リューゲンの恋
「せっかく好きになりかけたこの気持ちを壊してしまわないで」
俺が愛した女はそういってた。
惚れたら話したり笑ったりでは足らず、抱きしめて滅茶苦茶にしてしまいたくなる衝動、肉欲みたいなものだってそりゃあるけど。
守りたいようなそれでいて指先で触れることさえためらってしまう瞬間もある。
それが愛なのか恋なのかまではわからなかった。
それでもそのときは俺は間違いなくあいつを愛していたんだよ。
・・・・・・・・・いつのの記憶?
マリアの目はトロンとしている。
精神の衰弱が激しいのだ。
喪失感に苛まれるマリアに、彼女とは違う恋の思い出をしばらく語ることにした。
リューゲンとターシルがメレフに到着し、マリアと合流するまでのことも話さなくてはいけない。
黄昏どきに思う
散らばったカカオ豆と読みかけの本を眺める。
床の上を片付けてくれるアネットはもういない。
誰もいない部屋でマリアはただぼんやりしていた。
甘いものばかり食べてはいけない、と母親のようなことを言うアネットが仕入れてきたカカオ豆をヨーグルトに混ぜる食べ方はマリアの好きなものだが、ここ2、3日はそれも口にはしない。
何も口にできない。
待っていればリューゲンたちがくるだろう。
死んだ者の魂のために祈るには僧侶である自分の専門分野だ。
ガランとした部屋に差し込む夕日がマリアを照らし、それは彼女をとても美しくみせたけれど。
マリアにはそんなことはどうでもいい。
いまは心に できた溝を埋めるものを探さなければならない。
カカオ豆では駄目なようだ。
文字盤に浮かんだ死
リューゲンとターシルは久しぶりにメレフへ向かった。
彼らのもつ通信用の「光る石」がマリアからメッセージを受信したのである。
人の頭ほどの大きさの石には文字盤が嵌め込まれており、そこに受信した文字を光と共に浮かび上がらせる。発明したのはスペルユーザーのハ・ティム。
現在は別行動中の男だが。
「マリアの金切り声が聞こえるみたいだな」
最初にメッセージを読んだのはリューゲン。
サムソンとの勝負(?)以来、あまり口をきかないターシルも、それには反応した。
「また”わたしのチョコレート食べたの誰?”かな」
「ターシルよお、お前もあいつの変な癖覚えてるよな。あいつの甘いものにかける情熱ってのはな・・・・いいや・・・どうでもいいんだ。でかい問題はアネットのことだよ」
「マリアといるんだろう」
そういってターシルも文字盤を覗き込む。
「・・・・死んだのか」
「行くか、メレフ」
「あの二人そこにいたのかい?」
アネットはフェルナンドたちを支えてきた女性。
長い間マリアの身の回りの世話をしていた。
以前の旅で心と体に大きな変化が生じたマリアを、一人で暮らすのは危険と判断したリューゲンがアネットに付き添うことを頼んだのだ。それは25年前。
その頃アネットは40歳ほどだった。
こうやって”人”でなくなると人間には寿命があり、それが当たり前であることが・・・・”当たり前でなくなる”。
メレフは緑の王国とも呼ばれる自然豊かな国。
マリアが平穏に暮らしていくにはよかった。
問題はそばにいる信頼のおける者の死。
そういったことには慣れていたつもりが、突然の訃報に動揺すると不意にまともな人間に戻れた気になるから勝手だ、とリューゲンは思う。
マリアよ、なんか食ったか?
そんなメッセージを送り返したが何も返ってはこない。
リューゲンとターシルがメレフの領域に入ったのはそれから2日後。
マリアにもあと何十年か生きていてもらわなければ。
そう思ってリューゲンは自分に嫌気がさした。
自分たちはそのためだけに彷徨っているのかと自問したくなる。
未来からの敵
・・・・・・・・・・・・・。
目の前に実体化した魔物は未来の存在。
倒すことはかなわない。
それは120年後、本当の意味で復活するという。
フェルナンドたちは早すぎた。
天災がリースロットを襲った。それだけが現実だった。
そこにいるのは未来からの幻像。
幻像であるはずの敵は直接攻撃を可能とした。
対峙し、戦うことはできても倒すことは不可能。
120年後の「未来の存在」は「過去の時代」では倒せないのだ。
”魔術書”が語った真実は、倒すことのできない魔物の恐怖。
*先に解説
この世界はフェルナンドたちにとっては未来にあたります。
ミリアムやサムソンたちは彼らが普通に生活していた時代から、30年ほど未来の時代にいることになります。
フェルナンドたちが追い詰めた人間の敵にあたるモンスターは、過去にほかの冒険者に倒されたものが、半分だけ復活した状態であり、完全に蘇るのは数十年後というものです。
上級デーモンであるため完全な姿でなくても力を発揮できるが、実体化できていないためフェルナンドたちからの直接攻撃を受けないですむのです。
