先の戦争の悲惨な体験を語り継ぐな | 本当の日本の歴史と、日本人を知って、自信を持つ日本人になるためのブログ

本当の日本の歴史と、日本人を知って、自信を持つ日本人になるためのブログ

日本の若者に、我々の先祖は、今を築いた立派な人達であることを理解してもらい、未来を切り開く自信を持ってもらうためのブログです。

閉塞した現代日本社会を打開するためにも、日本人としての自信を取り戻す必要があると考えており、そのための分析も試みています。

日本の近現代って、簡単にまとめるとこういうことだと思う。



アメリカ合衆国のペリーによる軍事的恫喝に屈する形で


開国せざるをえなくなった日本人は、


この問題を放置しておけば、


日本も彼らの植民地になってしまうと認識した。



その認識を持った日本人は、それを回避するには、


逆に彼らに学んで豊かな経済を作り出し、


その収益を使って軍事力の向上をはかり、


それをもって対向していくしかないと悟った。



そこで、日本人は面子を捨て体面を捨て、


欧米諸国の、進んだ国家運営の仕組み、


産業発展のやり方、また防衛の方法を必死に学び、


その真似をして、必死に働き始めた。



その過程では、


鹿鳴館のような、


日本の伝統からみれば、屈辱的な外交を強いられることもあったし、


「ああ野麦峠」のような


悲惨な話もある。



何より日露戦争のように、


誰もが、「そんなの無理じゃね?」と見るなか、


初めて黄色人種の国家が白人の国家に戦争に勝つという奇跡まで引き起こした。



そういう苦労をしながら第二次世界大戦直前には、


日本は黄色人種の国家として唯一の、


かつ、


非キリスト教国として唯一の先進国に躍り出ることに成功した。



当時の世界は、


あらかたの地域が、欧米諸国の植民地として領有されている状態で、


わずかに朝鮮と台湾だけを日本が領有していた。


そして、当時の先進国は


唯一未開なまま残る中国大陸での利権を獲得しようと、


血みどろの戦いを繰り広げていた。



日本は清帝国の皇帝を傀儡とする満州国を作り経済開発を行おうとした。


これに対しソ連が中国共産党軍を支援し、


米国が中華民国軍を支援し、


日本製の武器とソ連製の武器と米国製の武器が、


ちみどろの戦いを繰り広げていたのである。



ソ連、米国は日本の行動があったからこそ中国人に


武器の供給を行ったのであるから、


結果的には、日本の行動によって中国人は助けられているのとも言えるのである。



あるいは、別の言い方をすれば、


中国人は白人の傀儡として、


アジアの同胞を解放するために戦う日本と戦い、白人の味方をした唯一のアジア人である。


また、


朝鮮人は共に戦ったにも関わらず、


敗戦するやいなや、手のひらを返すように裏切ったアジア人である。



アメリカと日本が戦争をした当時のアメリカ大統領である


ルーズベルト


は明らかに、


黄色人種に対する差別的感情を持った白人で、


かつ、


非キリスト教国に反感感情を持った人だ。



恐らく日本語の「神」という単語を「GOD」と翻訳した文書を読んで、


日本人は天皇をGODと信じている狂信者だと誤解していた人だ。


で、明らかにこれは誤解だ。


だって天皇が土をこねて人間を作るなんて思っている日本人なんて、


当時も今も誰一人いないのだから。



現在の視点から私がみれば、


「彼こそ、GODをGODと狂信している。」


である。



そういう彼にしてみれば、


自分達と対等に行動しようとする日本人が、


非常に目障りだったということだ。



で、そういう感情を共産主義者の諜報部員に利用される形で、


ハルノートなるかくも政治的に非妥協的な要求書を日本側に突き付けてしまった。


その要求は中国からの全面撤退であり、


それをすれば、石油の全面禁輸の解除を検討するというものであった。



中国から撤退するということは、


そこから得られる利権の全てを失い、


中国が欧米諸国の支配する植民地になるのを許すことである。


到底受け入れられる物ではない。


かつそれを受け入れても、


なを、石油の全面禁輸解除の確証を与えるものではなく、


検討を約束するだけのものであった。



こんな要求受け入れられるはずない。


こんなの受け入れて戦争回避していたんじゃ、


強大化する欧米諸国に対して、


先細りの日本になっちゃって、そのうち植民地になっちゃう。



現代の視点から私が考えたってそう結論せざるを得ない。


そりゃ、


日露戦争直後とか遅くとも国連脱退あたりから、


なんとか上手く行動することで戦争を回避出来なかったかとは思うし、


その考察をするべきとは思う。


が、ハル・ノートのような要求を突き付けられてはその要求を飲むことは出来ない。


しかも、石油を供給を止められるというのでは、


日本経済干上がっちゃうから、


要求突っぱねて、かつ、戦争しないという策も取れないわけで、


ここに至っては戦争やむなしと決断をしるしかない。



