・改版 国際政治(高坂正堯著、中公新書、1966年8月25日初版、2017年10月25日改版初版、2024年5月30日改版第9版、860円+)
・「国家間の対立を、あたかも単純な力の闘争であるかのように考え、そのようなものとして対処していく現実主義」の考え方を、「国際政治の本質に根ざす困難の認識」に立脚していると評価し、「絶望から出た権力政治のすすめではなく、問題の困難さの認識の上に立った謙虚な叡智である」として現実主義を擁護した、名著です。
もはや古典といっていい本であり、今更コメントする必要もないのだろうと思うのですが、昨今の世界情勢の不穏に刺激されて久しぶりに読み返し、改めて著者の思考の深度に痺れてメモを記す気になりました。目下の世界情勢を理解するための直接的な手がかりを得られるわけではありませんが、じっくりと考えるための足場を整えるうえでとても勉強になると感じました。
60年も前、冷戦のさなかに出た本なので、紹介されるエピソードや参照される本などは流石に古くさいところがあります。にもかかわらず、いったん読み出すと深く惹き込まれ、一気に読み切ってしまいました。著者は文章が上手すぎる、というのが、偽らざる感想です。あまりに文章が上手いので、その思考の深度を味わう間もなく読み流してしまいそうになるからです。新書というお手軽なサイズなのに中身は重く、それを十全に堪能するには読んでいる途中であえて立ち止まる努力が必要だと感じました。
ただでさえ密度の濃い内容を要約して紹介するのは控えますが、本書の大きな特長としては、ルソーやホッブズ、カントといった近代欧州の思想家たちの仕事を消化したうえで国際政治についての原理的な思考、というか普遍的な考え方を展開していることが挙げられると思います。世界平和という理想の実現がいかに難しいかを、人間という存在についての哲学的な考察から出発して解き明かしているのです。そのため「国際政治に直面する人々は(道徳的要請に)懐疑的にならざるを得ない」というのですが、だからといって「絶望して、道徳的要請をかえりみないようになってはならない」と説いています。
そして「人間のつとめなのである」で終わる最後の一段落の勁さ。本書を世に問うたとき、著者は32歳という若さだったはずで、その思考の成熟ぶりに今更ながら驚嘆しました。
今どき解説は不要かもしれませんが、空想的な平和主義が主流だった時代に現実主義を掲げた著者の論壇での活躍は、随分と衝撃的だったらしいです。そして、現実主義はつまり現状肯定だ、といった、空想的な理想主義者たちの観念的な非難は著者にも浴びせられたように記憶しております。
しかしながら、論壇デビュー作「現実主義者の平和論」というタイトルが示唆していたように、そして本書で展開した主張が示しているように、著者が現状肯定論者でなかったことは明らかです。現実主義に立脚しつつ理想を追求する、というのが基本的な主張だと思います。あるいは、理想を決して諦めない現実主義、というべきでしょうか。
著者が62歳で亡くなったのは1996年5月15日でした。気がつけば30年が過ぎたことに、呆然とするような感慨を禁じ得ません。振り返れば、本書を初めて読んだのは、中公新書に透明なビニールのカバーがかかっていた時代です。以来、なんど本書に目を通したか……。「改版」によって読みやすくなったのは実にありがたく、また、お値段も手頃で、出版社の努力に感謝です。
にしても、ますます不穏になる世界情勢について、もし著者がご存命ならどう読み解いただろう、などとついつい考えてしまう今日この頃です。