・ガニメデの優しい巨人(ジェイムズ・P・ホーガン著、池央耿訳、創元SF文庫、1981年7月31日初版)

・いまや古典ともいうべき「星を継ぐもの」を久しぶりに読んで改めて興奮し、その続編にこれまた久しぶりに手を伸ばしてしまいました。本書も「星を継ぐもの」と同様に、太陽系の歴史を背景としたミステリーの展開とその解明が物語の推進力となっています。同時に、SFの定番テーマの一つであるファーストコンタクトものとしてなかなか味わい深く、例によって読み出すと止まらない面白さでした。

 太陽系の謎を解明する過程はアルケオロジー(考古学)を疑似体験できるような魅力があります。ただ、カギとなる考え方は進化論なのに、宇宙生物の多様性があまり感じられないことには不満を覚えました。

 進化論と並んで重要なのは遺伝子操作です。SFでは定番ともいえる技術ですが、本書の原著が世に出た1978年にはまだまだ夢の技術という趣がありました。いまや現実に手が届きつつあることは周知の通りで、今となっては本書の描き方は能天気というか物足りなく感じました。未来を描くSFの宿命ではありますが、切ないところです。

 前作「星を継ぐもの」にはなかった目新しい要素としてはファーストコンタクトをあげることができると思います。原著が世にでる前年に公開された映画「未知との遭遇」で有名になった表現を借りるなら「第三種接近遭遇」です。そして本書が描くファーストコンタクトはあの映画以上に魅力的ではないでしょうか。あの映画と同じく能天気といえば能天気ですが。

 読んでいる途中とても興味深く感じたのは、地球のことを「悪夢の惑星」とする見方を宇宙人が抱いている、という設定です。あの伝奇SFの大傑作「妖星伝」(作・半村良)と通じる部分がある、と感じました。ただ、根本的な世界観は本書と「妖星伝」では真逆といっていいでしょう。

 本書の世界観は極めて米国的だと感じます。訳者解説の表現を借りるなら「やや古風な、しかし健康な楽観主義」が全体を貫いているのです。対して「妖星伝」は、仏教的な諦念が色濃く漂っている、といえます。

 一方、別の意味で本書と真逆の世界観を示しているのが、中国発のSF大作「三体」シリーズ(作・劉慈欣)でしょう。「三体」は「弱肉強食」に貫かれた宇宙でのファーストコンタクを描いています。もともと「弱肉強食」という言葉の由来は中唐の文人である韓愈の文章に由来するので、中国文明にあっては伝統的な考え方といえるかもしれません。実際、いま政権を握っている中国共産党には深く根づいているようにみえます。

 なお、弱肉強食の考え方を「ジャングルの掟」と言い換える向きもあるようですが(「三体」シリーズ第2作のタイトル「黒暗森林」の由来がここにあります)、この言葉はもともとキプリングの「ジャングル・ブック」に出てくるそうで、しかも本来の意味は「共存のためのルール」なのだとか。これを弱肉強食と同じような意味で用いるのはキプリングに申し訳ないように思います。

 本書を読み返したのは本当に久しぶりですが、今となっては全体的な本の作りが随分と古めかしいと感じました。例えば巻末に掲載されている宣伝はレンズマンやキャプテンフューチャー、火星シリーズ、ジューヌ・ベルヌといったところを紹介していて、ノスタルジーに誘われました。加藤直之さんによる表紙カバーの絵も相当に古風です。だからでしょうか、現在は表紙の絵が変更になっているようです。

 訳者の池央耿さんはけっこう親しみ深い名前です。創元文庫での仕事では「黒後家蜘蛛の会」や「聖者の行進」、「神の目の小さな塵」を読んだ記憶があります。河出文庫の「失われた地平線」や、随分と昔に読んだノンフィクション「カッコウはコンピュータに卵を産む」(草思社)の翻訳もこの方の仕事でした。今回いささか調べて驚いたのは、中学生の頃に読んだ記憶がある「ビートルズ」(角川文庫)を翻訳していた、ということです。当時は訳者にほとんど関心を払っていなかったこともあり、完全に失念しておりました。wikiによると、残念ながら2023年に亡くなられたそうです。合掌。