またまた ブログ更新をサボってしまい、お久しぶりになってしまいました。

ツィッターの方は、一応毎日続けていますので、
もし、ブルンは生きてるかな?と気にかけてくださる奇特な方がいらっしゃれば、
https://twitter.com/#!/brunbunby
を覗いてみて下さいませ。(^^)

いくつかブログに書いてみたいテーマはあったのですが、なかなかまとまった時間が取れませんでした。 また、時間があるときでも、そういう気分になれなかったりで、いつの間にか2週間過ぎてしまったというのが正直なところです。

さて、今日のテーマは「努力は報われるか?」です。
中高生の約7割が「努力は報われる」と回答 特に体育会系男女
(2012年05月31日 ガジェット通信)

約7割とは、すごいですね。「努力は大切」と教える日本の教育の成果でしょうか。
しかしですね、実は、努力して何かが達成できるのは、それ他の条件がすべて揃っていて、あと努力さえすれば達成できるという場合だけなんですよね。
必要なその条件は才能、運などでしょうか。努力できるというのも才能なのですが。それが分かるのは大人になってから。

私がこんなことを言い出すと、元帰国子女のくせに日本の体育会系空気にすっかり染まってしまった娘が、横やりを入れます。

「努力が大切なのは当たり前じゃん!って、後輩にそう言って説教した私はカッコ良い先輩なの!そんなこと言うママってウザい。」

はいはい、わかってます。
なにも私は努力が無駄って言ってるわけではないですよ~
ただ、努力は、がむしゃらにすれば良いってもんではないってことを言いたいのです。
もし、それ以外の条件が整っていない場合、努力は無駄になってしまいますから、
まずは、できるだけ条件を整える方向に力を注ぐべきだということですね。
とくに運は確率なので、できるだけ確率を上げられる環境にする。
例えば、才能を評価できる良い師、同じ志の仲間がいる教育環境に身を置けるようにするとかですね。

ところで、誰もが知っている発明王エジソンの言葉
「天才とは、1%のひらめき(才能)と99%の汗(努力)である」
Genius is one percent inspiration, ninety-nine percent perspiration.
Spoken statement (c. 1903); published in Harper's Monthly (September 1932)

は、努力の大切さを教える言葉として引用されることが多いですが、

1%のひらめきがなければ、99%の努力は無駄になるとか
1%のひらめきさえあれば、99%の努力は必要ないとか、

というネガティブな解釈も成り立つそうです。

気になったので、Wikiquoteで、この文の続きは見てみると

None of my inventions came by accident. I see a worthwhile need to be met and I make trial after trial until it comes.
What it boils down to is one per cent inspiration and ninety-nine per cent perspiration 
Wikiquote links) 

ひらめきは思考錯誤の努力を繰り返した中から生まれてくるようなことが書かれています。

1%のひらめきのために 99%の努力は必要条件で、十分条件ではないってことかな?

でも、たとえ1%のひらめきがなくて、その何かが達成できなできなかったとしても、99%の努力は経験という財産にはなり、
その経験を何か別のことに生かすことができれば、それはある意味で「努力が報われた」ことになるかもしれません。
つまり、なんだかんだ言っても、私も体育会系女子ってことですね。(^^)


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先日、友人夫妻を招いてわが家でディナーをした時のお料理です。
 


~メニュー~
初鰹、真だこ、桜エビ、粒貝 & 春野菜のサラダ

エゾ鹿のロースト、フィレのソテー、ズッキーニ
&エンドウ豆入りマッシュポテト

パウンドケーキの苺と無花果シチューがけ
&キャラメル入りアイスクリーム


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ワインは大人4人でこれだけ開けてしまいました。
ラ・ミッション・オーブリオンの1994年は娘1が生まれた年のワイン
1ダース買ったのですが、大切な友人が来てくれた時にだけ
特別に開けます。
本人が21歳になるときに数本残っていれば良いということで(^^)



最後に今さらですが、娘2がiPadで撮影した金環日食の写真。


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では、みなさん、楽しい週末をお過ごしください。


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この記事を読んで、半年程ぶりに自分のフェイスブックFBのアカウントを覗いてみました。アカウント作ったのは3年近く前。娘が英国のカレッジのサマースクールで知り合ったお友達たちと一緒に作ったのを聞いて、自分も負けじと真似してみたのです。