戦争の勝敗に一番影響があるのは、


国力つまり経済力だから、


冷静に考えれば自分が不利かと認識しつつも、


全員で必死に戦い短期決戦で決着つけられれば、


勝てないまでも、少しは有利な条件で講和を結べる可能性ももあるし、


要求飲めば必負なんだから、


決死の覚悟で戦うことを決断した。



私は、この日本人の決断は基本的に正しいと思う。


人間には命をかけても守るべきものがある、


これはそれに当たると思うのである。



序盤はある程度真珠湾奇襲攻撃の効果もあり、


日本優勢で戦いが進み、


東南アジアを統治する白人を叩き出すことに成功する。


太平洋の島々をいくつか占拠するのにも成功する。



しかしながら、戦いが長期化するに従い、


国力の差、物量の差はいかんともしがたいものがあり、


次第に不利な状況になる。



そんな状況の中、


神風特攻隊のような決死の自爆攻撃まで敢行し、


戦局の打開をはかろうとした。


しかし力及ばず、制空権を取られる状況になった。


その結果日本本土を直接攻撃できるようになった米国に、


東京大空襲のような、非戦闘員に対する大量殺戮攻撃という、


非道の攻撃を受けるようになった。


結果竹槍で鉄砲に立ち向かうかの如き、必死の抵抗を試みるが、


ついには、原爆投下という、


それはホロコーストによるユダヤ人虐殺と同レベルの、


人道に対する罪とも言うべき非道の攻撃である、


原爆投下を一度ならずも二度も受け、


敗戦を受け入れざるを得ない状況になる。



結果日本は敗戦を受け入れ連合国の占領を受け入れた。



であるが、今現在の視点からその現象を見れば、


第二次世界対戦以降先進国による侵略を目的とした戦争が起きていないこと、


現在まで日本だけが唯一の被爆国であること


を考えれば明確にわかるように、世界はその兵器の恐るべき威力に驚愕した。



結果その兵器を使用して、


おのれの欲望を追求して侵略戦争をしていては、


そこに勝者はいないと認識し侵略をやめた。



つまり日本は唯一の被爆国の犠牲者となることによって、


結果的に欧米諸国の侵略の魔の手を追い払うことに成功しちゃうのである。



つまり、なんとなんと驚くべきことに、結果


日本は江戸時代末期に認識した放置出来ない問題を見事に解決した。


だから、戦後の日本人は、


侵略の恐怖に怯えることなく、日本人だけで仲良く暮らす


という江戸時代人がもっていた幸せを享受出来るようになった。



戦争に負けて日本が中国から撤退してみると、


漁夫の利を得る形で北から共産主義が溢れだしてきて、


中国は全土共産主義化しちゃつて、


アメリカは一切中国の利権を得られなくなり、


何のために日本と戦争したのか分からん状況になった。



その上戦前日本がやってた共産主義との戦いを背負わざるを得なくなって、


朝鮮とベトナムで戦争をせざるを得なくなる。



その結果、


真の敵は日本ではなく、共産主義であることに


やっと気付き、日本の協力を得る必要性を認識し、


自分の陣営に引っ張り込んだうえ、核の傘をかぶせ、


在日米軍を駐留させ、日本を軍事的に防衛する一方で、


自身の戦争遂行に対するおもに経済面での協力を期待するようになる。



そういう状況のなか、敗戦で焦土となるなか、


食うや食わずの生活を強いられたわけではあるが、


一旦平和を獲得してみれば、


国防関係の負担は全部米国におんぶにだっこで、


自身は経済発展に全力を尽くせば良い状況になる。


その人々は戦前アジア唯一の先進国を作り上げた人々の末裔の優秀な人達なわけで、


そうなること必定なのは誰が考えても分かるわけで、


朝鮮戦争特需の助けもあり、日本経済は急速に持ち直した。


高度経済成長はまさしく、それが起きたということで、


あっという間に日本経済は復活し、


世界第二のGDPの経済大国になっちゃつた。



一方世界は、


米国が代表する資本主義とソ連が代表する共産主義


がその正統性をめぐって競い会うものになり、


これはイデオロギーをめぐる深刻な対立で、


核なき時代であれば戦争になること必定の重大な事態であった。


だが、互いに核を突きつけあったままにらみあいつつも、


双方共に実際にそれを使うことは自嘲し、ひたすら経済競争に徹した。



これが戦後現出した冷戦構造であり、


その経済合理性は人間の欲望をプラスに変換する仕組みを持つ


資本主義であることを歴史が証明することになり、


ソ連が崩壊することで終演をむかえた。


その後の世界は、アメリカが唯一のスーパーバワーとして、


その軍事力を行使して、世界の警察官として振る舞うものになった。



そういう状況のなか、日本経済は順調に発展を続けたが、


その最終段階では、


資産価値が実態経済を大幅に上回るバブル経済になってしまい、


その崩壊の後遺症で今も苦しんでいる。


相次ぐ景気浮揚策を打った関係で国家財政は火の車、


だが、その大量に発行される国債は、


