BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞 -36ページ目

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞

BRONZE FIST RECORDS since 1995.

1月16日・月曜日、昼過ぎに起床。阪急バス/御堂筋線で心斎橋駅へ。

この日はUK Oi!レジェンド・ANGELIC UPSTARTSの大阪公演。

PM3:30にメンバーの宿泊先の帝国ホテルのロビーに集合、既に到着していたメンバー3人に「こんにちは」笑顔で迎えてもらった。最後にロビーに降りて来たMensi氏は貫禄十分だった。

Guitarを一本、かかえて5人のメンバー+VINYL JAPANのN社長とIさんと共に徒歩数分の会場・MUSE HALLへ。

リハーサルは何故かMensi氏抜きで「Teenage Warning」を繰り返す。ギターが二人の5人編成。 サウンドチェックには納得したようで、“Perfect!” との声と共に終了。

メンバーはしっかりした人達で、特に私の仕事もなく、ビール片手に会場前に集まっていたお馴染みの皆さんと歓談。

PM7:00に開演。オープニングアクトのPROUD HAMMERSは秋に見たときよりも前のめりで良かったです。ラストは「Strong Bond」でした。

そしてANGELIC UPSTARTS。1977年に炭坑夫だったMensi氏を中心に結成、何度かの活動停止を経て現在も活動している彼ら。
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一曲目の「2,000,000 Voices」で初っぱなから客を引き付ける。そして「Never ‘ad Nothin」「Last Night Another Soldier」「Leave Me Alone」「Shotgun Solution」「Solidarity」「England」「Machine Gun Kelly」「Police Oppression」…。(順番通りではないです)

失礼ながら正直、ライブにはあまり期待してはいなかったのですが、演奏は引き締まっていて迫力もあり、予想外に良かったです。ビールが進みました。
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個人的に一番好きな「Woman In Disguise」もやってくれました。曲順は決めていなかったようで、曲が終わる度にメンバー間で相談して決めていた様子。

左のギターはLeatherfaceのDickie氏、ドラムはCrashed Outのメンバー、そしてベースのGaz氏はRed Alert、Red London、The Rebelsなどを渡り歩いており、Red Alertで来日経験があるそう。

お客さんの数は少ないながらも久々にお会いする方が何人もおられ、最前列でノリまくる滋賀のYさんとUさんの御様子も含め、ほとんどが見知った人達だったこともあり私にとっては非常に楽しい空間でした。
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終演の合図だったのか(笑)「White Riot」「If The Kids Are United」のカバー2曲でライブは終了。

メンバーは楽屋でサインや記念撮影に笑顔で応じておりました。何とMensi氏は現在、タイ国・パタヤにお住まいとの事で、連絡先を教えてくれました。オムニバスCD「JAPAN-THAILAND CONNECTION 2011」と、タイでの私のイベントの様子が掲載されたMOBSPROOF誌・最新号を渡しました。

先日のMENACE・THE BOYSの時と同じく、Barブルーストーンのタカシ氏がメンバーに一杯ずつ御馳走してくれる旨、伝えると「分かった、行こう!」と言うことになり一度、ホテルに戻った後、皆さんでブルーストーンへ。
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例によって壁にサイン。
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明日の午前には飛行機に乗るとの事で楽しい宴は小一時間でお開き。いつかまた海の向こうでライブを見たいバンドが増えました。

帰りは20年振りくらいにタクシーで帰宅しました。


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(その2の続き) MENACEとTHE BOYSの大阪公演の翌日、観光に同行させてもらい、MENACEの皆さんの千日前の「がんこ」での夕食に同席させてもらった。このメンバーで旅をする事もそう頻繁ではないであろうし、部外者の私が居合わせる事が出来、光栄であった。

Noelが追加で熱燗をオーダー、私にも振る舞ってくれた。そして退店時、私のテーブルは8000円、と三人で割るには中途半端な金額だったが「君は2000円で良いよ」とNoel夫妻。些細な事ではあるがこの気遣いに英国紳士・淑女たる所以を垣間みる(言い過ぎか)。

THE BOYSのファンでもあるアメリカ村のBARブルーストーンのTakashi氏から、是非とも両バンドをお店に連れて来て欲しい、皆さんに一杯ずつ御馳走してくれると連絡がありMENACEの皆さんにその旨を告げると是非とも行こう、となった。さっき電話番号を聞いたTHE BOYSのDuncanにもこの旨、SMSを送ると「Ok, 10 mins after」との事。

一度、ホテル前に戻って、お一人だけ奈良観光には参加しせずホテルで休んでいたTHE BOYSのメンバー(すみません、お名前がわかりません…確かLondon SSにも居た方)も合流し皆さんでBARブルーストーンへ。Takashi氏、笑顔で歓迎してくれた。

ストーンズをリクエストしたり皆さん、お店の雰囲気を気に入った様子。「うわー、こんな良いバーがあるなんて、大阪に着いた夜から来たかったよー!」
$BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-Guitarを弾くNoel

皆さんのビールが揃った所でカンパーイ!私まで一杯、御馳走になり恐縮。ツアーの2バンドでの慰労会的な場を設けるキッカケを作ることが出来た事に対し、自分自身の中だけで勝手に悦に入った。

