〈店舗数はピーク時の3分の1以下〉全国から急速に消えつつある「街の本屋」がそれでも必要な理由と生き残るための道 | 集英社オンライン | ニュースを本気で噛み砕け
日本国内から本屋が急速に消滅している。なんでも1996年に2万5000店あった本屋は、2023年に7000店を下回り、既に全国の自治体の約3割に本屋がない事態に陥ってしまっているらしい。この記事に書かれているとおり、本屋の経営を苦しめる構造上の問題が少なからず影響しているのかもしれない。ただ、本屋の衰退をここだけにフォーカスするのは間違っている。万人がわかっているとおり、もはや本は売れないのだ。これからも間違いなく、益々市場は縮小するだろう。新聞や雑誌の類がスマホに取って代わられていて、誰もかさばる書籍に自分の財布を緩める必要がない。
情報や知識は、端末の画面から収集・吸収するだけで十分と思っている。それは一定のところでは私もそう思う。しかしいつも感じるのは、端末からの情報だけではなぜか頭に残りにくいということだ。端末の限られたディスプレイの中には自分の見たい情報しかなく、新聞や本を広げたときに目に入ってくる他の情報や文章もなく、ものを習得するときにその付加的要素も一緒に合わせて覚えられるという偶然性がない。偶然の出会いも少ないように感じる。
子供の頃に、例えば歴史の教科書を読んでいると、幕末の項目では、ペリーの写真が左頁上部にあって、西郷隆盛の写真は右頁の下部にあるなど、こういう文章以外の要素も相まって読者の記憶が形成され、知識が深まっていく感触を私自身も何度も経験した。さらに、ベランダで川のせせらぎの音を聴きながら、本を手に取って読んでいると、こうした環境周囲の要素も相まってさらに五感が研ぎ澄まされ、知識が深まることもある。今でも毎日読んでいる新聞でも同じように感じる。
本が売れないのは本の流通の構造上の問題、ということもあるが、それ以上に
「本は手に取れてリアリティを感じられるもの」
「偶然の産物は生み出すワクワク感のあるもの」
など、本の持つ本質の部分をもっと理解してもらえるような動きが世の中にあってもいいのではないかと感じている。