・新版 増補 共産主義の系譜(猪木正道著、角川ソフィア文庫、2018年9月22日発行、1232円)

・共産主義の思想と実践に深い足跡を残した人々の、いわば列伝です。主役としてとりあげているのはマルクス、フォイエルバッハ、ラッサール、レーニン、トロツキー、スターリン、チトー、フルシチョフ、毛沢東。著者の分析は鋭くかつバランスがとれていて、しかも文章は分かり易いので、高校生あるいは大学の教養課程の学生らに広く勧めたい、と感じました。

 「新版 増補」という書名が示唆するように、長い時間をかけて一度ならずバージョンアップされ、現在の体裁に至ったようです。

 まず1949年にみすず書房から初版が出た際は、マルクスとフォイエルバッハ、ラッサール、スターリンの4人だけを取り上げていたそうです。53年に角川から文庫化した際にレーニンとトロツキーを加え、59年にはチトーとフルシチョフを追加したらしいです。そして69年に毛沢東を軸としたアジアの動向、最後に84年に「現代の共産主義」と題した章を加えて今の内容になったようです。最後の増補からでも40年以上の歳月が流れ、初版の登場からは80年近い年月がたっているわけです。

 しかもこの間に、ソ連をはじめ共産主義を掲げていた国々の多くが共産主義を放棄し、中国などいまなお共産主義を掲げる国々のなかでも劇的な政策転換をとげた国が少なくありません。そのため本書を読んでいる間しばしば時代の流れを感じないではいられませんでした。にもかかわらず、今なお十分に読み応えがあります。驚嘆しました。

 平成30年に「新版」が発行され、それが今までに8刷が重ねられているのも、むべなるかな、です。古典といっていいのではないでしょうか。

 たとえばマルクスについて「人間の自己疎外とその揚棄に関するマルクスの根本認識はけっして間違っていない」と評価する一方で、その理屈が「プロレタリアート」という集団を重視するあまり個人の尊厳をないがしろにしてしまった、と批判しているのには、共感しました。また、マルクスに大きな影響を与えたフォイエルバッハの思想を検討することで、社会経済関係が人間を規定するというマルクスの思想は「人間の切実な実存」から遊離してしまった、と論証しているのには、痺れました。

 さらに以下のような文章は、共産主義を考えるうえで決して忘れてはならない警句だと考えます。

 「こうして目的は手段を正当化するものとされ」「破壊工作は……いっこうさしつかえないばかりか、むしろ義務にさえなりうる」「これは人格の尊厳、人間性の尊重を一歩一歩確立しきたった人類の歴史に対する冒涜であり、挑戦でなくて何であろう?」「物質的生産力への信仰は、物質的生産力自体が自由な人間以外の何ものでもないことを忘れた邪教である」――。

 現実政治家としてのレーニンやスターリン、毛沢東らへの評価も説得力があると考えます。

 いうまでもないでしょうが、著者はかつて京大で教鞭を執った政治学者です。のちに防衛大学校の校長を務めたこともあり、割合に保守的な学会の重鎮、というイメージを抱いていたのですが、本書を読んで強く感じたのは、何とも面倒な政治思想の系譜を明快に解きほぐす、手際のよさです。また、そうした明快さの立脚点となっているのは、冷徹な現実主義の眼差しと断固たるヒューマニズムの両立だと感じました。

 冷戦の終結とともに共産主義の影響力は世界的に低下した時期があったわけですが、共産主義を掲げる中国の台頭と、新自由主義的な経済運営を主因とする世界的な格差の拡大によって、再び注目を集めるようになっていると感じます。「人間の自己疎外とその揚棄に関するマルクスの根本認識」をはじめ、共産主義を唱えた先人たちの仕事を改めて評価し、それを活かした取り組みが今こそ求められているというべきでしょう。それでも、今もマルクスらを信奉する方々に本書を読んでもらい、反論できるものなら反論してもらいたい、とも感じた次第です。