ゆかしメディアで6月13日付のこんな記事が目に留まりました。


学費6000万円かけて無職のハーバード卒業生

わたしは2010年12月まで、アメリカの中学で13年間、ギフテッドスクールというIQの高い子供しか入学できない、しかも4歳児の学費が200万という私立学校で教員をしていました。そこは4~14歳までの生徒が在籍。14歳で卒業し、高校へ進学し、ハーバード、イエール、プリンストン、コロンビアなどに進学した秀才児、天才児を多く教育してきました。ハイレベルな教育を受けることは大事ですが、偏差値、ブランドがすべてでないということを覚えておかなくてはいけません・・・


アメリカのギフティッドスクールで日本語クラスを担当していた教員の書かれたもののようですが、いろいろ考えさせられます。


まず親として、そして教師として、さらにより多くの視点から考えたくなるテーマですが.・・・


本当の意味での「ハイレベルな良い教育」は、人によって違い、

そして、それは必ずしも高額なお金で買えるものでもないってことかな・・・


この記事に出てきた2人は例外だと片づけてしまうのもいいけど、私も現実にこの手の話はよく聞くので、そう珍しくもない事なのかも.。


せっかく頭が良い人たちなのに、お金もかけたのに、もったいないね~

貧乏人は、つい僻んでしまうけど(^_^)


そんな事を気にしなくてもいいくらいのお金持ちなのでしょうか。


(追記)

考えがまとまらないうちに、感じたままを文章にしましたが、夕食の片づけが終わった後に、また、いろいろと考えてみました。

まず大事なことは、「本人幸せかどうか」なんですよね。経済的に困らなくて、本人が幸せであるならば、他人がどう思おうと知ったこっちゃないです。

もちろん、社会のリーダーとなるような人材を育成する高レベルの大学を卒業した能力のある人間は、社会に何らかの貢献をする責任もあると思いますが、何らかの事情で、それができないこともあったって別にいいと思います。


人生長いから、今はプータロー状態でも、何かのきっかけで変わるかもしれないし、高いレベルの教育を受けたことが、思いもよらない違う形で将来生きることもあるかもしれません。


ホントにいろいろ考えてしまいます。 まだ、頭の中がまとまってないですね。(汗)

NHKドラマ下流の宴 を見ながらの追記でした。(^_^) 


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先日、ある塾で国語講師の入試問題分析を聞いて思ったことです。

(ここで入試とは、高校入試ですが、大学入試にも通用する話かも)


「この高校には、どうも論理学のプロである国語教師がいるようです。入試問題に出てくる論説文の問題が非常に美しい。筆者の言いたいことがはっきりしていて、それさえ掴めば、すべてはそのことの言い換えであることに気づきます。そして、ほとんどの問題が解けます。例えば・・・」


実は私には、昔からどうも「国語の問題」というものに苦手意識があります。(国語という教科自体が嫌いという訳ではないのです、作文などは好きでしたから) 

とくに作者の心情を問われる問題については、

「感じ方は人それぞれで違っていいんだから、正しい答えなんてある訳ないじゃない!?」

と反発を感じながらも、仕方なく「これが解答かな?」と思われるものを文章の中から探していたと記憶しています。


しかし、↑のような問題ならば好きですね。


具体的な例ですか?


私のブログの文章もそうです。なんていうと怒られるかしら?(^_^;)


ごちゃごちゃと雑多でまとまりがないし、文章も下手ですもんね。

(まぁ、あまり深く考えないで書いてる記事も多いのは確かです)


でもですね、私が言いたい本質的なことは意外にシンプルで、ずっと一貫しているのです。


それが解かってしまうと、


「ブルンって、いつも同じことばっかり繰り返し言っていてつまらない」


と、飽きられてしまうかもしれませんね。(^_^)


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先日、国際交流の催しでお仲間たちとおしゃべりしていたとき、英語でstyという言葉が出てきました。病気とその症状の話でしたので・・・


私 「ああ、めばちこのことね」

A 「???」

B 「めばちこって・・・何?」

私 「えっ?めばちこって、関西弁だったっけ?」

C 「そうみたい」

A 「ブルンさん、ふだん関西弁なまりが全然出ないので大阪出身って聞いて意外な気がしてたんだけど・・・」(笑)


めばちこ、めいぼ、めぼ

目の病気、まぶたにできる小さな腫瘤、「めばちこ」はもともと摂津、河内、和泉、紀伊、播磨の言い方で、「めばっこ」とも。「めぼ」「めいぼ」は京都などその他の近畿、四国、周防、長門、中京の言い方。「ものもらい」は東海、関東の太平洋側での言い方・・・大阪弁 Weblio辞書


そうです、めばちことはものもらいのことです。

最近、ものもらいになってる人って、あまり見かけない気がしませんか?

それにしても、とっさに出てきた日本語が、ものもらいではなく、めばちこだったとは、自分でも可笑しい。


ちょっと調べてみたら、こんなMAPが見つかりました。→ものもらいMAP

めばちこ」は大阪では使用率91%の言葉のようですね。(^_^)



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「わかってるよ!

今しようと思ってたのに、言われたからやる気なくしたっ。」 

(って、娘がよく言うセリフですが・・・(;^_^A)


他人に指摘されて、傷ついたり、ムカッときたりすることって、


自分でもよくわかっていること、または、話をしているうちにわかってきたことを、先に相手にズバッと言われた時じゃないかな?


もし、指摘された内容が、自分がまったく意識したことも無いような事だった場合、反応しようにも、その受容体となるものがないので、ただ、そのまま聞くだけです。


一方、自分で「こんなことではいけない」と、気づいている場合、心の中でそのいけない事抗原)に対してその受容体抗体)ができている状態なので、外からその抗原が入ってきた場合、一瞬で抗原抗体反応が起きてしまうのでしょう。


生物学で学ぶ、抗原抗体反応とは、身体にとって異物となるもの(抗原)が体内に入ってきたとき、それに対抗する物質(抗体)を作って、抗原を排除しようとする免疫のシステムですが、心の場合でも、うまく説明に使えるな~と感じています。そもそも、免疫システム自体も精神的な原因で調子が変わったりとか、心と免疫力は切り離せないものらしいのですけれどね。


まぁとにかく、正常な抗原抗体反応ならいいですが、

困るのはアレルギー反応です。


これは過剰免疫反応です。なんらかの原因で抗体を大量生産してしまい、抗原に対して過剰反応してしまうことによって自分に不快な症状が出ること。原因は持って生まれた体質もあるのでしょうけれど、精神的な原因で抗原を実態数より異常に多く見積もって起こる現象と見ることもできると思います。


心の免疫の場合も同様に、「憶測」などで抗原の数を、異常に多く見積もって準備しているとこうなってしまいます。


「敵が来たぞ、それ攻撃!」と大量の抗体を向かわせたが、実際には抗原抗体反応はほんのわずかしか起きず、結果的に、抗体で自分自身の細胞を沢山傷つけることになった。残ったのは不快な症状だけ。


これって思い当たることはないでしょうか?



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おススメの無料アプリです。


詳しくは→原発って、なに?


「原発を正しく怖がりましょう!」というコンセプト。
原子炉、被ばく、放射線、半減期、シーベルト…
「原発」にまつわる難しい言葉たちを、読んでさわって理解できます。


6月7日にリリースされた最新アプリ。

原発について、これ以上わかりやすくは出来ないくらいわかりやすく、知っておくべきことをおさらいできる内容と思います。


原子力についてもっと詳しく学びたい人には→図解雑学 原子力



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