・フルハウス(スティーブン・ジェイ・グールド著、渡辺政隆訳、ハヤカワ文庫、2003年11月30日発行、880円+税)
・科学エッセイの書き手として知られた進化生物学者が、自らの生命と向き合いながらものした、奇跡の一冊です。
できる限り多くの人に、とりわけ生きることに思い悩んでいる若い人に読んでもらいたい、一推し本です。
まずは、随分と昔にメモした感想を紹介したいと思います。
「とてもユニークで、しかも深い感銘を覚えた、宝物のような一冊。優れた進化生物学者であり、練達の書き手であり、NYヤンキースの大ファンでもあった著者ならではの、快著です。
内容を要約すれば①生命史を貫く巨大なトレンドに関する著者の独創的な見解の紹介②大リーグに4割打者がいなくなった理由に関する、著者独自の進化論的説明③著者が直面した個人的な危機に対する、統計学を駆使した科学者らしい解釈、の三本柱。この3つの主題を一冊の本としてまとめ上げた荒技に、感服するばかりです。
蛇足を少々。著者が大リーグと進化論を結び付けたのは、もちろんどちらも好きだったからですが、同時に、進化論の考え方をできる限りひろく米国の人たちに伝えなければ、という使命感からでもあったのだろうと思っています。聖書を信じるあまり進化論を否定する田吾作が今なおたくさんいて、そのため学校で教えないとしている土地さえある国ですから。野球をよく知らない英国人のリチャード・ドーキンスが本書に不満を表明したのは仕方ないと思いますが、米国の科学者としてのグールドの苦心に冷淡すぎたのでは、と感じています」
今でもこのコメントを修正する必要は感じません。あえて手直しするならば、「荒技」とあるところを「神技」にしたいなあ、と思います。それほどに本書は見事な本です。
グールドといえば、カンブリア大爆発に関する大胆な仮説をバージェス頁岩の研究の紹介を通じて論じた「ワンダフルライフ」がよく知られているようです。学術的な批判を随分と浴びた(例によってドーキンスも論敵となりました)とはいえ、確かにあの本は面白く、バージェス頁岩やカンブリア大爆発について広く知らしめた功績は誰にも否定できないでしょう。私じしんは、進化の一回性ともいうべきグールドの考え方に大いに共感を覚え、科学と歴史は表裏一体である、というか科学は歴史の婢女である、といった考え方を抱くきっかけになりました。
それでも、推し本としてどちらを選ぶかと問われれば、躊躇うことなく本書「フルハウス」を選びたいと考えます。
残念なのは、本書が絶版になっているらしいことです。
さらに悲しいことに、ハヤカワ書房から出たグールドの他の書籍も大半が絶版になっているようです。文庫になるのを待っていた科学エッセイの多くが文庫化されないままになっているのも、切ないです。いまや生物分類学の基本となった観のある3ドメイン説に初めて触れたのもグールドの科学エッセイだったと記憶していて、個人的に彼の仕事を通じて20世紀後半の生物学の飛躍的発展の一端に触れてきただけに、早川書房さんのやり方には不満を禁じ得ません。
振り返れば、「ファウンデーション」シリーズを入り口にアシモフ好きとなり、その科学エッセイをハヤカワ文庫で読みまくった結果、いつしか科学読み物、いわゆるポピュラーサイエンスが大好物となったのです。ないものねだりだなあ、とは思いつつ、早川書房さんにはもっと本を大切にしてほしいです。そういえば、ロボットもの以外のアシモフの短編集が軒並み絶版になっているのも、不愉快なところです。
それにしても、グールドとドーキンスは同じ1941年生まれだということに、ようやく気がつきました。だからこそドーキンスはあれほどにライバル視したのかも、と考えたりします。「利己的な遺伝子」や「ミーム」などキャッチーな言葉を発明する能力でドーキンスは頭抜けていたと思う一方、華麗な文章の書き手としてはグールドが上手だったように感じます。
生きていればグールドも今年85歳になるはずでした。来たる5月20日は25回忌になります。切ないなあ。