連れて来る前は「一杯、飲んだら帰るけど良いかな?」などと言っていたMENACEのメンバーも、ほとんどがもう一杯注文していた。お店のGuitarを弾いたり歓談したり壁にサインしたり、皆さん楽しんでおられる。お連れして良かったです。
$BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-壁にサイン

MENACEのFinnの奥さんの御両親はバンコクの東部にお住まいとの事。「ラチャダナイトマーケットでは最近、PUNKのフリーギグがあるんですよ」と言うと驚いていた。ブルーストーンに渡していたオムニバスCD『JAPAN-THAILAND CONNECTION 2011』のジャケットを見せたら皆さん、興味深そうに見てくれた。

小一時間後、MENACEの御一行はホテルへ戻るとの事。それぞれと記念撮影して固い握手で別れを告げた。そしてTHE BOYSのお三人のみが残り、セッション大会。客はTakashi氏と私のみ。いや~、70'S PUNKの生き証人の生演奏、たまりませんね。
$BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-Duncan

約13年前の来日時には無職だったDuncanはその後、事業で成功し、困窮している昔の仲間たちのために3年前にTHE BOYSを再結成したと言う。ええ話やんけ。そして前日のミューズホールでのライブを最後にTHE BOYSを脱退するに至った。

VINYL JAPANのIさんから「朝までコースかも知れませんよ」と聞いていたが結局、AM1:00過ぎにTHE BOYSお三人はホテルへ戻るとの事。一緒に写真を撮って、Duncanには改めて「滞在中、何か困った事があったらいつでも連絡下さい」と伝える。
$BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-DuncanとTakashi

皆さんが帰られた後、一人でまったり飲ませてもらった。唐揚げを御馳走になったりした後、Takashi氏に感謝の意を伝えてBAR UTRへ移動。

最近、興味のあるブラックメタルの音源を何枚か聴かせてもらいながらハン氏とあれこれ話す。それにしてもブラックメタルの定義、て難しいですね…。

どうせ始発コースになるならMENACE・THE BOYS御一行が伊丹空港へ出発すると言う早朝AM5:20に見送りに行こう、と思いAM5:00過ぎに帝国ホテルのロビーへ。行くとちょうどSteveがエレベータから出て来た「Morning!」そしてN社長、Iさん、メンバーの皆さんが続々集まる。

すでに空港までのバンが来ていたので乗り込む皆さんを見届ける。「また会おうね!」声を掛けてもらい、改めて握手を交わす。…あれ、ゆうべ最後までブルーストーンに残っていた、奈良に来られなかったTHE BOYSのメンバーがまだ出て来ない。N社長が様子を見に行くとどうやらまだ寝ていたようだ。

20分ほど待ったが出て来ないのでMENACEのFinnが痺れを切らし車から降りて来て「もう、間に合わないなら彼(私)に後からタクシーで連れて来てもらおう!」と言った瞬間、エレベータから出て来て一安心。無事に御一行を見届けました。

心斎橋駅から御堂筋線に乗車し座った途端に眠りに入って、気がつくと緑地公園駅でした。有意義な二日間を過ごす事が出来ました。N社長、Iさん、お疲れ様でした。


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(その1の続き) MENACEとTHE BOYSの大阪公演の翌日、奈良観光に同行させてもらった話の続きです。

のんびり写真を撮りながら歩くMENACEのバックのお三人と共に東大寺の大仏殿に入場。大仏の周りをゆっくりまわって出口付近の土産物屋の辺りでようやく先行のTHE BOYS勢と合流。

大仏殿の入り口横の、自分の身体の良くない部分をさわるとそこが回復すると言う仏像にみんなで群がり、Duncanなど子供みたいに仏像によじ上って首?の辺りをさわっていた。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞

みんな揃って徒歩でゆっくり近鉄奈良駅へ。私は途中、スーパードライを購入。同じ場所でソフトクリームを購入し夫婦で頬張る人も。来る時と同じく特急に乗って難波駅へ向かう。

途中、窓から見える夕陽がとてもきれいで、皆、それぞれデジカメで撮影。でも夕陽なんて英国と変わらない…よね?笑

VINYL JAPANのIさんがNoelと話していると、側にいた乗客のおっさんが「え?Noel?Noel Gallagher?」と話し掛けて来た。居る訳ないやろ。まぁ雰囲気のあるイギリス人の集団ではあったが。

PM5:00過ぎ、近鉄難波駅着。午前中から一緒に居たので心を開いてもらえたのだろうか、ホテルまで歩く間に諸々の興味深い話を聞いた。MENACEのGuitarのSteveはグレンマトロックなどのマネージメントを行なう会社にいる(経営?)との事で名刺をくれた。

THE BOYSのDuncanはこの週末まで、婦人と大阪に滞在されるとの事で、何か困った事があればいつでも言うて下さい、と連絡先を交換した。

MENACEのVocalのFinnは、私が好きな80年代の色んなバンドと仲が良く(確かSection 5の名前も挙げていた)、かつては彼自身もKilling Jokeのようなバンドをやっていたそう(バンド名失念…)。

まだ名残惜しかった私は、皆さんがPM8:30にホテルのロビーに集合し、食事に行くと聞いて参加させてもらう事に。

帝国ホテル前でひとまず解散…する前、私がある事を告げると全員が歓声を上げ、笑顔で私に抱きついたり握手を求めて来た。(理由が知りたい人には個人的にお話します。笑)

