・怪談・骨董(小泉八雲著、平川祐弘訳、2025年10月30日4刷発行、900円+)(初版は2024年2月20日発行)

・2025年度下半期のNHKの連続テレビ小説「ばけばけ」に絆されて手に取った一冊です。「耳なし芳一」や「狢」「雪女」など、かねて馴染んだ作品が少なくないのですが、改めて読んでも味わい深いのに驚きました。

 蟻や螢などに関するエッセイにも魅了されました。人文的な知見と先端的な科学的知見を絶妙にブレンドしながら、楽しい読み物に仕立てています。進化論、特にハーバート・スペンサーの影響が顕著なことには小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の知的な姿勢が窺え、興味深く感じました。

 どれもこれも120年以上も前に発表された文章たちなのに(怪談は1904年出版、骨董は1902年出版)、21世紀のいま読んでも魅力的です。八雲のセンスと力量に今更ながら感服しました。

 なかで今回とりわけ強い印象を受けたのは、「骨董」所収の「ある女の日記」と題した一編です。八雲がたまたま「なんでもない日本の庶民の女」の日記を手に入れ、読んでみて感じるところがあったので、「できるかぎり本文に忠実に英訳した」もの、という体裁になっています。明治28年(1895年)に結婚し明治33年(1900年)に亡くなるまで3人の子供を次々と失った女性による記録で、小さな幸福を味わったときがあったとはいえ哀切で儚い人生に胸が疼きました。あの時代の医療のレベルを想像して暗澹とし、現代であっても切ない運命を免れない場合があることに思い至って慄然としました。

 とにかく古さを感じさせないのは見事だと思います。それは訳者の平川祐弘氏のワザに負うところも大きいでしょう。平川氏は東大で比較文学を講じた学者さんで、マテオ・リッチの評伝やアーサー・ウェイリーの評伝など、その学識の一端に触れて感心した記憶があります。わけても小泉八雲の研究には精力を傾けてきたらしく、八雲の著書の多くを翻訳する一方、研究書をいくつも発表しています。本書の解説も訳者が自ら手掛けているのですが、簡潔にして要を得た、読み応えのある佳品となっています。解説らしく出しゃばらず、短い文章なのですが、にもかかわらず深くて広い知見が窺えるのです。文学畑の学究らしい熟れた文章も好ましいと感じます。

 もっとも、この方はいわゆる正論文化人でもありまして、文章が政治的な色合いを帯びると非論理的になるところがあるとも感じました。本書の解説には、芸術としての「ソーシャリスト・リアリズム」(いわゆる社会主義リアリズムでしょう)を批判する一節があるのですが、前後の文脈からすればただの「リアリズム」(現実主義あるいは写実主義、もしくは自然主義)とするか「科学主義」あるいは「科学万能主義」などとすべきところで、あえて「ソーシャリスト」に言及する必要はないと感じました。ほとんど無理やりに社会主義批判を盛り込んだ印象です。

 それにしても「ばけばけ」は楽しかったです。脚本も演出も役者たちの演技と個性も素晴らしかったと思うのですが、わけても魅力的だと感じたのはハンバート・ハンバートというデュオによる主題歌「笑ったり転んだり」でした。21世紀とは思えない脱力系の声とメロディーに、突き抜けたような歌詞。「夕日がとても綺麗だね 野垂れ死ぬかもしれないね」の一節など、今でも聴くと痺れます。

 で、思いついた替え歌を、僭越ながら以下に紹介します。

 

 

〈迷ったり転んだり〉~ハンバート・ハンバート「笑ったり転んだり」の替え歌for oldies

 

  毎日どこかが痛くなる

  年齢(とし)のせい

  しょうがない

  なんとか気分を立て直し

  今日も散歩に精を出す

  

  雨が降ったらお休みで

  天気まかせの風来坊

 

  どこへ行くのか

  何があるのか

  わからぬまま家を出て

  帰る場所など

  とうに忘れた

  それでも安心GPS

 

  

  日に日に歩みが遅くなる

  息あがり

  膝いたみ

  こんなじゃダメだと焦っても

  無理すりゃ余計に辛くなる

 

  朝日がとても綺麗だね

  霞んだ目でも眩しいね

  

  転ばぬように

  迷わぬように

  歩けるだけでもありがたい

  帰る場所など

  とうに忘れた

  やっぱり安心GPS

  

  あしたも散歩しましょうね