ほとんど全部日本人が消化しちゃうほど国民は豊かで、


一向に長期金利は上がる気配はないし、


インフレにもならず、相変わらずデフレ傾向の経済にある。



世界のスーパーバワーとしてのアメリカの力に陰りが見られるなか、


自国と周辺の友好国の安全のためには、


自らの持てる金と力と知恵と勇気を使わなければならない状況にある。



国内の治安維持のためには、警察の武装が必要であり、


国家間の平和のためには、軍隊の武装が絶対に必要なのであるが、


この当然の理屈が理解出来ない、平和ボケした日本人が、まだまだ多い。


本来であれば憲法九条を改正し、


自衛隊をきちんと国防軍としたうえで集団的自衛権行使を明記し、


武器の製造と、それの友好国への供給を開始すべきであるのに、


それが広く国民の合意になるには、いまだにならず、


とりあえず、解釈改憲で集団的自衛権行使の容認をした。



こうした素直な目で日本の近現代史を概観するならば、


もはや戦後ではない世界で、


豊かで平和な暮らしを享受する日本人は、


戦前の日本人にも戦後の日本人にも等しく最大の感謝


をしなければならないのではないだろうか?



そりゃ、昭和30年代40年代に生きた日本人ならば、


恋人が死んだ、

親が死んだ、

兄弟が死んだ


という人が大勢いて、自分が戦争に行き、


いっぱい外国人を殺した、

仲間も大勢死んだ、

自分も危うく殺されかけて怖かった


とう人々が大勢いた。



結果的に負ける戦争をして、国土が焦土となるなか、


食うや食わずの極貧生活を強いられ、


日本側の立場に立った書籍は焚書され、


情報統制されて、


連合国の押し付ける一方的な歴史観による洗脳教育をうけたわけだ。



日本は負ける戦争をして


馬鹿だった、

苦しかった、

悲しかった。


そう認識するのも、やむを得ない。



だが、その見方をもはや戦後ではない現代日本人がするのは、


どうかと私は思うのだ。



武力を背景に他国を自国の領土に組み込むのが侵略の定義であるのであれば、


確かに日本は、朝鮮と台湾にそれをやった。


満州国の建国もその範疇に入るかも知れない。



だが、それは先勝国である


アメリカもイギリスもフランスもソ連戦もやった。


いや、日本よりもっと大胆にやった。


しかし、それは、


当時はやらなければやられる過酷な時代であり、


やむを得ないことであり、


軍国主義はお互い様ではないだろうか?



しかも、日本の、その統治方法は、


はるかに穏当で妥当で、相手民族のためにもなる妥当なものでもあったと


言えるものではなかったか?



さらに掲げた目標は、


民族自決と人種差別の撤廃であり、


現在の視点から見て、より妥当なのは日本のものであった。


だからこそ戦争に負けたにも関わらず、


現在の世界は日本の主張が通っている世界になっているのではないだろうか?



この意味において、


戦前の日本人が行った行動の意義は非常に大きかったと


評価出来るのではないかと私は思うのである。



このような正当な評価が出来ず、


「戦前の日本人は悪いことをした」


等という現代の日本人がいるとするならば、


それはいまだに戦後を生きている遅れた人間であり、


その無知、迷妄ぶりはひどいもので、


「私は知りませんでした」ではすまない。


私にいわせれば、もはや悪人である。


いずれにしても、私の世代以上ならまだしも、


まご子にあたる世代にとってみれば、


その物語の主人公である、東條英樹や昭和天皇といった人々は、


とっくに鬼海に入った、あったこともない人である。


その意味で、その人々は、西郷隆盛や坂本龍馬と大差のない歴史上の人物である。



この壮大な日本の近現代史の物語から得られる教訓が、


「戦争で人がいっぱい死んで悲しかった。」


「武器とは人殺しの道具であり、そんな物作りたくないしさわりたくない。」


等という拙いものでは、


あまりにも情けなさ過ぎるのではないだろうか?


そういう意味において、私は現代の若者に対し、切に


「先の戦争の悲惨な体験を語り継ぐな。


それを歴史の教訓として冷静かつ客観的に判断せよ。」


と言いたいのである。



「戦争は嫌だ。戦争は嫌だ。平和。平和。」


唱えているだけでは、それは決して実現しないし、維持出来ない。


それを人まかせに出来る幸運も去りつつある。


冷静かつ的確な判断のもと、行動をせよ。



行動なくして夢の実現はない、


私は強く、そう言いたいのである。




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2日目 私が考える日本教とは?
3日目 信教の不自由な宗教と信教の自由な宗教
4日目 先の戦争の悲惨な体験を語り継ぐな
5日目 現代の鶴田浩二 ー傷だらけの人生ー
6日目 今までの社会人生活の中で、現在が一番満足度が高い
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