「そんな話し方はイライラする!一体何が言いたいの?」
と、夫に叱られてしまうことがあります。

私は気まぐれなので、いつもロジカルにしゃべるわけではありません。
何が言いたいのかと言われても、家庭生活では、いつも、それがわかってから話し始めるわけではないです。
とにかく話し始めといて、しゃべりながら考え、だんだん自分の言いたいことが自分で明らかになってくるということも多いです。

一般的に女性に、こういう話し方をする傾向の強い人が多いのではないでしょうか?

仕事でこういう話し方ばかりでは困りますが、家族間なら多少は許し合わなくてはいけませんよね。(と、みなさんに同意を求める。^^)

まぁ・・・下の娘が小さい頃、こういう話し方の傾向があまりにも強すぎ、しかも、しゃべり続けて止まらないのにはホトホト困ったのは事実です。
ロンドン日本人学校補習校1年生次の通知表にも、担任の先生のコメントとしてしっかり記録に残っています。
現地校では、話し方は幼いながらも積極的に自己主張することは、娘の長所として捉えてくれてましたけれど。

娘にディベートの訓練を勧めたきっかけは、まさに、コレだったわけで、
このブログを始めたきっかけも、私にとっての、まさにコレだったわけです。

夫 「言いたいことを、まず最初に要約、次にそれをいくつかのポイントに分けて説明、最後にまた要約・・・この手順で話せば、相手にきちんと伝わる。」
私 「はいはい、わかってます。でも、そういう気分じゃない時もあるんです。(自分だって、ブツブツ訳の分かんないこと言ってるときもあるでしょう)」

すみません、あまり理系家族っぽくない会話だったかもしれませんね。
でも、このシリーズ、忘れそうなくらい久しぶりだったので、リストを挙げておくことにしました。
よかったらどうぞ。

理系家族 会話その1

情報は多ければ良いってもんじゃない(理系家族 会話その2)
理系家族 会話その3
その感性は理学系?工学系? (理系家族 会話その3のつづき)
原発も自然の一部?(理系家族 会話その4)



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少し前、ツイッターで議論になっていた話題で私が思ったことです。

「災害などで悲惨な状況にある被災者に、千羽鶴や絵画などを送るのは迷惑行為。本当に困っている被災者に必要なのは現金。」
「とくに千羽鶴は、じゃまでも下手に捨てられない迷惑な代物でしかなく、そんなものを折る暇があるのだったら、その時間の分働いて稼いで、お金を寄付すべき。」

という意見に対し、

「お金で測れない価値だってある。」「気持ちがうれしいと思う人もいる。」
などの反論。

たしかに、災害直後の本当に悲惨な状況で、その日の生活に困っている人には救援物資や現金が良いと、私も思います。
だけど、比較的マシな状況の人には、芸術作品(折り紙や絵画を含む)が慰めになることもあると思います。

適材適所ってことなんでしょうね。

さらに言うと、災害直後の精神的余裕が全くない時には、そんなもの迷惑だと思う人であっても、しばらく経ち、少し落ち着いた頃には、芸術作品もうれしいと感じるようになるかもしれません。 

つまり、適時(ちょうど良いタイミング)ってことなんですね。

このタイミング、なかなか侮れません。
人の人生を左右する重大なポイントと、私は感じています。

自分の意志で何か行動するするとき、タイミングをよく考えないと、いくら適材適所の仕事であっても、上手くいきませんよね。

タイミングを間違えると、
歓迎されるはずのものも歓迎されなかったり、
誤解したり、されたまま縁が切れてしまったり、

今の時代、次から次へと情報が入ってきて、その処理に慌ただしい上、
自分で考える時間も確保しながら他人とのタイミングにも非常に気を遣わなければなりません。

自分の意志とは別に、
偶然のタイミングで人や何かに出会い(縁というのかしら?)、そういうのも積み重なって、今まさに、ここに自分がいるわけですが、

今は昔以上に、意識的な適時が大事な時代なんじゃないかという気がします。

適時適材適所

の方が、私にはしっくりくるかな・・・
みなさんはいかがですか?


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tomamさんの昨日の記事
放射性物質:民間も国基準でと農水省が食品業界などに通知
(元記事はこちら(毎日新聞 2012年04月21日)
にもコメントさせていただいたのですが、この件に関して私が今のところ考えていることを書いてみたいと思います。

この通知に対して、国より厳しい独自の放射能検査基準値を設けていた食品業界が猛烈批判。
消費者のコメントも反発ばかりが目につきます。

消費者の率直な気持ち、要はこういうことかな・・・

1 内部被曝はできるだけ避けたい
2 基準値は低い方が良い

まぁ普通の気持ちだと思うのです。私だってそう思っていました。

今も、1は同じ気持ち、しかし、2は考えが変りました。
なぜかというと、食品の放射能検査の実際の測定値を見て、心配していたよりずっと汚染率が低いことがわかったからです。
厚生労働省のデータや生協のデータ(検出限界10Bq/kg)でほとんどのものが不検出、たまに(多く見積もっても一割ほど)数十ベクレルのものが出たり
する程度です。それも基準値100Bq/kg以下。

半数以上の食品が汚染されているような状況だと、基準値にはとても意味があり、低いほど良いということになりますが、
ほとんどが汚染されていないような状況だと、基準値はあまり意味がありません。

良く考えてみてください。
いくら基準値が変ったところで、食品中に実際に存在する放射能の量が変る訳ではないですよね?