取りあえず眠たかったので久々に朝日プラザの3時間コースで入浴+仮眠。ほとんど客のいない風呂が気持ち良く、短時間だったが熟睡も出来てすっきりした。

約束の時間に再度、帝国ホテルへ。あれれ、THE BOYS勢とMENACE勢に分かれて歩き出したぞ、うーん…咄嗟の判断でMENACEチームの金魚の糞となり再び難波方面へ。

Steveが「ここに行きたいんだよ」と、英語のトラベルガイド上にある千日前の回転寿司屋を指したので、差し出がましくも私が先導。途中、グリコの巨大ネオン前で記念撮影。歩いている途中、金龍ラーメンが珍しいのか、Steveが外から動画を撮っていた。
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目当てのお店付近に到着したが、店が見当たらない…(多分、潰れていたと思われる)。「海産物以外のものが食べたい」と言う者もいる、と言う事で結局、がんこに入店。割高なんでちと心配したが、彼らにとっては日本最後の夜なんで、まぁ散財しても良いのだろう。Noel夫妻と私の三人が同じテーブルになった。

セットの種類が少しややこしいので助言しつつも我々三人は割とすんなりオーダーを決めたが、隣テーブルのFinn夫妻、Steve、Charlieの4人はあーでもない、こーでもない、とメニューをゆっくり見ていて結局、30分くらいかかっていた。しかしそれも含めて旅の楽しみだし、微笑ましい。

とりあえず皆さんのドリンクが揃ったところでカンパーイ!日本遠征、お疲れ様でした。
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隣に座ったNoelに「13年前に英国へ行った事があって、Hope And AnchorでThe Xplosionsと言うバンドのライブも観ましたよ」と告げると「おー!Hope And Anchorは昔、月に何度もライブをやったよ!」

さらに「何の仕事をしてるんですか?」と聞くと「旅行者に同行して『ここは行ってはダメです』とか言うんだよ」…私の英語力ではそれしか判らず。汗

(その3に続く)


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前日のMENACE/THE BOYS/BOOTed COCKSのライブから終電で帰宅、少し吐きそうだったが何とかブログを書き切った後、AM5:00頃にようやく就寝、何度か目が覚めPM10:00前に飛び起きて慌てて用意し外出。

MENACEとTHE BOYSの御一行が帰国前に奈良観光をされると以前から聞いていて、参加させてもらいたかったので、この日は(この日も)予定を空けておいた。

VINYL JAPANのIさんに承諾を得て参加出来る事になり「AM11:00に帝国ホテルに集合」と言う事で心斎橋へ向かう。

10分ほど遅れて到着するとまだ全員、集まっていないようだったので一安心。みなさんに笑顔で「Good morning」

THE BOYSはDrumが今朝、関空から帰国、もう一人はホテルで寝ているとの事、両バンドのメンバー合計6名+同行の嫁はん達3名、Iさん、私の合計11名で近鉄難波駅へ歩く。一様に黒い服を着た英国紳士の皆さん、朝から非常に元気。

MENACEのDrumのNoelは杖をついた嫁さん連れで当然、みんなより遅れ気味になるので出来るだけ私も歩くペースを御夫妻に合わせる。

15分ほどで駅に着いてホームで奈良行きの特急を待つ。昨日、自身の最後のTHE BOYSでのライブを素晴らしいステージングで終えたDuncanが「奈良までは何分くらい?」Iさんが駅員に聞きに行き「35分くらい」「Oh, ok」

始発駅だったのでみなさん何とか座る事が出来て奈良へ出発。



PM12:30頃、奈良へ到着。奈良公園方面へ向かう。元気な人達は先へ先へと進む。誰もはぐれないように、最後尾のNoel夫妻と先頭グループが見える場所で間合いを取る。しかしもう少しゆっくり歩きましょうよ…。
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途中でシカに遭遇、撫でたり一緒に撮影したり、みなさんの顔がほころぶ。そして興福寺に到着。五重の塔の前で記念撮影しまくる御一行。
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しばらくして石の階段を下りて三条通へ出る。店頭で餅つきやっているのを興味深く眺める。出来立ての餅や煎餅を頬張る人も。

昼食の時間と言うこともありPM2:30に五重の塔の前に集合、と言う事になり一度、解散。



THE BOYSのJohnは単独行動が好きな様子で、三条通へ消える。Duncan夫妻とMENACEのVocalのFinn夫妻も別行動。

私はMENACEのバックのお三人とIさんと共にメシ食う場所を探す。そう言えば
奈良NEVER LANDでPUNKのライブが頻繁にあった頃、打ち上げでこの辺の白木屋、つのふりに良く来たっけ…。

Noelが「Sushi…」との事で寿司ある店を探す。しかし最終的に寿司は夕食に、て事でマクドナルドに落ち着いた(笑)。私は朝から何も食ってなかった事もあり、がっついたよ超久々のマクドを。

