先月6日に厚生労働省は、ガン、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病という「4大疾患」に近年増加する精神疾患を加えて「5大疾患」とし、重点的に対策を図っていくという発表しました。


とくに、3月11日の震災後、傷ついた被災者の心のケアが必要になってきているようです。


直接の被災者でなくても、これほどまでにすさまじく、今まで信じていたことに裏切られ続ける経験なんて、そうあるものではないですから、(それに、被災地の人たちはもっと大変だから我慢しなくちゃという気持ちが追い打ちをかけ)精神的な負担を抱え込み、不調を訴える人が出てきていると聞きます。


さらに、原発事故により、これから気の遠くなるほど長い付き合いになりそうな(しかも目に見えない)放射性物質に対する恐怖などのストレスで、今後ますます精神疾患は増え続けるだろうと想像に難くないです。


私も感じやすい繊細な人なので(えっ?そう見えない?(^_^;))

ホントに他人事ではないです。

そこで、できるだけ自己防衛するためには、どういう生き方、気持ちの持ち方をするのが良いか考えてみました。


私たちは、毎日いろんな情報を目にします。あの日以降は、世の中、原発、放射能関連の情報で溢れかえっています。もちろん情報は必要です。しかし最近、情報が多いことが本当に幸せなことなのどうか、私にはよくわからなくなってきています。


あまりにも理解不能な情報があり過ぎると、人間って不安になってしまいませんか?


結局、膨大な資料の中から、少しでも自分が理解できる部分があれば安心し、それを引用して満足している自分

に気付きます。もしかしたら、その部分はその資料の主旨でない部分かもしれないのにです。人間って自分が理解できるものだけを信じたくなる傾向があるということも自覚しておかないいけませんね。理解できないものの中に本質がある可能性も忘れてはいけないです。


まぁ大抵は、自分で元の資料から考えるのなんて面倒なので、専門家のブログなどを読んで参考にします。

信用できそうな専門家を選んで情報を得るという方法が、素人には最も一般的な方法だと思います。


しかし、決して100%は信用はしません。(当たり前?)

信用度は、その専門家の信念、一貫性、今を生きる姿勢などで違ってきますが、


その人が御用学者であるかどうかなんてのは、私はそれほど気にしません。

あの「ニコニコしていたら放射能の影響は受けない」という意見でさえも一理あると思っています。


この人は信用できると決めたら、その人の言うことをすべて信じ、

この人は信用できないと決めたら、その人の言うことはすべて信じない


世論調査の結果などを見ていると、こういう潔癖な人が多数派なんだなという印象です。考え方と言うより感じ方でしょうか、はやい話が好きか嫌いってことですよね。しかし、今みたいな社会の変革期に、こういう生き方では非常に辛いと思います。なぜって?それは、もし自分が100%信じていたことが間違いであった場合を想像すれば、おわかりになるかと思います。


それから、専門家の信用度だけでなく、どんな情報にもフィルターがかかっているという認識も必要ですよね。


そういう点では、ネット掲示板等の匿名での投稿は、信用度はかなり低いです。(掲示板の種類にもよりますが)

一貫したハンドルネームでの投稿で、引用元が信用できる情報だと、信用度は確実に上がりますが。


このように信用度やフィルターを意識しながら情報を集め、自分で考えて判断すると、自分に主体性をもたせることができます。主体性をもつことは精神的安定にとっての重要ポイントでしょう。


ストレスというのは、自分がこうありたい、こうあるべきと考えている理想と現実の姿との間に大きなギャップがあるときに発生しますよね。

でも、完璧な人間なんていません。誰もが、弱い面、変な面を持っているものだと思います。それを、他人のせいや社会のせいにすると、ただちに主体性がなくなってしまい心が不安定になってしまいます。

そういうみっともない面のある自分が、ありのままの自分なんだと認めることで、主体性を自分に戻すこと、それが精神的な安定には重要なことだと思います。


最後にもう一度、心を不安定にする原因と私が考えている要因を書いておきます。


1、理解不能な大量の情報  

2、情報をすべて信じたりとか、すべて信じなかったりというような極端な態度


心が疲れてきたなと思ったら、(ただちに身に危険が及ぶ状況でなければ)思い切って情報を遮断し身体を休め。しばらくは、何も考えない、感じるだけにするのもいいのかもしれませんね。


なんだか、ヨガの先生の解説みたいな結論になっちゃいました。今週ヨガのレッスンがお休みだったので、こういうことを考えたくなったのかもしれません。皆さんは、どんなことでリラックスされていますか?



