過日、上野のとなり御徒町で一杯。
訪れたのは以前から前を通るたびにその店構えが気になっていた「夜行列車」。
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「純米酒」の赤文字と「夜行列車」の「列車」をチドリに配した行燈が呑み心を誘う。
入店すると席が7割ぐらい埋まる程よい賑わいで、カウンターの中ほどに腰掛けて壁に並ぶ日本酒メニューから、秋田は能代にある喜久水酒造さんの「喜三郎の酒」を注文。
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長期低温熟成3年古酒の「琥珀色の雨」は、廃止された奥羽本線のトンネル内で熟成させたもので、長年東北各地への長距離列車の始発駅として君臨した上野駅に近い「夜行列車」での口開けにふさわしい一杯。
こちらに来る前に他店で刺身やサラダで熱燗2合とホッピーをやっつけてきたので料理の注文は後回しにして、熟成感とすっきり感のバランスがいい琥珀色の雨を切り干し大根のお通しでチビチビやりながら店内の雰囲気をゆっくり味わう。
カウンターと背もたれの低い丸椅子はスナックやバーのようでもあるが、カウンターは私にはちょうどいい高さで長い時間呑んでいても疲れることはなさそう。
壁際には、居酒屋評論家太田和彦翁が馴染みの居酒屋さんなどに贈るお猪口が飾られていたので、後日調べるとBS番組で店が紹介されたようだ。
私も以前は、太田さんの番組を毎週欠かさず録画しており、四谷荒木町の某店では氏のすぐ近くで一杯やる幸運にも恵まれたが、最近はコロナもあり、観ると呑み歩きたくなるので、いつしか遠ざかっていた。
入り口側に座るグループは男女交じった酒好きサークルといった感じで、聞くともなく聞こえてくる会話の内容からすると、かなりの上級者集団とみえる。
先ほどから忙しく注文を捌いている板場のスタッフはご家族のようで、伜らしき男性が女将らしき女性にきつめの口調で話しており他人には当たりが強いようにも感じるが、ご家族ならではのコミュニケーションスタイルなのだろうと、わが母への自分の物言いを振り返りつつ納得。
お通しがなくなり喜三郎の酒も少なくなってきたので、花垣純米にごりと湯豆腐を注文。併せて花垣の仕込み水をお願いすると、500ミリペットボトルで供される。
花垣は安定のにごりで、仕込み水と交互にいただくと飽きない旨味で肴なしでも酒が進む。
そんな様子を察してか、伜さんが「湯豆腐時間かかりますから、これどうぞ」と、小鉢の酒盗をサービスして下さる。
酒盗の登場で花垣にごりはあっという間になくなり、お代わりをお願いすると、新たな瓶の封を切った口開けの一杯が注がれ、ありがたや。
私とともに花垣にごりを注文された右手に座るサラリーマン3人組は飲食店関係のようだが、そのうちの1人が「私、日本酒苦手なんです」としかめっ面しているのが微笑ましい。
湯豆腐は定番のタラではなく、フグが入っていて、これでまた3杯ぐらい吞めそうだが、2杯目の花垣を今日の「止め酒」にすることにして、温かな豆腐で腹を落ち着かせる。
フグは、2012年に行われた都条例の規制緩和で、ふぐ調理師がいない飲食店でも一定の条件下での加工品提供が認められるようになったのを機に、居酒屋でも見かけることが増えたが湯豆腐は初めて。
てっちり風湯豆腐で締めた「夜行列車」での一夜は無事終着駅に到着。このまま上野駅から本物の夜行列車に乗り込んで東北にでも旅立てば最高だが、すでにそうした列車は姿を消しており叶わない。
これからもたまには、湯豆腐の楽しめる「夜行列車」を訪れて、上野駅発の長距離列車を思い出す時間を持ちたい。