コーヒーのみを飲んでいるMENACEのGuitarのSteveは「次はワイフと来るんだ」と奈良の観光地図を熱心に読んでる。

Noel夫妻は40年以上、連れ添っているとの事。日本に来られて良かったですね…。

失礼ながらおじいさん、と言うてもおかしくない雰囲気のBassのCharlieに「ホテルの近くだと、ここが安い食堂ですよ」とニューライトの場所を地図上に書いてあげた。



集合時間に合わせて店を出る。五重の塔までは再度、石の階段を上らなければいけないのだがNoelが奥さんを気遣って「こっちの道路を行ったらさっきの場所に戻れるんじゃないかな?」との事だったが、戻れないのでは?と言う事になり再度、少し急な石の階段を上る。

五重の塔前に着いたら結局、Noelの言うた道でも戻れた事が分かり「ほら言った通りに来られたじゃない!(笑)」「あ~、ごめんなさいー(汗)」

大仏を観るために東大寺へ向かう。結構、距離があって30分くらい歩いたかな?

のんびり写真を撮りながら歩くMENACEのバックのお三人に目を配りながら歩いていたら、大仏殿に入る頃には先頭グループは完全に見えなくなった。

何気にCharlieとSteveは夫妻からはあまり距離を置かないようにしていた。よく考えたらこのお三人は70'S PUNKの仲間同志な訳で、部外者からは見えない絆もある訳だ。

「一人500円ですよー」大仏殿に入場。Charlie「この建物はオリジナル?」いや、おそらく違いますね。「ここはブッダ?シントー?」Buddhismですね。
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(その2へ続く)



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日曜日、鳥取のライブに参戦、25日(月)の昼過ぎに高速バスで帰宅、寝たり起きたり疲れが取れぬまま26日(火)のAM8:00起床。

燃えるゴミを出して諸々、家事を片付けて郵便局行った後、散髪屋行ってからスーパーへ。かき揚げ・いなり寿し・冷凍のソバを昼食に購入。かき込んだ後、PM2:20、家を出る。

バス停へ行くと丁度、バス来てて最寄り駅まで5分。で、中百舌鳥行きに乗ってPM3:00前、心斎橋着。

MUSE HALLに着いたら、上から「社長~」見上げたらJ(BOOTed COCKS)。階段を上って3Fに行ったらTAXXとお兄ちゃん(Drのヒロキ氏)が既に来てた。

VINYL JAPAN presents『LONDON PUNK SESSION』、英国から70'S PUNKのTHE BOYSとMENACEが先週末の東京公演2デイズに続き、移動日をはさんで来阪。

しばし佇んでいたらエレベータからやや年配の白人のおっさんら、大量に出て来た。「おはようございますー」「ハーイ」適当に愛想する。2-3回に分けて上がって来はった。嫁さん帯同の人もおるみたい。

一番カラのごつい、Jolly Rogerて書いたTシャツ着た、眼鏡のおっさんが「Beer…」言うて我々の前を横切り、ウロウロしてたので「ここでは酒はオープンしてからしか売ってませんよー、今、飲みたいの?」と丁重に尋ねたら「Ok, later…」。

会場に入り、セッティングの様子を眺める。しばらくしてリハ、スタート。トリのTHE BOYSからだ。カウントと共にメンバーが一斉に出した音に、初っぱなからブッたまげる。やるのぅ。

THE BOYSは、キーボード含む5人編成。オリジナルメンバーのVocal/Bass DUNCANが今日で最後なのだ。

数曲ですぐに終了。引き続きMENACE。さっきの眼鏡の大きい人はVocal/Drumだった。リハでは、この人がリードVocalを取る曲が多かった。見た所、平均年齢はMENACEの方が高め。

リハで 演奏した内、知っている曲は(多分)「LIVE FOR TODAY」のみ。あとのは再結成後に発表した音源の曲かな?

オンタイムで進行し、PM5:20頃からBOOTed COCKSのリハ。さすがはMUSE HALL、最初から良いバランスだ。少しKeyが聴こえにくい気がしたのでJにGuitarを下げた方が良いかも?などと伝えつつ、リハ終了。

ステージ裏から3Fの楽屋へ。マーチンの差し入れのビールを私も頂く。有難うございます。少し歓談した後、6人で近くのラーメン屋へ。私だけ焼き飯、後の5人はラーメン。

食ってたら、MENACEの御一行が入店。我々が食べ終わったくらいにオーダーしていたが、MENACEの様子を見たら少し困っていたので仕方なく「May I help you?」などと店員との間に割って入る。

メニューに載っている分量が、一人分かどうか分からないようだったので「1 dish for 1 person on this menu」などと言うたら「Oh ok!」安心してくれた様子。

店外の喫煙所からガラス越しに彼らの様子を眺めていたが、何とか注文出来た様子を見て会場へ戻る。

楽屋でしばらくBOOTedちゃん達と歓談。いつも彼らと会っている訳ではないのでこういう時間もそれなりに貴重なのである。

ハコのスタッフの人が「オンタイムでお願いします」と伝えに来た。すぐにPM7:00になり、BOOTed COCKSからスタート。

今日は6曲のみでしたが、気迫のこもったステージを見せてくれた。おそらく、初めて観る客がほとんどであったが、インパクトを与えられたのではないだろうか。
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終了後、すぐに物販席へ移動。取りあえず座っておく。続いてMENACE。

