美容師って面白い職業なんですよね。
自分のもつ技術を駆使して、こだわりを追求していく
という意味では、芸術家、あるいは職人なんですが、
その一方で、生の人間を相手にするサービス業でも
あるわけです

相手とコミュニケーションを取りながら作業をするので、
未熟なうちは、お客さんとの会話が上の空になったり、
おしゃべりだけ弾んで手が止まってしまうということが
多々あります


美容院に行ってベテラン美容師さんとお話をすると、
「昔は話に集中しすぎて手が止まってしまって
上の人によく怒られたよ~」とか「ちょっと気が散ると
すぐにハサミで手を切っちゃうんだよね~」といった
昔の失敗談をよく耳にしますが、みんな同じなんですね

私の場合も然り

まだ技術力が未熟だからということもありますが、
髪を切ったり、スタイリングしたり、メイクをしたり
という作業は非常に集中力を要します

そこで、お客様とちょこっと世間話をする程度なら
全然構わないのですが、「この前のあれは~でしたよね」
とか頭を使って記憶を呼び戻さないといけない作業を
強いられたりすると、「へ???」となって、
うっかり手が止まってしまうんですよね・・・

特にメイクの場合は、目のインラインと呼ばれる粘膜に
アイラインを引いたり、マスカラを塗るなど、
目の近くでの作業も多く、ちょっと気を抜くと大きな事故に
繋がることがあります。
眉毛も一本一本ツイーザーで抜いていくので、
うっかりしていると、毛だけじゃなくて
まぶたの皮膚までつかんでしまうんです

また、私たちが相手にしているのは「熱を持つキャンバス」。
顔に乗せたファンデーションやアイシャドウが
布キャンバスの上に乗せた絵具のように
じっとしていてくれることはなく

時間とともにお客様の皮膚から出る皮脂や温度、
またはその日の天候の影響でも崩れてきます。
写真撮影
のためのヘアメイクなら、カメラに撮られる瞬間にベストな状態に持っていけるよう、
時間を逆算して作業を進めないといけないわけなんですね。
なので、お客様を満足させること、イメージ通りの
作品を作り上げること、時間内に完成させることなど、
色々考えて集中しているときは、お客様が話しかけてきても、
あいづち程度にしか返事ができないこともあります。
ま、メイクのときはお客様との距離が10センチ程しかないので、
自然とお互いに無言になることが多いですが

さて、お客様と会話でコミュニケーションを取りながら
作業することがいかに難しいか。
他の職業について見てみるとよく分かります。
例えば、同じく芸術家である画家さん。
黙々とキャンバスに向かって絵を描きますよね。
見たものをそのままキャンバスに反映する作業、
または頭の中に浮かんだイメージを実際に
キャンバスに表現する作業。
集中していないと、とんでもない方向に
絵が進んでいってしまいます。
そこで、キャンバスが動いたり、しゃべったりしたら
どうなるでしょう?

陶芸家だって、無言でろくろを回します。
ぐるぐる回っているろくろが突然しゃべることは
ありませんし、長く回していても、ろくろが
ため息をついたり、身をよじったりすることはありませんよね。
書道家の方も黙って筆を握りますし

華道家も静かにお花を生けますよね

茶道家だって、静まり返った部屋の中でお茶をたてます

というように、芸術家と呼ばれる人たちの多くは、
無機質なものや植物を相手に作業しているわけです。
(だから簡単だ、というわけではありません 念のため)
では、お医者さんはどうでしょう?
こちらは、普段の診療中は人間が相手ですね。
でも集中して作業をするとき、つまり手術中などは
相手が眠っていることが殆どです。
少なくとも、「今日はお天気が悪いですね。

明日から暖かくなるとは言ってましたけど」なんて
会話は交わされないですよね

もし、難しい手術中に患者さんがやたら話しかけてきたら、
お医者さんはあっちこっち違うところを切ってしまったり
縫ってしまったり、大変なことになるでしょう。
このように、ヘアメイクのお仕事というのは、
お客様とコミュニケーションを取りながら
一方では高い集中力で作品を仕上げていくのです。
サービスを施す相手が人間だけに、「作品」の
仕上がりの良し悪しだけでなく、施術者本人の
コミュニケーション能力や知性、品性も求められます。
私も、まだまだ修行の日々
が続いておりますが、いつかは大きな花を咲かせられるよう、頑張らなくては