基準値で大騒ぎするよりも、実測値を見る方が合理的です。
本当は、各食品に放射能測定値を表示した方がいいのです。(正直に書いて逆に売れなくなるという現象が起きたりして困ったものですけど)
まぁほとんど食品が、国の基準、業界独自の基準に関係なく、検出せず という表示になるでしょうけれど。
実測値を見る限り、国の基準以下だが業界独自の基準を以上のものなんていうケースもあまりないと思えます。

思い込みで判断しないで、現実をよく見て考えてみましょうよ。

基準値は低い方が安全?
いいえ、変りません。

むしろ、低すぎる基準値では、検査に時間と手間がかりすぎて、検査できるサンプルも減り、検査漏れが出やすく、逆に安全でなくなる可能性だってあります。また、食品業界で使用されている放射能測定器の精度や手順がバラバラなので、測定値の信頼性の問題もあります。なので、国がその基準や手順のルールなどを決めて統一させることは、至極マトモなことなんだと思います。


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今年度は勤務地が遠く、通勤時間が往復3時間になりました。
しかし、通勤ラッシュの逆方向で電車も空いていて座れるし、読書したりいろいろ考えごとしたりするには悪くないな~と、通勤時間を楽しむことにしました。

ツイッターでも呟いてますが、
今日の記事は、手短に言葉遊びです。
一文の中に同じ言葉を繰り返し使って遊びますね。

真面目かどうか真面目に考えている 
やっぱり私は真面目だ
私ってすごいズボラなくせに真面目過ぎるのでたまには冗談も書かなきゃって思うのですが、
時々、自分が真面目か不真面目か分からなくなります。
存在自体が冗談のような気もするし(^^)
でも、こんなこと考えるのってやっぱり真面目だよね。

それは言い訳だと言って、自分の理解力の無さを
言い訳するのはいいわけない
自分が理解できないからと言って、相手のせいにするのはやめましょう。
最後の「いいわけ」は苦しいですけど許してね(^^)

裏には裏がある、それはつまり表だ
何事も裏にこそ真実が隠れていると思ってませんか?
裏の裏~と必死で探ってばかりいると大事なことを見落とします。
結局、真実は表にあるものかも
というか、物事の本質に表も裏もないですから。

人間の本質もね。
本ブログの人気記事です。→裏表のある人 


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今日の記事はあくまでも私の個人的な考えと印象です。
私の持っている情報も古いかもしれませんし不正確かもしれませんのでご了承下さい。

イギリスでは中等教育終了(日本の高1に相当)後、大学進学を希望する者はAレベル(As、A2の2年間)という大学入学資格取得のため勉強をします。
成績は単元ごとの試験と(科目によっては)実技実験、論文レポートなどで総合評価されるのだと思いますが、その成績が自分の希望する大学の要求基準を満たしていれば入学できることになります。科目数は普通3~4科目、内容的には大学の教養レベルの内容も入ってくるなど、日本の高校過程よりも専門的に学びます。それは、イギリスの大学は3年制で教養課程がなく、いきなり専門課程に入るというシステムの違いからもそうなっています。

日本の高校1年生の段階で、科目は自分の好きで得意なもの3~4科目だけに絞れるため、この点ではラクといえばラクでしょうか。
上位の大学に行くためには試験で満点近くをとらないといけませんが、言い方を変えれば、その試験は勉強した内容から素直に出題される問題だということになります。

一方、日本の難関大学受験の試験は、(センター試験は別にして)数学など50~60点取れば合格できるような問題だったりします。つまり、解けなくても良い問題が含まれているのです。でも、解くべき問題か解けなくても良い問題かどうかを見抜く力をつけるため、また、難問だってできるだけ解けるようにする技術を身につけるための受験勉強をしなければなりません。多くの高校生は、そのために塾や予備校に通い余計なお金を払うなど、とても無駄の多いシステムだと思います。

簡単に言うと、イギリスは資格試験、日本は競争試験なんですね。

うちの娘の場合の話をすると、不得意科目の成績が目も当てられないくらいひどいものなので、科目の絞れるイギリスのシステムの方が良かったのにな~と思ったことが幾度となくありました。しかし、最近、本当にそうなのかな?と思うこともあります。
外部模試の成績に比べ学校の定期考査の成績が芳しくない彼女の場合、いつも単元別の試験で満点近くをとらなければならないタイプの試験で、良い点が取れるのかどうかは疑わしいなと・・・(ーー)

まあどっちがラクかなんて、両方経験してみないとわからないことかもしれませんね。少なくとも受験にかかる費用と時間を考えると、イギリスの方がラクだと言えそうですが。(この比較は、日本から留学する場合ではなく、現地に住んでいる場合です。)


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