小雨の降る中、重要文化財に指定されている五校記念館(旧、本館)に向かう。
旧制五校では本館の他に、この赤門と実験棟の三つが重要文化財に指定されている。
この門を入ると、熊本大学黒髪地区の北側、文科系を中心としたキャンパスがある。
門の横には、重要文化財であることを示す石板が置かれている。
五校記念館は、本当に良く保存されている。
ここから多くの政治家、官僚、経済人、芸術家が排出された。
校風は、剛毅木訥(ごうきぼくとつ)。
全寮制であり、寮歌は武夫原頭(ぶふげんとう)。
始めて建物の中に歩を進める。
記念館の入り口から後ろを振り返ると、まるで森の中に建てられた城のような錯覚に陥る。
木々が大きく視界を遮り、都市の中にいるとは思えない静寂を生み出している。
若く情熱に燃える若者たちがここで学び、この廊下を行き来したのだろう。
その中には、池田勇人や佐藤栄作も居た。
そして、寺田寅彦や木下順二も居た。
五校は1887年(明治20年)に設立された。
そして1950年(昭和25年)に廃校となり、63年間の歴史に幕を下ろした。
夏目漱石やラフカディオ・ハーンもその中に含まれる。
漱石が1897年(明治30年)10月10日の第10回開校記念日に、教員総代として読んだ祝辞が残っている。
英語の教師であった漱石が出題した試験問題もあったが、なかなか難しい。
当時の旧制高等学校生は、こんな問題を解いていたのかと驚かされる。
キャンパスには漱石の像がある。
ちょっと頭でっかちでバランスが悪いが、本人の実像なのだろうか。
記念館の方に教えてもらって漱石像を探し出したが、三点セットをご覧くださいと言われた通り、漱石像と句碑と記念式典の祝辞碑の三つがある。
これが漱石の句碑。
そしてこちらが、先程記念館の展示室で見た祝辞の一節を刻んだ記念碑。
雨に塗れ、刻まれた文字がほとんど見えないが、「夫れ教育ハ建国ノ基礎ニシテ、師弟ノ和熟ハ育英ノ大本タリ」と書かれている。
別の場所には、小泉八雲、ラフカディオ・ハーンの石碑もある。
和装に身を包んだハーンが刻まれた、大きな石板である。
その横には、ハーンが五校の教員であったことを記したプレートが置かれている。
ハーンの英語の試験問題も難しかった。
熊本大学構内にある、旧制五校関連の記念品の数々に学んだ一日でした。






