今日、仕事帰りに携帯に飛び込んできたニュースです。

イギリスの大学は、唯一私立大学のバッキンガム大学 を除いて、すべてが国立大学なのですが、ロンドンに新たな私立大学が開校されるようです。

教養課程がなく、いきなり専門課程の勉強に入るのが、良くも悪くもイギリスの大学の特徴。しかし、この新しい大学は、教養過程を重視し少人数制を取り入れた米国のリベラルアーツ系大学をモデルとするそうですね。

なんで、わざわざアメリカ流を持ち込むのでしょう?

ま、そんなことより、私は若い頃、リチャード・ドーキンス 博士の「利己的な遺伝子」の考え方に救われた(生きるのがラクになった)ことのある人なので、この方のお名前だけ気になりました。教壇に立つ各分野の一流学者14人のうちの1人だそうです。


(追記)BBCのニュース記事は

Academics launch £18,000 college in London

ロンドン大学ニュー・カレッジという位置づけなんですね。


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首相辞任表明「よかった」52% 朝日新聞世論調査


52%が辞任表明は「よかった」と答えた。「よくなかった」は29%。一方、新しい首相のもとで震災復興や原発事故への対応が「いまよりうまく進むと思うか」とたずねると、61%が「そうは思わない」と答えた。「いまよりうまく進む」は22%と少ない。(6月4日asahi.com)


管首相が辞任表明したことで、52%が良かったと答えたのに、新しい首相に変わることで震災や原発事故への対応が「今より上手く進む」と答えた人が22%しかいない。


この首相が変われば上手く進むと思った22%には、納得できますが、


52-22=30


残りの30%は、「首相が変わっても上手く進む」と思っていないくせに、「首相が変わってほしい」と思ってるのでしょうか? 矛盾しています。

(上手く進んでほしくないの???(*_*))


震災復興や原発事故への対応以外の理由も考えられるかもしれませんが、おそらく、管首相のことが気に入らない、嫌いだ、という「感情」による意見なのではないかと思われます。まったく建設的でない意見です。


「感情」が絡むと必ず矛盾が生み出されますね。

こういう現象は、人間社会で本当によくあるようです。


人間の心って流動的なので、持って生まれた性質以外に、置かれた環境、体調などによっても感じ方が変わり、同じ人間の中でだって矛盾が出てくることもそりゃあるでしょう。私にもあります。


でも、ちょっと意識し「感情」を外して考えてみることで、すんなり上手くいくことも多いと思われませんか?


幸せの「感情」なら、いつでも大歓迎なんですけどね。o(^-^)o


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私は、通訳ボランティアとしてブリティッシュ・カウンシルのお手伝いを何度かしたことがありますが、昨秋は、カスタマーとして英国留学フェアに参加しました。


こういう方法はあまり知られていないのかな?と思ったので、今回、もう一度書くことにしますね。


日本の高校を卒業後、英国の大学に進学を考えているが


1 英国の大学入学資格試験(A、Asレベル)の準備に2年もかけたくない

2 第1志望が日本の大学で、第2志望が英国の大学と考えているため、両方の受験勉強を両立させるのは難しい


などと、思われている方に良いかもしれないのが、1年間の準備コースであるファウンデーション・コースです。


興味のある方は関連記事もご覧になってみてください→英国留学フェアに行きました


この記事で予定していた通り、わが家は春休みの短い英国滞在期間中、いくつか英国の大学キャンパス巡りをしてきました。

うちの場合の条件は


「理系のファウンデーション・コースのある大学」でした。


イースト・アングリア大学

UEA International Foundation Courses

この大学は 大学院レベルの「開発」教育に定評があり、日本人留学生は開発途上国での活動など社会経験のある方が多いようです。また「気候、環境科学」の分野も優れていて、例の「クライメート・ゲート疑惑 」の舞台となった大学でもあります。


ファウンデーションコースを経営するのはINTOという、大学とパートナーシップを組んだスタディー・センターです。イースト・アングリア大学以外にもマンチェスター大学、エグゼター大学、ニューキャッスル大学、グラスゴー大学などにも付属のINTOがあります。


リンクしたサイトには、コース修了生の進路先も出ていますが、ほとんどがイースト・アングリア大学のようですね。



ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ

UCL University Preparatory Certificate Courses

知名度が高いので、大学、カレッジについては詳しくは書きませんが、ロンドンの中でも大英博物館の近くという落ち着いた雰囲気、そういう場所にキャンパスはあります。(その点ではインペリアル・カレッジも自然史博物館、科学博物館など博物館の近くで、落ち着いた雰囲気がありますね。)


