信教の自由の日に関する変な文章 その2 | 本当の日本の歴史と、日本人を知って、自信を持つ日本人になるためのブログ

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日本の若者に、我々の先祖は、今を築いた立派な人達であることを理解してもらい、未来を切り開く自信を持ってもらうためのブログです。

閉塞した現代日本社会を打開するためにも、日本人としての自信を取り戻す必要があると考えており、そのための分析も試みています。

先に、


「信教の自由の日」


でネットを検索すると


日本人キリスト教徒の作と見られる変な文章が、


いっぱいヒットすることを書いたが、


前回とは別の文章を批判してみたい。



建国記念の日は、日本書記の記述に従い、


初代天皇である神武天皇が即位した日を、


太陽暦に引き換えてたものである。


古代の天皇は、明らかに日本の国王であり、


かつ、日本の宗教の教皇である。



古代の国家は、どこの国も政教一致が常識で、


日本もまた、そうだったということである。



日本は、その後鎌倉幕府の成立をもって、


国王は幕府の将軍、


宗教の教皇は天皇という形の


政教分離体制になり、現在にいたるわけで、


今の天皇は教皇である


という理解で、間違いない。



しかしながら、初代の天皇は間違いなく国王であり、


その初代国王が即位した日をもって、


建国記念の日とするのは相当な根拠があると思う。



これを根拠がないと言われるのであれば、


根拠のない根拠


を明確に示す必要があるのではないだろうか?



「ちょっと歴史を振り返ってみると」。。。


ちょっと過ぎである。


日露戦争から、大東亜戦争終結位までの日本だけを、


しかもアメリカにかけられた、変な色眼鏡を通して。


過去五百年前から現在までを世界に目を見開いて、


素直に大きく振り返って見て欲しい。



そもそも布教を目的に侵略しまくり、


アメリカ大陸にあった、


アステカ文明、インカ帝国、マヤ文明等


ことごとくを滅ぼしまくったのは、


一体どの宗教の信者であったのか?



イギリスからアメリカ大陸東海岸に移民し建国し、


西部劇の美名のもとインディアンの住む土地を次々に侵略し、


とうとうカリフォルニアまで征服しまくり、


その勢いで、渋る日本を砲艦外交で開国させ、


ハワイ、グアムを侵略したのは、


そもそも何教の信者だったのか?



アフリカ、中東、インド、東南アジアを


次々植民地化していったのは、


一体何教の信者であったのか?



明治維新当時、独立国として存在し得ていたのは、


タイ、ブータン、中国、朝鮮、日本


位ではなかったか?



そういう状況のなか、


日本ただ一国独立に向け立ち上がったと言うのが、


歴史の素直な見方ではないだろうか?



大東亜戦争前も、日本は戦争回避に向け


必死に対米交渉を行っているわけである。


日本の行動はあくまでも、


独立に向けた政治交渉であるわけであるが、


その結果米国から出された最後通告である


ハルノートの政治的非妥協性を考えると、


これが宗教的信念、


あるいは、


人種差別的偏見


から来ている疑いが濃厚、いや、明白な話なのである。



そういう視点で先の戦争を見ると、


これは、キリスト教徒と、非キリスト教徒の宗教戦争であった


と解釈することも可能な出来事なのである。



そうすると、アメリカ側の戦争遂行目的は、


「キリスト教徒による世界征服を完成させること」、


日本側の戦争遂行目的は、


「非キリスト教徒の信教の自由を守ること」


ということになる。



その結果どうなったか?


確かに、


大東亜戦争それ自体は日本が敗北を認める


ことで終結したのではある。


だが、今ある世界を素直な目で見てもらいたい。


戦争前あんなにあった、


キリスト教国の植民地はきれいに一掃されておるではないか?


これは、日本の果敢な行動と、


それに触発された非キリスト教徒達の奮起の賜物ではないか?


今日本は一部に在日米軍の駐留をゆるしてはいるが、


立派に世界第三位の経済大国として


独立国として繁栄しているし、


現在のアジア諸国の繁栄に対する日本企業の貢献は極めて大きい。



なんのことはない、


大東亜共栄圏は、実現しちゃっているのだ。



歴史を長期的な視点で見るならば、


真の勝利者とは、


戦争遂行目的を達成した者のことである。



こんなことは、


素直な目で歴史を見られる人ならば、


世界中の人が分かっていることである。



このように、長期的世界史的な視点で見るならば、


そこに日本があり、日本がなし得たことは、


ほとんど奇跡に近い、画期的なことなのである。



この巨視的な視点に立てば、


「日本国内のキリスト教徒の信教の自由を制限した」


などという話など、


どうでも良い小さな小さな話である。



しかし、私は小さなことにもこだわる、


小さな小さな男なのである。



この人は、


戦前の日本が説法の中身をチェックしたと言う、


ということは逆に言えば、


説教をする事、


すなわち、


キリスト教の布教活動自体は許しているということではないのか?