GuitarとDrumが入れ替わりでVocalを取っていた。演奏はそれなりにパワフルでした。2曲目と3曲目が昔からやっている曲(タイトル失念)で、徐々にフロアを熱くさせていた。
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終盤、「G.L.C!」て言うたすぐ後、ある件で受付カウンターに呼ばれ、少し対応。良かったね、ヨーカイとその連れの人達。

会場内に戻ったら最後の曲は「LAST YEARS YOUTH」うおー!これはもう文句無しに盛り上がりました。お疲れ様でした。

物販スペースに、すぐにDrum/Vocalが汗だくのまま来て、MENACEのCDを値引き…一枚1300円、てガムテープに書いたモノを貼り始めた。私も大きな声を出して営業したよ。

そしてトリのTHE BOYS。彼らの曲はほとんど知らなかったのだが、演奏のまとまり・出音の迫力、悪いけどMENACEと比べたら圧倒的に彼らの勝ちであった。

この日でTHE BOYSを脱退するVocal/Bass DUNCANの、Bassを弾きながらも常に客の目を見ながらの鬼気迫るプレイは文句なし、今日の一等賞!彼がTHE BOYSを再始動するにあたっての理由が非常に男気溢れるものであった。(そこいらへんは後日、ちゃんと書きます)

そんな背景を知りながら熱いステージを見ていると当然、ビールも進む。ドリンクカウンターに何度か行ったが、TIME BOMBの高阪氏に二回、御馳走になる。いやー、有難うございます。

DUNCANはもう50歳代なんですよね?下手したらアラサー言うてもおかしくない若さを感じさせられる。大体THE BOYS、なんてバンド名をつけるなんて70年代当時は相当、はっちゃけた元気な若造だったのだろう。
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トリ近くに、SPECIAL DUTIESもカバーしていた『オゥ、オゥオゥオゥ』てサビの曲(今、調べたら「The First Time」て曲でした)をやってくれた。アンコールに一回だけ応えて本日のライブはEND。

終了後はみんな、フロアへ出て来てお客さんと記念撮影したりCDにサインしたり和やかな雰囲気。PM10:30頃、撤収。
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終電まで時間があるし、まだ飲みたい気分だったのでアメリカ村方面へ足を向ける。

アメリカ村へ入ってすぐに道すがら、今年、何度かセッションさせてもらっている辻本さん(exVIETNAM)に偶然、お会いする。何とかあと一回だけ、一緒に出来そうなので固い約束を交わして別れ、足早にKING COBRAへ。

こっちは80'S UK ハードコアのSTUPIDS・大阪公演だったのだ。三角公園を横切ってたら、まだ演奏が聴こえる。階段でフライヤ配布のために待機していたOrganismのメンバー曰く「今、やってる曲で最後くらいですよー」

足早に入場。会場は満杯。人をかき分け、急いで前方へ。おー、これがあのSTUPIDSのおっさんらか…サビで「オーーーーーー」て言う、確か何かのオムニバスにも入っている?お馴染みの曲をラストにやってた。これを聴けただけでも有り難い。右の方にSHIGA氏。みなさん、汗だくだ。
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何とか1曲のみ観られて終了。階段を下りるまでに20枚近くフライヤを受け取る。こちらの関係者の皆様もお疲れ様でした。そして三ツ寺会館ビルのBAR UTRへ。

奈良方面から来ている若いバーテンのタクヤ君は、7年前にウチから出したオムニバス『DESTREATION GIG』を買ってくれていた。有難うございます。ビールを一杯だけ飲ませてもらい、ハン君と話していたら時計見たらPM11:43だったので慌ててお金を払って駅へダッシュ。

何とか終電の20秒前に間に合うた。やれやれ。駅から徒歩で帰宅。

昨年のSTIFF LITTLE FINGERSの時もそうでしたが、昔から聴いているPUNKバンドのライブを巡って、今日のように色んな思いが飛び交う訳だ。これもまたPUNKと言う文化ならではなのだが自分の中では懐かしさ、などと言う感慨は微塵もない。過去も今もそのまま生きているのだ。

吐きそうな中、拙いながら何とか書き切った。

次回の更新は3日以内、ほなねー。



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時間は経ってますが、何となく書いておきたくなったので書きます。


7月13日から8月1日まで今年、三度目のタイ渡航でした。


タイでの私の週末の行動パターンは、土曜日はチャトチャックのJJマーケット(週末のみ営業する大市場。店舗は1万あり、毎週20万人が訪れる)へ行き、タイ最長老PUNKS・DOK-LAX翁の顔を見てから夕方までにSKINHEADS勢と合流、セクション8と9の辺りで蚊を避けつつ軽くビールを飲んでから、みんなでMRT地下鉄のLAD PHRAO駅そばで毎週土曜日に行なわれているラチャダナイトバザールへ行く、と最近は決まっている。


ここでは毎週、バンド演奏も行なわれているのだが、BRONZE FIST RECORDSから春にリリースしたオムニバスCD「JAPAN-THAILAND CONNECTION 2011」にも参加してくれた南部の街・ナラティワート出身のTHE BOTOXが7月23日(土)に『SKINHEAD NIGHT』と銘打ってイベントを行なうとの事。