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富士山って静岡県側からは新幹線の窓から眺めることが多いですけど、山梨県側から接近したのって、私にとっては大阪の中学校の修学旅行以来じゃないかと思います。

当時、バスガイドさんが歌ってくれた「富士五湖の歌」(替え歌)、

今でも覚えています。


1 富士のお山はお洒落者 前に五つの鏡をおいて 

朝な夕なの薄化粧 

皆さん来るのを待ってます ネーおいでおいで



2 本栖、精進、西の湖(うみ) 樹海過ぎればちょいと河口湖 

キャンプ賑わう山中湖
ここは世界のパラダイス ネーおいでおいで

この歌の元歌を知りたくて、ネットで調べていたら、トンコ節 の替え歌だとわかりました。

私と同様、修学旅行の時にバスガイドさんが歌ってくれたのを記憶していて探していたという方が少なくないようで驚きました。もし、この記事を読んで、私も~!ていう方がいらっしゃったら教えて下さいね。


富士山五合目の富士五湖案内図です。(18℃)


ブルンのブログ-富士五湖案内図

マイカー規制がありますので、バスツアーに入って

鳴沢の氷穴を見学しました。やはりこの時期、考えることはみな同じなのか、大変、混雑していました。


入口の様子 (15℃)


ブルンのブログ-氷穴1


こういう狭いところもあります (たぶん5~10℃)


ブルンのブログ-氷穴2


あイテっと頭をぶつける娘 (0℃)

ブルンのブログ-氷穴3


氷柱


ブルンのブログ-氷柱


鳴沢の氷穴について

平安時代 初期の貞観 6年(864年 )、富士山の北西山麓で大規模な噴火 活動が発生した(貞観大噴火 )。噴出した膨大な溶岩 が徐々に冷え固まる際に、内部の高熱なガス体や冷え切らない溶岩が抜け出すことで形成された空洞の一つが、この鳴沢氷穴である。内部は非常に低温で、年間の平均温度は摂氏3度程度である。地下21mの「木の池」では、氷柱や玄武岩 質溶岩群を見ることができる。竪穴環状形 の形状になっている。

氷穴内には氷の貯蔵庫がある。この貯蔵庫は、かつて江戸時代 には献上 するための物品として、大正時代 には冷蔵庫 の氷など、様々な用途で使われていた。現在は用途が無いため、毎年冬に四角い氷を作り再現している。(Wikipediaより)


「涼み」の目的は達せられました。

しかし、お盆の帰省ラッシュで高速道路は大渋滞、

覚悟はしていたのですけれど・・・

でも、なんとか日帰りできました。

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理系家族 会話その1

(こちらは娘中心の会話なので、夫&私は父&母になってます)

この後、続かなくて途切れてましたが、また、ときどき書いてみたいと思います。

夫も含めた家族の会話です。


海外出張から久々に家に戻った夫に、児玉教授の国会答弁 の動画を是非見るべきだと、当然のように勧めた私


夫 「君の話から、とくに見る価値がないと判断した、だから見ない」


私 「私の説明が悪くて、あなたが見る価値がないと判断したのだったら、責任感じるわ。まぁとにかく、つべこべ言わずに見てみてよ」


娘 「ママって、最近ネットで情報集めては放射線が危ないって、うるさ過ぎるの」


私 「でも、ネットでの反響はすごいのよ。なのに新聞やテレビではあまり話題になってないの、変だと思わない?」


夫 「新聞やテレビで話題になってないってことは、いい加減な情報なのかもしれないじゃないか。ネットの方が圧倒的に変な情報が多いと思うけど」


私 「新聞やテレビだけではなく、ネットでも情報を集めて、情報は多ければ多いほど、本質が見えてくるってもんじゃないの?」


夫 「いや、それは違う。それは受け取る側の解析能力によるよ。解析能力がない場合は、情報が沢山あると、逆に情報が無いのと同じになるよ」


私 「その人の解析能力に見合った情報の量が良いってこと?うーん、たしかにそうかもしれないわね」


夫 「多分、極値があると思うのだけどね、それも一つとは限らない」


私 「もしかしたら、私は自分の解析能力以上の情報を集め過ぎているのかもしれないわね。 だって、児玉教授の話にしたって、あなたに、見る価値があると思わせることのできるような説明ができないのだものね。説明の仕方、そんなに悪いかな。口下手でもあるし。」


夫 「いや、話し方の問題じゃないと思う、やっぱりちゃんと理解できてないんだと思う」


私 「自分の解析能力がどの程度のものなのか、どうすればわかるかな?どんな情報にもフィルターがかかっているということは認識しているつもりだけど」


夫 「人間って、自分が信じたいと思うことを信じてしまうっていうバイアスもあるしね」


娘 「話し方って関係あるんじゃない?話すのが上手な人、文章の上手い人の話は、信用されやすいと思うよ。」


私 「カリスマ性?押しつけがましくなく、聴いている人が自分で判断していると思えるように、話を信じさせることのできる人ってこと?」


娘 「ママは押しつけがましいから、ダメなんじゃない?」(笑)


夫 「話し方っていうより、やっぱり理解できてないのがダメなんだってば、頑張って勉強してね」


私 「ふんだ」(  ̄っ ̄)



この話、まだつづきます。とりあえずお腹が空いたので、食事の支度に取りかかりました。

やっぱり家族揃っての会話は楽しいと、時節柄、感謝の気持ちを新たにしております。

(母娘だけってのも気楽でいいのですけどね(*^.^*))