しかし、ほとんど使ってないです。(未だに使い方が良く分かってない)元お隣の息子さんの結婚式の写真や、娘の元バイオリンの先生の還暦パーティー写真やらを見ることができたぐらいでしょうか、私の場合ほとんど英国がらみですね。



娘の方は、しっかり使いこなしているようで、私たち夫婦の友人と、ちゃっかり親より先にFC友達になっていたりしています。

先日、わが家にSW11 Kitchen さんご夫婦が来て下さったのですが、親が知らなかった娘の最近のある行動を彼らに教えてもらったりしました。

見守ってくれていて嬉しい(^^)ですが親として情けない(++)ような複雑な気持ちですね。



一方、私が毎日眺めているのはツイッターです。使い方がシンプルなので好きなのです。

通勤途中でも電車などの遅延情報、最新ニュースが得られるし、人間関係など気にせず、興味関心が合えば誰とでも気軽に意見交換ができるのが利点です。

もちろん短所もあり、私もブログで何度か取り上げているように根拠のないデマの拡散にはツイッターは強力なツールとなり得ます。

なので、復讐の手段としてあり得るかもしれませんね。FBについてはよくわかりませんが。



いずれにしても、ハマり過ぎてツールそのものに振り回されないようにしたいものです。



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久しぶりの更新で、近況報告です。

4月からの新しい職場は通勤時間が今までで最長ですが、(私は非常勤で無理がないですし)職場環境にとても満足しています。
(自分の好きな仕事を、ほぼ自分のペースで続けられ、いざとなったら勤務時間を増やすことも可能だなんて、今のご時勢、とても恵まれていると思います。)
今年度の職場は特に、理科教師にとっての環境が素晴らしいのです。優秀なプロの科学技術系専門技師さんもいらっしゃるし、大学・大学院並みの分析機器も揃っています。生徒も理系オタクが多く(笑)、少数派が多数派になった嬉しさからかもしれませんが、輝いて見えます。☆☆☆

また、今年高校に入ったうちの娘も、私の勤務校とは違いますが、理系進学を意識した選抜コースで新しいスタートを迎えました。そこは高校生ながら科学論文も読ませ研究もさせる方針のようですので、私の勤務校との共通点がかなりありそうです。

こんな感じで、面白そうな研究のことなど、公私共に楽しみにしていることも多いです。 差し支えない程度にブログでも紹介しようと思っています。(娘個人の研究内容や特殊な教育については、アメンバー限定記事にします。)


さて今日は、どちらの学校にも共通している(おそらく、最近はほとんどの学校にそういう傾向があるのだと思いますが)、ちょっと気になったことについて書いてみます。

娘は将来なりたい職業が決まっているわけではありません。
(わが家では、高校3年生の上の娘ですら理工系ということしか決まってません。)

しかし、高校生活が始まって、まず、書かされたことは、
「将来のなりたい職業、目標を決めること」
でした。
クラスメートの多くが書いているのは
「医師になりたい」「科学者になりたい」「エンジニアになりたい」etc.

わざわざ理系に特化したコースを選んでいるわけですから、具体的に就きたい職業が決まっていたって、ちっとも不思議ではない、むしろ自然かもしれません。また、それが決まっていると必然的に、医師なら医学部と、大学受験の具体的目標もできてきますから、早ければ早いほど、準備時間が長くとれるという良さもあります。

しかし、将来就きたい職業が決まっていない娘は、なかなか書けずに困ったそうです。
とうとう
「じゃあ、なんで、ここに来たの?」と問われ、

「ただ理科が好きで、実験が好きだから」

と答えたそうです。

まぁその後、いろいろ先生に相談に乗っていただいたそうなんですけれど、
結局、どんなふうに書いたのか私には教えてくれませんでした。(*^_^*)

しかし、私は↑ のように聞いて、とても安心しました。
それが一番大事なこと。就きたい職業なんて決まってなくても一向に構わない。
好きなことを思いっきりやったらいいよ。
と思いました。

私の勤務校でも、キャリア教育として、大学の先生や企業技術者の方の講演会や見学会等が頻繁に実施されます。

先日の講演会も
「理工系は就職が有利です。皆さんは理工系技術者として誇りを持って生きていけるように頑張ってください。」

という講演者の呼びかけから始まりました。

もちろん、講演の内容そのものは専門的で興味深かかったので、それはそれでいいのですが、
しかし~高校に入ったばっかりで、なんで就職の話なの・・・と、感じてしまったのも事実。

今は就職難の時代だから、高校生が就職のことを第一に考えるのは当然のこと?大学は就職のために行くところ?
確かにそういう面もあるので、多少は考えるべきですが、

何か違う。

就職に関係なく、将来役に立つか立たないかにも関係なく、
若者には、一度は学問の世界にどっぷり浸かってみてほしい。
人生には、そういう時期があってもいいし、いや、あるべきだと思うのですが...