で、現在、メンバーが居なくて活動停止状態の、同じくオムニバス参加バンドであるバンコクSKINHEADS・STEEL TOE ARMYのVocalのAに人前で歌わせたかったのと、自分もライブでドラムを叩きたかったので、Gutar/BassをTHE BOTOXに手伝ってもらって何曲かUK Oi!のカバー中心にやらせてもらう事になった。


Aは「JAPAN-THAILAND CONNECTION 2011」のリリースに漕ぎ着けるに当たって、タイの多くのバンドと私を繋げてくれたのと、のんびりしていてなかなか指定の締め切り日を守らないタイのバンドと私の間に立って、連絡係になったり催促したり、と円滑に事が運ぶように協力してくれた最大の功労者である。


ライブの数日前にRAMKHAMHAENG Soi 65のTHONGKAM STUDIOで練習。曲はいつものCock SparrerやThe Oppressed、Sham 69など。あ、初めてEvil Conductの「KING OF KINGS」てのをやった。


23日(土)当日、結局大雨で中止。タクでザ・モール・バーン・カピ隣のTawanna 2にある坊主達の溜まり場・UNITY SHOPへ移動、店の前で鍋(タイスキ?)やった。平日も週に2回は此処へ来るのだが、この日は特に大勢集まり楽しかった。


私が「31日の夜中には日本へ発つから、何とか次週、やってくれ!」とプッシュした甲斐あってか、中止ではなく一週間後に延期、て形にしてくれた。フライヤに私の名前も載せてくれた。


お世話になっている浪川さんのLOW FAT(日本人2名・タイ人2名の編成のファストコアバンド)も出演する事になった。


一応、目的があっての渡航だったのだが、私はほとんどの時間を持て余して宿で鬱々していた事もあり再度、強く要望してスタジオに入った。何だか練習になると彼らの身内が集まって来てみんなで動画や写真を撮りまくったり、いつもライブのようにお祭り騒ぎになる。


もっと早く気付くべきであったが、マレーシアとの国境近くのエリア出身であるTHE BOTOXと彼らの取り巻きは皆、タイ国民の中で3.8%のみと言われているイスラム教徒である、と今回、初めて知った。そりゃ結束も固いよね。


挨拶も手を合わせてサワディカー、ではなく握手してその手を胸に当てるやつだ。傾向として、英語が苦手な者が多いバンコク勢に対し、南部出身のSKINS達は皆、英語はより堪能だ。(例外もいる…THE BOTOXのVivaskins)


そして30日(土)、朝から天気は曇りがち。この日はPM6:00頃にラチャダナイトマーケット到着、一人で屋台で鳥肉が乗ったメシ(40バーツ・約100円)食ってからシンハビア片手にブラブラ店を見て回った。車やバイクのパーツ(私にはガラクタにしか見えない…)の出店が多い。


この3週間前の土曜日に、Aのガールフレンドが子供用のクツを此処で売るのを手伝ったのだが、この日も同じ場所で店を出していた。(1店舗につき一晩、確か300バーツで出店出来るようだ)


PM7:30くらいまで、ロックのスタンダードナンバーのコピーバンドが延々、一時間近く演奏していた。通行人にチップもらっていた。


小雨がパラついたり止んだりし始め、やや不安になる。うーん、何とか降らないで欲しいね…。いつものように若い衆の力を借りつつ、BRONZE FIST RECORDS旗を鉄柵に張る。


最近、SKINHEAD勢とPUNK勢に溝がさらに深まりつつあるらしいが、昨年からたまに見かけるPUNK勢の若い子らもボチボチ集まっていた。タイ・オリジナルPUNKS・BANGKOK ALCOHOLのTonもこの日、4月以来顔を合わせた。もちろん、いつものツンデレ?の彼女連れ。


Facebookフレンドの若いPUNKのお姉ちゃん達に、わざと作り笑顔でおどけて愛想振りまいて笑いを誘ったりしている内にTHE DURIANの演奏が始まった。

最近、ライブ活動を開始した彼らも南部出身のSKINHEADバンド。曲もなかなかセンスが良い。


彼らの演奏中、またしても小雨。音響の人達が慌ててアンプにビニールシートをかぶせる。今日だけは絶対に最後までライブをさせてくれ、と強く天に祈る。


続いてLOW FAT。動きのあるキレまくったステージで、たまたま買い物に来たような一般の人にも受けていた。初めて見た音響の人達も絶賛。


そして南部出身のSKINHEADバンド・THE ISLAND OF SKINS。4月2日のオムニバス発売記念ライブ一日目のIMMORTAL BARにも出演してくれた彼ら、ハードさよりもゆったりした曲調が多い独特の音楽性で、SKA調の曲などでPUNKの客を踊らせていた。


昼間にスタジオで録音を終えた、同じく「JAPAN-THAILAND CONNECTION 2011」参加のバンコクSKINHEADS・FOOLISH THE BASTARDS(SIAM OLD SCHOOL RECORDSからオムニバスが出るらしい)も全員ラチャダに来ていたが、盛り上がっているライブの様子を見て疎外感を感じたのか(笑)、途中で皆、帰途に着いていたらしい。

