
違います。
彼らは入居者に何か頼まれても「にほんごわかりません~」と言って対応しません。(笑)
そして高齢者も、見るからに外国人に介護されることを嫌がります。
民族性とはそういうものなのです。
本当に高齢者に望まれるのは「健康」で「長生き」なのであって、寝たきりで、なんなら
もうずっと寝たきりなのに毎朝毎晩着替えをする必要があるのでしょうか?
そういう過剰なサービスをするから、家族も「着替えさせて」とか言うんですよ。
「いやいや、おかあさん、ずっと横になっていますから、パジャマのままの方が楽じゃ
ないですか?」とでも言おうものなら「仕事減らそうと思ってんの?!」などとカスハラの
原因にもなりかねません。
サービス競争するという事はこういうデメリットもたくさんあります。
でも実際にやってみないと分かりませんでしたね。
措置制の良いところも実はたくさんあったのです。それは郵政民営化でよく分かりました。
「サービスで競争原理を生む」と銘打って、不必要の労働を増やし、「働き手が足りない」と言って外国人の流入を増やす。
これ、正しい事でしょうか?
過剰なサービスをやめて、2世代.3世代同居することを推進して、家族の誰かが家にいて
見守りしても生活できるように生活費の支援をして、弱っていくお年寄りをみんなで見送る。
そのための必要な労働を発生させる、ってことで労働力不足って解決するんじゃないですか?
どう思います?