まぁ何はともあれ、新しい環境、何があるのか楽しみです♪


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昨日から今日にかけてツイッターで見かけた、瀬戸内寂聴さんの発言に対する批判を読んで考えたことです。

瀬戸内寂聴さんら、反原発のハンスト参加

2012年5月2日11時34分  読売新聞)
関西電力大飯原子力発電所3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を巡り、反対を表明している作家の瀬戸内寂聴さん(89)や澤地久枝さん(81)らが2日、東京・霞が関の経済産業省前で反原発の市民団体が行っているハンガーストライキに参加した。・・・

その瀬戸内寂聴さんのインタビュー内容は
こちら

「わたしが生きてきた90年でね、こんな悪い時代はなかった」瀬戸内寂聴さん・モーニングバード5/3(書きだし)
(2012年5月3日 テレビ朝日モーニングバード)
・・・日本は原爆を2度受けてて、
わたしが生きてきた90年でね、こんな悪い時代はなかった、って言っているの。戦争中の方がね、まだ、ましでしたよね。・・・

それに対する大阪大学の菊池誠先生の批判ツイート

・・・瀬戸内寂聴は本当に、戦争中のほうがましだったなんてことを言ったのか! これはどうかしているとしか言いようがない。なぜ、そんなことを軽々しく口にできるのか、まったく理解できない。この通りだとするなら、この人は完全にダメな人だと思う・・・
その他ツイートまとめ↓
瀬戸内寂聴氏「戦争中の方がまし」とはあまりに酷い

その菊池誠氏の批判についてジャーナリスト江川紹子さんのツイート

・・・兵士や軍属など約230万人が戦死し、80万人の一般市民が空襲などで命を失った戦争中の方がましだった、という発言は残念というか、ダメだと思う

言論・表現の自由という点でも、今より「戦争中の方がまし」ということはないと思います。現に瀬戸内さんは彼女の権利として政府に公然と抗議をし、それをメディアが好意的に報じるということがなされているわけです。戦時中は「横浜事件」のような酷いでっち上げ弾圧もあった。

生き方が尊敬できる人の発言だからといって、一途に一つの道を歩んできた人の主張だからといって、その発言や主張が正しいとは限らない。生き方や生活ぶりが残念に思える人の発言だからといって間違っているとは限らない-ってことを、よく心がけとこ。何しろ、今は未曾有のことが起きているんだから・・・ https://twitter.com/#!/amneris84

もちろん、この批判に対する批判も湧いてきていましたが、
私は、江川紹子さんの
生き方が尊敬できる人の発言だからといって、一途に一つの道を歩んできた人の主張だからといって、その発言や主張が正しいとは限らない。生き方や生活ぶりが残念に思える人の発言だからといって間違っているとは限らない
という意見に全く同意します。

長く私のブログの読んで下さっている方ならお分かりかと思いますが、これは私の信念にも通じます。
どんなに人格者であっても間違いはあるし、どんな極悪人であっても主張が正しいこともある。
物事(人)の白黒、善悪なんて、そんなにはっきり決められるものではない、ということです。

常々思うことなのですが、
日本人は、意見と人格を分けて考えられない人が多いと感じます。
反対意見で攻められると、自分の人格まで責められている様な気持ちになって怒り出す人も多い。
したがって、ディベートが苦手ですね。
文は人なり」とも言いますし、日本の独特な文化なのでしょう。
ただ、私はこれには、心情理解を大切にする日本の国語教育にも責任があると考えます。
自分の経験から、ディベートも訓練すれば上手くなることを知っていますから、教育が大事だとつくづく思います。

瀬戸内寂聴さんは生き方の素晴らしい方だということには変わりないですが、あの発言は??だったということだけのことですね。


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