このUCLは、独自のファウンデーション・コースを持っているようです。修了者は、約50%がUCLに進み、あとはインペリアルカレッジ、ロンドン スクール オブ エコノミクス、ごく僅かですがオックスフォード&ケンブリッジ、 ウォーウィック、マンチェスター、ノッティンガム、その他のラッセルグループの大学であわせて25%、そして残り25%ほどが他の大学に進学という内訳になっているそうです。


ロンドン大学キングス・カレッジ

それに対応するサイトが見つけられなかったのですが、こちらのカレッジにもファウンデーション・コースはあります。(UCLの担当者は、「うちの真似をしたんだ」と言ってましたが・・・)


保健衛生や栄養学などでも有名なカレッジのせいか、ここの学食が一番良かったです。(笑) ただ、キャンパスの場所がウエスト・エンドのど真ん中。(誘惑が多い?)ストランド・キャンパスからウォータールー・キャンパスへとわざわざテムズ川にかかる橋を渡って移動しなければならないなど、キャンパス内に一通りなんでも揃っているという「大学キャンパス」らしさは弱い印象です。


以上、わが家の「英国の大学キャンパス巡り」、簡単レポートでした。


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「そんな小さかった時のできごとを、よく覚えてるのね~!」


と、わが子の記憶力に驚嘆する親バカな私

いや、待てよ、と、ちょっと考えてみて疑問が湧いてきました。


その記憶は、


実体験からの直接の記憶なのか? それとも

その実体験をビデオ撮影して、その映像を見た記憶なのか?


どっちなんだろうか?


どうも話を聞いていると、前者の場合もあるし、後者の場合もある、また、混ざっている場合もあるようです。

小さい頃(2,3歳?)のぼや~っとした記憶って実に頼りないものです。


大人だって記憶はあやふやなもの。強く印象に残ったシーンは何度も頭の中で再生されるので、忘れ難いものとなるけれど、記憶を再生するのはあくまでも今の自分。その自分に都合よくカットするシーンがあったり編集したりするため、より真実に近いオリジナルの記憶とは別物に変化してきているはず。(人間は過去を美化しがちだものね)


しかし、人間の脳に、実際に見た事実を「そのまま」記憶できるような機能を備えるのは無理でしょう。すぐに容量が足りなくなってしまいますからね。(すべて丸暗記するよりも、できるだけ少ない知識をいろいろ使い回せるような頭の使い方がいいのでしょうね)


それでも、事実が本当のところどうであったか知ることが必要な場合もあるでしょう。


↓このサングラス型ビデオカメラは、実際に見たもの、そのままを記録できるということなので、まさに、私の考える人間の脳の記憶を補完するような役割ができるのではないかしら?


そんなことをつらつらと考えてしまいました。



ギガジン5月31日の記事

見ているものがそのままHD画質で記録できる「サングラス型ビデオカメラ」が登場

【世界初!!】【高画質2GB内蔵サングラス型ビデオカメラ 】【 2GB】
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ずっと前に書いた記事 最近気になる言葉「上からの目線」

を引っ張り出して、視線目線の言葉の意味の違いを確認しました。


目線という言葉は、見ている人の立場や状況から、どのように見ようとしているか ということを表現するので、単なる視線とは違います。「上からの目線で」というのは「偉そうに」とか「相手を見下して」という意味。


この頃、いろんな場所で、あまりに頻繁に使われているので、またまた気になってきました。


前の記事では、発信者の立場で、「自分が上からの目線じゃない」と意識しすぎている人は「上からの目線をしがちな人」と書いてますが、これって、今考えてみたら、当たり前だわ(;^_^A  「上からの目線をしがち」だからこそ、そうならないように意識しているってこともあるものね。


今回は、受信者の立場で、「上からの目線」を感じる場合についてです。これは、自分が相手をどう思っているかに左右されないでしょうか?

自分が尊敬する人からの発信だと、多少偉そうでも「上からの目線」だなんて感じないものだと思います。そう感じるのは、相手を見下してるからでしょう。


自分が尊敬する人と軽蔑する人が、全く同じ内容の文章を発信したらどうなるか想像してみればわかるでしょう。(先入観を排して、その文章の内容そのものを評価できるならば問題ないですが、それが出来る人は少数派だと思います)


「上からの目線」を感じてばかりいる人は、一度、自分のあり方も問うてみた方がいいかもしれません。自分の身の回りに起こることは、すべて自分に責任があると思っているならば、「上からの目線」を感じることなんてないからです。


しかし、今の日本の現状では、人々が「上からの目線」を感じることだらけというのもわかります。明らかに被害者である場合、加害者を見下すのは仕方のないことですものね。


でもね、被害者意識で凝り固まっていると前には進めないです。自分の人生の責任が自分にあると自覚し、前向きに生きられるようになったときには、「上からの目線」なんて誰からも感じなくなっているかもしれません。


私のこの文章、「上からの目線」と感じられましたか?o(^-^)o


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