・世界を壊したビッグテックの悪党ども(カーラ・スウィッシャー著、新田亨子訳、講談社、2026年6月16日第1刷発行、2500円+税金)(原著「burnbook」は2024年出版)

・ワールド・ワイド・ウェブ(W3)の勃興期から米国のテック業界を取材し続け大きな存在感を発揮してきたジャーナリストの、回想録です。邦題からは、取材の対象とした大手テック企業の経営者たちのろくでもない素顔に迫る暴露本、という印象を受けますが、テーマはむしろ著者が自らの人生を振り返るところにあります。もちろん、本書が描くテック企業の経営者たちの実像は興味深く、読み始めると止まりませんでした。

 登場する顔ぶれが豪華です。表紙にずらずらと並べられたビル・ゲイツ、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグ、イーオン・マスク、ラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリン、ピーター・ティール、シェリル・サンドバーグ、スティーブ・ジョブズ、サム・アルトマンは、ごく一部に過ぎません。

 インターネットの父ともいえるJ・C・R・リックライダーからジョン・マクラフリン(有名なテレビ司会者らしい)、アル・ゴア、ニュート・ギングリッチ、クレイグ・ニューマーク(起業家)、ダグラス・エンゲルバート(マウスの発明者)、ビル・シュレイダー(起業家)、テッド・ネルソン、マーク・アンドリーセン、スティーブ・ケース、ジャロン・ラニアー、ウォルト・モスバーグ、ジェリー・ヤン、ジョン・ドーア(ベンチャー・キャピタリスト)、マイケル・モリッツ(同)、エリック・シュミット、スーザン・ウォジスキ、アン・ウォジスキ、バリー・ディラー、リード・ヘイスティングス、チャド・ハーリー、トラヴィス・カラニック(ウーバー創業者)、ティム・クック、スンダー・ピチャイ、サティア・ナデラ……、ふう。

 テック業界名士録の趣で、著者の人脈の広さに驚かされます。ワシントン・ポストやウォール・ストリート・ジャーナルといった旧来型メディアの記者となりながら、伝統的な出世コースを希望せず、海のものとも山のものともつかない勃興期の段階にあった業界の「番記者」(原文はbeat writerあるいはbeat reporterでしょうか)になったことで、自らも業界の名士の一員といえるほどの存在感を持つに至ったのです。もちろん、著者自身の努力と能力、人柄などがあってこそですが。

 いってみれば本書は、キャリア形成で賭けに打って出て、その賭けに見事に勝った女性による回想録なのです。自作自演の成功物語ともいえるでしょう。けれど鼻につく感じはあまりありません。野心的な女性がのしあがるためのノウハウあるいは心構えを披露し、さらにはジャーナリストとしてあるいはビジネスマンとして取材し人脈を広げるためのテクニックのようなものを伝授していて、若い人たちには勉強になる本だと思います。

 同性愛者であること、そのパートナーの名前、精子提供を受けて出産したことなどをあっけらかんと明らかにしている点などには感動しました。米国の社会が深刻な問題に直面していることは今や誰の目にも明らかですが、それでもなお日本よりよほど懐が深いところがあるなあと、改めて見直しました。

 本書で最も興味深いのはやはり、テック業界のビッグ・ネームたちの人物像でしょう。たとえばグーグルの共同創業者の一人であるラリー・ペイジについて著者は、「(スター・トレックの)スポックのように冷静に戦略を立ててチェスの駒を動かす者」と形容しています。一方、もう一人の共同創業者、セルゲイ・ブリンは「今からサーフィンかヨガに行くような格好をいつもしてい」るのだそうです。そしてペイジもブリンも「とてつもない変人」であることで共通しているとのこと。著者はこの二人をまとめて「双子」と称したりしています。

 著者はまた、テック業界の大物たちの多くが幾つになっても子供っぽいままで思慮を欠いていると指弾しています。白人男性ばかりが目立つ業界であり、女性へのセクハラが蔓延していること、そうした風土を改革しようという機運が業界内部から盛り上がってこなかったことを弾劾しています。さらに、2024年にトランプが再選を果たすとテック業界の大物たちがこぞって尻尾を振ったことには、かなり激しい非難を浴びせています。特にマスクとザッカーバーグ、カラニックへの批判は厳しいものです。

 それでもなお、彼らに向けている著者の眼差しは基本的に優しいように感じます。本書の原題「burnbook」は噂話などを記したノートといった意味があるそうですが、強烈な裏話の類は本書には出てきません。著者にとっては長年の付き合いのある知人たちであり、著者がキャリア形成で成功した要因でもあるわけですから、まあ当然かもしれません。

 さらにいえば、稼いだ金額でなく、開発したソフトウェアやシステムによってテック業界で独特の存在感を発揮してきたリーナス・トーバルズ(Linuxの開発者)の名前が本書に一切登場しないことには、違和感を禁じ得ませんでした。業界の「番記者」を自称するなら、トーバルズなりLinuxに触れないのは、どういうわけでしょう。金儲けにあまり興味のないトーバルズの生き方に著者は共感や関心を覚えないのかなあ、などと妄想しました。

 当たり前ではあるのですが、やはり重要なポイントだと考えたのは、情報公開と説明責任を軸とした社会的責任をテック業界が負うべきだという主張であり、伝統メディアが必死に果たそうと努力してきた情報のゲートキーパー(門番)の役割をプラットフォーマーたちも果たすべきだという主張です。

 著者は通信品位法230条によるテック業界への「異例な保護」を改める必要があると訴えてはいます。けれど、目下のテック業界とトランプ政権との蜜月ぶり、あるいは多くの政治家への影響力を踏まえるなら、今後とも連中はちゃんと責任を果たそうとはしないだろうなあ、と考えざるを得ません。

 それでも、というか、むしろ、だからこそ、というべきでしょう、テック業界が社会的責任をしっかり果たすよう、一人一人の市民が求め続けていかなくてはならないのだと考えます。本書の終盤で著者は自ら「楽観的な悲観主義者」だと「告白」しています。一見わけのわからない表現ですが、「最悪を予測しつつも最善を願う」という心情に、共感を覚えました。