・完本 妖星伝3 天道の巻・人道の巻・魔道の巻(半村良著、祥伝社文庫、平成10年12月20日初版第1刷)(もとは昭和55年と56年、平成7年に講談社文庫で出た「妖星伝5」と「妖星伝6」「妖星伝7」)

・奇跡のような伝奇SF小説の、祥伝社文庫版第3巻にして、完結巻です。文庫本ながら合計2500頁以上という大長編を、あっさりと読み通してしまいました。再読、ではなくもう何度目かわからないほど読み返してきたのに、読み出すとやっぱり巻を措くあたわざる面白さを、堪能したのです。

 1巻(1・2部)、2巻(3・4部)と展開した波乱万丈の物語は、この巻の冒頭から3分の1、第5部(天道の巻)でいよいよクライマックスを迎えます。続く第6部と第7部、特に第7部ではエンタメ性が大きく薄れるのですが、にもかかわらず、1~5部で示された壮絶な世界観にどっぷり浸かった読者であれば読み進まざるを得ない、そんな内容になっていると思います。物語は大仕掛けであればあるほど広げに広げた風呂敷をどうたたむのかが難しいわけですが、本書は見事に収束しているだけでなく、そこから改めて風呂敷を広げている印象です。読者の多くは「こうきたか」と唸るのではないでしょうか。幕の下ろし方も奇跡のような伝奇巨編です。

 以下、特に印象に残ったことをいくつか――。

・「因なくして果あり」:初めて読んだ時に強烈な印象を受けた言葉です。ビッグバンの表現としては今も最高だと思います

・田沼意次が遠州相良を拝領して大名になった意味:言われてみれば

・四頭・八腕・八足という異形:初めて読んだ時から脳裏に焼きついてきた強烈なイメージです

・敵を発見するための組織(頭や目)が外部に露出し、生殖器を用心深く隠している地球の生物:本書の世界観の表れです

・無漏離垢~大般若波羅蜜多経に出てくる言葉らしいです

・越中の巻鰤:へえ~

・宝暦の上田騒動:wikiによれば藩主だった松平忠順は有能だったそうで、幕府で若年寄にまで出世したのですが、本書でも紹介されているように暗愚だった先代・忠愛のせいで財政が逼迫していたうえ、中村弥左衛門ら検見役人たちの不正も加わって、激烈な百姓一揆になったようです。なおwikiによれば、この騒動の80年前に越訴で死罪となった増田与兵衛が「与兵衛明神」として祀られたのはこの騒動のわずか3年前だったとか

・人も動物も草木も命:仏教ならではの考え方でしょう。なお、似たような意味の言葉に「山川草木悉有仏性」がありますが、これは道元の言葉らしいです。一般に命がないと考えられる山川にまで仏性があると考えるのは、インドや中国の仏教にはない、日本産の思想なのだとか。これは本書の世界観に近く、物語の舞台が日本になっていることと整合性があるといえるでしょう

・行雲流水~仏教っぽいですが、もとは蘇軾の言葉だそうです

 ともかく、「弱肉強食だけがこの星の掟」とか、人も含めてあらゆる生命は「死ぬために生きている」とか、本書の世界観は相当に身も蓋もありません。それでも第6部の人道の巻には、「今を生きる」ことを全面的に肯定する言葉がいくつか出てきます。たとえば「何もかも知ったとして、それでどうなるということではない」。あるいは「生命を得たからには生得のそれが一番倖せ」。この第6部は、5部までとは趣向が大きく変わって、いじらしいような人情時代劇になっています。

 登場人物の名前やタイトルから、本書が国枝史郎の「神州纐纈城」や角田喜久雄の「妖棋伝」など戦前に人気を博した伝奇小説のオマージュになっていることはよく知られていると思います。同時に実は、山本周五郎や山手樹一郎らによる人情時代小説へのオマージュにもなっているのでは、と感じました。

 考えてみると、作者に直木賞をもたらした「雨やどり」をはじめ、切ない人情ものは作者が得意とするもう一つの世界です。その古めかしいともいえる世界を奇想の伝奇SFに接木したような物語が本書なのですが、これが不思議な魅力になっているのです。

 そして第7部。これはもう物語というよりは哲学的思索の開陳といった趣です。「地球という天体を、化け物のように感じて」いたという作者が、天文学や物理学、生物学などの先端的な知見と格闘した果てに、「生命について、やっとかすかな肯定の光」を見出した結果を記したようなのです。

 とはいえ、著者が描く人類の未来は決して明るくありません。ディストピア小説そのものです。ただ、今ここにある地球そのものが「地獄」だというのが本書の世界観なので、ディストピア小説としてはやや異色といえるでしょう。「ディストピアが到来する」のではなく、「昔からずっとディストピアであり、現在もディストピアであり、将来もディストピアだ」というのです。むしろ「私たちが暮らしているのはディストピアだよ、早くそのことに気づけよ」と主張しているのです。

 本書が指摘したいくつかの全人類的問題のうち、オゾンホールは幸いにも過去の課題になりました。地球規模の課題を国際協力で解決した例として、天然痘の撲滅と並ぶ快挙だと評価していいでしょう。その半面、地球温暖化はいよいよ深刻です。オゾンホール対策のような国際協力の機運が一時は相当に盛り上がったのですが、今では逆流が強まる一方にみえます。

 本書はまた、世界規模の核戦争ではなく小規模な核戦争が人類の突然変異をもたらす、という未来像を描いています。不気味なことにこれが今では現実味を帯びてきました。そして本書が触れていない新たな課題が、AIでしょう。深刻な危機を人類にもたらす可能性があると考えますが、例によってヒトは立ち止まることはないでしょう。

 とまれかくあれ、本書の面白さはどれだけ讃えても讃えきれないように感じます。作者・半村良の伝奇小説といえば、星雲賞を受賞した「石の血脈」や泉鏡花賞を受賞した「産霊山秘録」など波乱万丈の物語が魅力で、幾度となく夢中にさせられてきました。そのなかでも本書は、質・量ともに最高の傑作だと考えます。このところ、近場の書店を覗いてみても、公立図書館の書棚をあらためてみても見かけないのは、なんとも残念です。本書に触れる機会のない若い人たちが可哀想だと思います。