これは、今年はじめに逝った従兄の残した手記である。
(①②より続く)
さて、少しまじめな話を書いておこうと思う。正直に。
父さんにもやはり出世欲があって校長になりたいと思っていた。
順調にいけば、ここ数年のうちになっていたと思う。
でもそれは、いばりたいからじゃなくて、次のような学校を創りたいと思ったからなんだ。
「自他を大切にし。ふるさと○○と国際社会に貢献できる子どもの育成」
をめざして、次のような子どもを育てたいと考えた。
●「ハテナ」を楽しみ「ハテナ」を追究する子ども
(学習や学問、仕事でも同じだけど、与えられたことの中におもしろそうなことを見つけたり、自分で興味を持っていることを大事にしたりして、どこまでも追い求めて(究めて)ほしい。
そういう楽しみ方が人生を豊かにする。
父さんはもちろん一流ではないけれど、教育の仕事も、音楽も、バスケットも、楽しくてしかたなかった。
その中で、たくさん出会い、たくさん学び、自分で追い求めないと得られないことを、たくさん得ることができた。)
●「人の痛みがわかる子ども」
(父さんは小学校のころ、からかわれたり、いじめられたりして、悲しい思いをすることがいっぱいあった。
そして、ケンカもにがてだったから、悔しい思いもした。
でもそれは、弱さだと思っていない。
だって人の気持ちや痛みがわかるもの!
人の悲しみを自分の悲しみとして感じ、いっしょに分かち合う優しさ持つことも大事だけど、それ以上に大事なことは、人の体や心に、悲しみや、傷を与えるものに対して、憤りを感じて立ち向かっていく強さを持つこと。
腕力でなくて、これが真の強さだと父さんは思っている。)
・・・続く