先週はあまりに暑いので、涼めるところにお出かけもしました。

たぶん皆さんにも涼んでもらえそうな?写真もありますので、そのうちUPしますね。


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OurPlanet-TVからの転載です。

日本政府などが様々な基準に採用しているICRP(国際放射線防護委員会)と一線を画し、内部被ばくや低量被ばくについて長年、研究を重ねて来た欧州放射線リスク委員会(ECRR)の技術議長クリストファーバズビー氏。日本の汚染はどのような状況にあるのか。(ホームページより)



日本政府が被ばく放射線量年20mSVという基準と決めたのは、ICRPが緊急時には年20mSVの被ばくを許容しているからです。しかし、平常時の許容値は1mSV、さらにアメリカやヨーロッパでは、1つの放射線源からの被ばくは0.1mSVに抑えるように解釈されているそうです。

また、
ICRPのモデルができたのは1952年
DNAが発見されたのが翌1953年

これってICRPのモデルが内部被ばくを無視していることを象徴してますね。

博士の言う、すべきこと
「高線量の地域の人々を、とくに子供たちを避難させるべき」
「詳細な汚染マップを作ること」(児玉先生のお話と共通する点も多い)
「原発事故現場をコンクリートで早く覆ってしまえ」(小出先生のお話とも共通します)

「政府と言っても一人一人個人の集まり、このままでは犯罪者として処罰されることもあり得る」
この警告、政治家の方々には真剣に受け止めてもらいたいです。

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7月27日の児玉龍彦教授の国会答弁 は、ネットの世界では大きな反響を呼んでいるようです。

しかし、新聞やテレビなどでは、ほとんど報道されていませんね。

新聞では「原爆の日」である昨日8月6日の朝日新聞、天声人語でやっと、


国会で説明した児玉龍彦・東大教授によれば、福島からは広島原爆20個分(ウラン換算)の放射性物質が飛散した。残存量もはるかに多く、影響の広さ、長さは知れない。


と引用されていたぐらいでしょうか。


この動画について、私が最初に知ったのは、海外在住の女性の投稿が多いある掲示板なのですが、

「やっと真実を語ってくれる学者が現れました」

というタイトルでした。


満身の怒りを表明した児玉教授の姿に衝撃の嵐が巻き起こったのは当然のこと、私自身も感動で胸がいっぱいになりました。


そして、怒りがこみ上げてきました。


ところが、他の方たちのコメントを読んでいて思ったのですが、どうも、私が「怒り」を向ける対象と、彼らのそれとは違うようなのです。その傾向は、その掲示板以外の場所でも感じることは多いです。


ほとんどの人は「御用学者」「政治家」とくに「菅首相」が悪いのだと、「怒り」を「人」に向けています。

みんな私が悪いのヨ  みんなアイツが悪いのだ! で、私が書いたことにも通じるかもしれません。


私の「怒り」は

「なぜ、こんなことになったのか?」「なぜ、こういう状況なのか?」

という、納得がいかない「こと」に対する「怒り」、

なので、こういう「人」に向けて怒りには、不思議というか違和感を感じることが多いです。


これは私の欠点でもあるのですが、意識しないと自他の区別が曖昧になりがちな傾向のある人間だからなのでしょうか・・・


「他人」を責めること=「自分」を責めること  

というのを認識しやすいみたいです。


誰が悪いか犯人を見つけて、それを排除すれば、世の中うまく行くのでしょうか?

そうとも限らないですよね?なぜ、そうなったのか原因を見つけて社会のしくみそのものを変えなければ、また同じことが起きるだけです。


こういうことを言うと、

「犯罪者が責任を社会に転嫁してる」という反論も出てきそうです。

そうではなく、「すべては犯罪者の責任だ」と考えるだけでは犯罪の少ない社会にはならないということです。


武田邦彦教授小出裕章先生 は、東電と政府は犯罪者だと、おっしゃってますよね。私は、彼らが国民を煽る学者だとも思っていません。たしかに、東電と政府は責任重大で賠償義務があります。してもらわなきゃ困りますもの。


「こんな日本に誰がした!」 と、怒りをぶつけたくなる気持ちもわかります。なので、ただただ、怒りの発散のような文章を目にしても、この人はきっと苦しいのだな・・・と気の毒に感じてしまうわけです。


しかし、同時に、そうやって自分を苦しめているのは、自分なのだということにも気づいてほしいな・・・と思ってしまいます。


ところで、

8月5日のUstream.TV の対談での児玉龍彦先生、普段はこんなに穏やかで優しそうな方だったのですね。

お人柄もそうですが、お話されている内容、素晴らしいと思いました。今、詳しくは触れませんが、


「人を悪くを言うこともいいけれども、これだけ大変なことが起きているのだから、議論のための議論よりも、何か自分の出来ることやってほしい」

とおっしゃっていましたね。


本当に、そう思います。こちらの映像への反応はどうだったのでしょうか。

でも、国会での満身の「怒り」の方が「笑顔」よりも印象は強いかな?

なぜ、そう思うかって?理由は、やっぱりこれですよ。(^_^)

人の脳はネガティブなことに反応しやすい



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