私がTHE BOTOXに「アイツら、飛び入りでやらしたってや」と気を遣うべきだったか?とAと顔を見合わせて苦笑したりもしたが、まぁいいや。


そして主催のTHE BOTOX。1年間でメンバーが3人から5人になり、音の厚みも出た…かな?マレーシア最初のOi!/SKINHEADバンド・A.C.A.B.の影響がより色濃くなっており、新しい曲もメタルチックなリフを多用している。そのA.C.A.B.のカバーも何曲か披露。地域性が出る、てのは文化人類学的側面からも興味深い。

実は私、タイのバンドではERROR 99、TRIX'O'TREAT、THE DIEHARDSと並んでTHE BOTOXが好きなのである。


Zuskinsから私にドラムを交替し、AがVocalマイクを握りThe Oppressed「WORK TOGETHER」カバーからスタート。人前で叩くのは久々だったので張り切りました、うおー。何とか雨が激しくならないで良かったよ。


色々あって数日間、気分が優れなかったのが何とか一瞬だけ楽になりました。結局、アンコールも含め7-8曲やったのかな?この日のビール約8本分の汗を一気に出したぞ。私なりに観ている人を煽りつつ頑張りました。


最後はTHE BOTOXのオムニバス収録曲「MELAYU PRIDE」だ!マレー民族の誇りを歌っているこの曲をイープン(日本人)の私がやって良いのか?まぁいいや、快傑ハリマオー。


終了後、例によって色んな人と記念撮影。名残惜しいのでいつもの如く、私はウダウダと会場に最後まで残って皆さんを見送り、ようやくAM2:00前にタクシー捕まえて宿へ戻った。


翌日、宿をPM5:00に出てUNITY SHOPへ。前日の出演者含め何人かで私のお別れ会してくれてPM9:00過ぎ、わざわざタクシー捕まえてもらって空港へ向かい無事、帰国。


極めてSKINHEADSらしいSKINHEADSであるTHE DURIAN・THE ISLAND OF SKINS・THE BOTOXを含んだ何らかの音源を今後、出したい。まだ何も決まってないけどね。次はSKINHEADSオンリーの日本/タイのオムニバスにしようかな?


まぁ今回はこんな所で。


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4月2日(土)「JAPAN-THAILAND CONNECTION 2011」発売記念ライブ一日目のImmortal Bar、当初、PM10:00に音止め、と言う約束だったのだがTHE BOTOXの出番が終わって既に時間はPM10:30過ぎ…だったのだがそのまま進行させてもらっていた。

ハコのオーナー・FahがDEGENERATEをいたく気に入り(DEGENERATEのライブの時、PAも彼がやってくれてた)、常連客の老けた自称24歳のおっさんと共に彼らにやたら酒をすすめて、左奥の席で酒宴が繰り広げられていた。音止めに関してはFahの気分次第なのか?いずれにせよ我々と共に楽しんでくれてるんで良し。



続いて5人組・DREAMING HOT ROD。Social Distortionなどの流れのUSパンクに影響されたこのバンド、SIAM OLD SCHOOL RECORDSの中心的存在の一つである。
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昨年2月にもライブを観たが、一年少しでかなり成長を見せていた。雰囲気が初めて観た頃('94年くらい)のクリッキークルーに似ていて何ともおかしな気分になった。(音は全く似てません、あくまで雰囲気…ね)

そして最後のバンド…ニューヨーク系ハードコア・TEN BAHT PER HOUR…遅い時間に気合いの入ったステージを見せてくれて感謝。
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全てのライブが終了する頃には日付が変わってました。(入りのPM1:00から11時間経過…)

受付のお姉さん方からチケットの売り上げを受け取る。確認する。Tシャツの売り上げも含めて考えたら全く赤字にならずに済みました。ふぅ、やれやれ。

中心になって仕切ってくれたSTEEL TOE ARMYのAはじめバンコクSKINHEADSに感謝。
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ハンディカムもちゃんと全バンド、録れました。

帰る間際のバンド連中と写真を撮ったり物販を片付けたり店への精算を済ませたりした後、ようやくDEGENERATE達のテーブルに合流して「お疲れ様でしたー」

オーナー・Fah「今日のイベントのTシャツ欲しいなぁ。あそこに飾ってるのと同じように額に入れて飾るよ」壁にはSEPULTURAやSOULFLYのTシャツが飾ったある。「一番、大きなサイズのをちょうだい」誰か行ったとき、ちゃんと飾ってあるか確認しといてね。
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しばしまったりした後、タクシー捕まえてDEGENERATE+たず君と共にナイスパレスホテルへ帰還。

DEGENERATEの部屋で一服。昨日のシーフードレストラン・Lhao Lhaoへ生牡蠣リヴェンジしに行きたかったのだが、誰も乗って来ない(当たり前やけど)。仕方なく一人で行く事に。

スティサン通りに出てタクシー捕まえる。行き先を告げる。「Lhao Lhao restaurant」少し走った後で「100バーツ」などとヌカしやがるので「Meter!meter!」と声を荒げると慌ててメーター動かしてくれやった。乗る前に確認せなあきませんな…。

