こんばんは。
毎日毎日、「バブルの頃はなぁ~…」などと考えていると、まるでバブルが正義、
現代日本は悪、みたいに考えてるのか?こいつは、と思われてしまうかもですが、
そんな事はありません。
こないだ何かの番組で、女子高生が「学校で勉強する意味が分からない」とインタビューに
答えていました。
理由は、「何も知らなくても、携帯で調べれば出てくるから」と。
究極でいうと、携帯操作が超絶速ければそれでいいのではないか、という話でした。
何か…何とも言えない寒々しさを感じましたよ、私は。
確かに便利になりました。
昔なら、いちいち辞書で調べたり、図書館で調べたり、大きな地図を広げて位置を確認
しなければならないようなことを、手元で、一瞬のうちに分かってしまう便利さ。
これはバブルの頃にはありません。
家に電話を掛けて、出ない。
どこにいるのか?どこに行ったんだ、こっちは急いでいるのに。
などと言うことも今はないですね。
でもでも、です。
バブルのOLというイメージを皆さん、特に若い方はどう思っているのでしょうかね?
「肉食系」みたいな、短いタイトなワンピースで扇子振り回して踊ってる、みたいな。
ちょっとバカっぽい感じかな?と思っているかもしれませんが、実はそうでもありません
でした。
そんなチャラチャラしているのに、「あいつ英語ペラペラやねん」「え!?」とか、
「あんな毎日遊び倒しているのに、理数系の有名大学主席卒やねん」「は?」とか。
遊びも真剣でしたが、知識を持つことにもみんな貪欲でした。
男と互角に仕事をするにあたって、「やっぱり女だ」とか「これだから女は」などと
一言でも言われたくないわけです、女子たちは。
いかに自分が「デキる人材であるか」ってことを、惜しみなく披露し、また吸収も
し続けていました。
もしあの頃、携帯があって会議の間なんかに激論が飛び交う中、携帯で何の話か調べて
いるような女子がいたとしたら、速攻指さしで怒られたでしょう。
「調べられることは事前に頭に入れとけ!」ってことです。
インタビューを受けた女子高生も、ただ単に勉強したくない言い訳として「携帯があるから」
と言っているに過ぎない、と私は思いたいです。
もし本当に頭が空っぽでも携帯で調べるから大丈夫と思っていたら、「人」としての
存在意義は、一体どこになるんでしょうね?
siriに聞いてみますか。