だったら信教の自由は守っているではないか。


では何をチェックしているのか?


戦争に反対していないかを


チェックしているのではないだろうか?



当たり前である。


当時の日本は、立憲君主制の民主主義国家である。


その民主主義国家で、選挙によって選ばれた国民の代表である


東條英機総理大臣が戦争を遂行すると決断しているのだ。


確かに、軍部の暴走を止められなかった、


あるいは、


圧倒的世論に押された側面は否めないわけではあるが、


最終的には総理の決断なのである。



だとすれば、


戦争の遂行に協力するのが国民の義務だし、


絶対の正義である。


現在に例えれば、


この春安倍総理大臣の決断で消費税を8%に増税した。


「消費税増税反対!!」


叫ぶのは良い。言論の自由だから。


しかし、実際に税金を払わなければ、


それは犯罪行為である。


ましてや、どこかの教団の宗教的権威者が、


その信者に向かって、


「私を信じるのであれば、


消費税を払わないようにしなさい。」


こんなことを言っているのであれば、


それは犯罪を幇助する行為であり、


そんな教団は取り潰して構わないではいか。



同じことである。



宗教を信じているから取り潰しているのではなく、


法律に違反した行為をするから取り潰しているのである。



また、この筆者は、憲法が、


権力者から国民を守るためにあると言っているが、


もしそうなら、


それは間違いなので直ちに書き替えなければならない。



我が国の主権者は国民であって、


国民の信託をうけた、


国民の代表が政治を行う国であって、


どこかの国のように、


身勝手な権力者あるいは独裁者が、


欲しいままの身勝手な政治が出来る国ではない


と書かれていないと困るではないか。



さらに、


身勝手な権力者から守るのではなく、


身勝手な国外の侵略者から国民を守る


と書かれていないと困るのである。



さらに、


この人は小泉元首相の靖国参拝にも噛みついているが、


これもまたおかしい。



信教の自由は政治家にもある。


ビル・クリントン元大統領は、


単なるスケベなおじさんであったようだか、


ジョージ・ブッシュ元大統領は、


相当敬虔なキリスト教徒と見受けられる。


しかし、


彼がキリスト教徒であることは、全然OKである。


彼が、宗教を理由に政治を行うということであるなら、


それを支持することは出来ないが、


それをせず切り離して、


政治的に合理的な決断を行うということであれば、


彼が教会で祈りを捧げる行動自体は、


特に外部から非難される筋合いのものではない。



同様に小泉元首相が、神社に参拝する行為自体も、


何ら外部からとやかく言われる筋合いのものではない。



まして、靖国神社は、神社を名乗ってはいるが、


通常の日本の神社のように神を祀っているわけではなく、


日本を守るために命を捧げた普通の人々


を祀っているのであって、


宗教施設と言うより追悼施設であり、


その行為は礼拝というより、


感謝表明と慰霊である。



これをしない人物が日本の政治家としてふわしいとは、


私には思えないのである。



最後に、


ほら、また戦争にNOしてるではないか。


戦争する・しないは政治が決断することであって、


宗教が口出しして良い問題ではない。



普通戦争のような手荒なまねはしたくないから


交渉をする。


現在米国とTPP交渉をやっているが、


こいして双方納得できるところで折り合おうとするわけである。



そして、どうにも交渉で決着出来ないときにする、


やむを得ざる政治決断が戦争である。



宗教で決断してしまうから、


その正しい教えを強制的に布教するのが正義になり、


対外的には強制布教のための侵略が是認され、


対内的にはマイノリティー宗教の信教の自由を


踏みにじった弾圧が加えられる結果になるのではないか?



我が日本国は、国教の教皇であるところの天皇にすら、


一切の政治的発言を許さない、あるいは、


一切政治的発言をしない節度ある教皇を戴く、


完璧に政教分離した国家である。


なんで、たかがキリスト教の牧師が、


安易に政治発言をするのが許されるのか?


というレベルの話なのである。



宗教的マイノリティの政治的発言が許されるのなら、


当然マジョリティの政治発言も許されることになる。


宗教による政治介入を許せば、


宗教的マイノリティの信教の自由は制約されることになる。



従って、信教の自由を確保したければ、


安易に政治的発言をする宗教のリーダーは


信者自らで取り締まって欲しいものである。



それが出来なければ、


政府による取り締まりを行わざるを得ない事態


に立ち入るのだから。





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1日目 信教の自由の日に関するネット上の文章への反論
2日目 私が考える日本教とは?
3日目 信教の不自由な宗教と信教の自由な宗教
4日目 先の戦争の悲惨な体験を語り継ぐな
5日目 現代の鶴田浩二 ー傷だらけの人生ー
6日目 今までの社会人生活の中で、現在が一番満足度が高い
7日目 顧客満足第二

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