ブログはなかなか更新出来てませんが、ツイッターの方は毎日細々やってますので、
もし「ブルンは生きているの?」と、気が向いたりするなんてことがあれば、
ちょこっと覗いてみてくださいね。https://twitter.com/#!/brunbunby
ツイッターはまだまだ初心者の部類だと思うのですが、細切れ時間で投稿できるし、手に入れられる情報は質は玉石混交とはいえ、とにかく広まるのが速いということだけはわかってきました。一昨日、このことを自分自身で実感する出来事もありました。「なう」と「ツイッター」では、つぶやきましたが、この件に関しては詳しいことがわかったら記事にしますね。
さて今日は、中東某国で化学技術者として活躍されている
(ただ今、ご帰国中ですよね?)
tomamさんのブログ記事『ブータン、これでいいのだ』
で紹介されていた、御手洗 瑞子さんの記事
(ツイッター上では昨夏、話題になっていたのですね)
を読んでとても気に入ってしまったことから、そのブータン人の生き方
、流儀(考え方)を、今、日本で起きている紛争について考えるのに
わたしなりに応用してみようかと考えました。
先日の私の記事
「わたしたちは子どもを産めますか」と福島の高校生に聞かれたら
でもそうだったのですが、
震災瓦礫の広域処理をめぐって、現在、ツイッター上では紛争(意見の対立)
が起きていてます。もちろんすべての意見をフォローできているわけではないですが、
こちらの考察が、より説得力があると思い紹介させていただきます。
↓
mogmemoさんをめぐる騒動についての考察
(引用開始)
今twitterの一部でmogmemoさんという人をめぐって騒動が起きている.
そこであげられている問題点は
- リスコミの専門家が匿名で素人のフリをしてツイッターで活動
- 広域処理を推進、放射線は危なくない、といった恣意的な情報を発信していた
- 原子力関連の仕事もうけてたらしいし、それって利益相反にあたるのでは?
といったことだろうか.
今のところ騒動のきっかけとなったyoutube動画やsutudy2007氏や群馬大学早川教授のまとめ、個人による誹謗中傷ツイートが拡散している状態で、自分が最初にふれた情報もそうした情報だった.
自分は情報系の勉強をしていてリスクコミュニケーションのプロが世論操作というところに興味をもって騒動を追ってみたんだけどtwilogをずっと確認していて気づいたのは、mogmemoさんが世論操作したのではなく、ある種の人たちに勝手にイメージを作られ、世論操作の道具として利用された可能性が非常に高いということだ.
広域処理反対派がわかりやすい[敵]を作るためにmogmemoさんをターゲットに脅迫、イメージ操作のための動画の作成をし、その尻馬に放射能危ない派が乗ってる状況であると思われる.
その場合、今回の件は確実に名誉毀損・人権侵害にあたるので、早急な救済が必要と思う.
(引用終わり)
なんだか物々しいですが、私は「youtube動画やsutudy2007氏や群馬大学早川教授のまとめ、個人による誹謗中傷ツイート」を直接見たわけではないので、このことに関してはコメントを控えます。ただ、ネット上ではわかりやすい[敵]イメージが一旦作られてしまうと、そのイメージを信じ込んでしまった人たちには、何を言っても悪いようにしか解釈されないのだということは言えると思います。
私が注目するのは、今回アカウントを閉めざる得なくなった気の毒なmogmemoさんのご意見のこの部分です。
※~【訂正】以下の引用文の赤字部分がmogmemoさんのご意見です~
(引用開始)
原子力がらみの連載向けの取材で、「共同事実確認」という言葉を知りました。反対派と賛成派など意見が拮抗する人々の間で、少なくとも互いに共通する課題を決めて、議論を明確化する手法で、欧米では原子力の政策にも生かされているとか。こういうのがないのが、日本の危ういところかも。
※「共通事実確認」という言葉があるのか。共通の課題や目標を見つけ出すという作業は、2項対立を避けるために非常に重要なことと思います。放射線のリスクの問題については「楽しく長生き」を共通目標にするだけで議論すべきことが相当明確になると思うんですよね(引用終わり)
また、このブロガー氏のご意見のこの部分
(引用開始)
自分はこの意見に加えて、今回の件に利益相反という概念を持ち込むことに違和感を感じた.
放射能をまきちらす側(政府や東電)VS被害を受ける市民という場合に利益相反というのが成り立つと思う。
でも僕のような普通の市民の感覚では、すでにまき散らされた放射能についてみんなでどう対処すべきかということが一番の問題であって。
反原発VS原発推進 とか言ってる場合なの?と思うわけです。(引用終わり)
で、この紛争とブータンの流儀との関係は?
と思われましたか?
こうです。
ブータンの人々の幸せ感が強い理由に「自己肯定力」の強さがあります。
何か問題があっても人間の力では及ばないと考える範囲が広く、
他人も自分も責めない。
まずは「これでいいのだ」と現状を肯定し(つまり共通事実確認ですね)
そこから皆スタートするので、紛争が起きても解決への道筋を見つけやすいのではないでしょうか?
えっ?これでいいわけないじゃない、
放射能を播き散らかしたヤツの責任を追及しないのか!?
と思われましたか?
もちろん、それはそれで(政府や東電の)責任を追求することには誰も反対なんてしていません。(この部分では意見は対立していない)
そのことと、人々の間で起きている紛争を解決しより良い方法を皆で考えていくこととは別に考えた方がいいのです。
このことに気づいていない人があまりにも多いと感じる今日この頃です。
※訂正の追記をいたしました。
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