入店し、生牡蠣を早速オーダー。ちゃんと3個、出してくれました。…ん?1個だけ明らかに表面の状態がおかしい…「Excuse me…何でこの一個だけ違うん?」無言でその一個を持って奥に引っ込みやがった。(写真、分かりにくいが左奥の分)
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厨房からこっち見てる。取りあえず眉間にシワを寄せつつ、ほんのり威嚇。ナメられたらかなわん。しかし嫌われてはなくそ付けられてもイヤや。少ししたらちゃんとした生牡蠣を持って来た。さっきの食べてたら腹を壊してたかも知れんのう。気をつけよう。

ビールあおりながら今日のライブを振り返った。一日目、まぁ無事に終わって、みんな楽しんでくれて何より。明日も頑張ろう。

小一時間ほどでホテルへ戻って大人しく就寝。

(その20へ続く)

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以前から睡眠時無呼吸症候群かも、と思っていたがここ最近、自分のいびきで目が覚める事が多くなって来た気がするので取りあえず近所の医者行ったら、寝てる間に写真の測定機を指にはめて測定して持ってくるように言われた。
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昼食は玉子入り雑炊、味噌こんにゃく、納豆、豆腐でした。食材はほとんどスーパーの見切り品です。出来るだけこう言う食生活にして行きたいものだ。
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夜、心斎橋LMスタジオでのダブルボギーズの久々の練習におじゃました。1stアルバム「TIGHT ROPE」の曲を中心にやっていた。帰りは松山さんに送ってもらった。ライブの予定はないそうです。
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ライブレポートから少し話は逸れますが、私とタイのシーンとの繋がりについて振り返ってみます。

2008年1月のシンガポールを皮切りに始まった、私の“アジアンSKINHEADシーン歴訪の旅”(笑)の一環としての初タイ渡航は2009年5月(僅か40時間のみ滞在)でした。

二度目のタイ渡航・2010年2月(勤め先の社員旅行で)は、自由行動の日の夜に運良くMezzanineでライブ(Stage ClearやDreaming Hot Rodが出演)を観られました。その時に漠然と「タイでイベントやりたいなぁ」と思い立ち、色んな人の協力のおかげで7月に2デイズで「sons of skinhead BANGKOK meeting」を行なう事が出来ました。

その時の模様をMOBSPROOF誌に掲載させてもらう事になり、記事を書いてる最中に漠然と「DOK-LAXおじさん(他の日記参照)を歌わせた音源作りたいなぁ」と思ったのをきっかけにオムニバスCD「JAPAN-THAILAND CONNECTION 2011」を作る事を決めました。

このオムニバスの完成までの一年と少しの間に色んな人の、銭勘定・損得を抜きにした御厚意の巡り合わせによって私の目標が達成出来た事は決して忘れません。

また、短い期間なりに面白い人間模様も色々と垣間みられ、腹に据えかねる事もなくはなかったですが、結果的に有意義な時間を送る事が出来てます。

年齢を重ねるとどうしても刺激の吸収の度合いが減ってしまうのですが、今の私でも、こんだけ楽しめる文化はやっぱり素晴らしい。このオムニバスが参加バンドに与える影響なども含めて、今後も興味深く、ヘラヘラ笑いながら見届けたいです。



さて4月2日(土)「JAPAN-THAILAND CONNECTION 2011」発売記念ライブ一日目のImmortal Bar、続いてはタイ南部出身のSKINHEADバンド・THE BOTOX。

彼らとコンタクトを取ったのは昨年春頃かな?Myspaceで、タイにもFOOLISH THE BASTARDSとSTEEL TOE ARMYの他にOi!/SKINHEADバンドが居ると知り、驚いた私は早速、メッセージを送りました。(確か日記にも書いた記憶あり)

Vocal/Bass(当時)のVivaskinsは、おぼつかない英語ながら他のタイ勢よりもいつも返事が確実で、その時まだ南部から首都・バンコクに出て来て間もなかったらしく「バンコクにSKINHEADSは居るのか?何処に行けば会えるのか?」と聞いて来たので出来るだけ丁寧に教えたげたらエラく感謝され、間もなくバンコク勢とは毎日、会ったりつるむようになったようだ。

で、7月の「sons of skinhead BANGKOK meeting」にも出てくれて、私のツボを突く(演奏はアレだったが)ダークなSKINHEADミュージック(まさにウチのレーベルにピッタリの音)を聞かせてくれて、すっかりトリコになりました。

オムニバスへの参加オファーに対して『I wont to join…』と返事来たので『I wantかI won't(=will not)かどっち?』と確認したら『I want』だったので一安心。

録音の際に、クスリにのめり込んで真面目に取り組まないギターをクビにしてVivaskinsがVocal/Guitarに急遽パートチェンジ、何とか〆切ギリギリ(ホンマにマスタリングの数日前)に間に合わせてくれた。

「オレたちはどうしてもオムニバスに参加したかった。ヤク中のメンバーはクビにして三日間ほとんど寝ないで急いで録音を終わらせた。声が裏返ったり大変だったけど間に合って本当に良かった。チャンスを与えてくれたHidekiには感謝するよ。SKINHEADバンドにジャンキーは必要ないんだ」



彼らの出身地・ナラティワートは、タイからの分離独立運動を標榜するイスラム系武装集団によるとみられる襲撃・爆弾事件が続発し多数の市民が犠牲となっており、外務省の海外安全ホームページの地図上では「渡航の延期をお勧めします」(つまり危険度4段階中2番目に危険)とオレンジで塗られている。(テロは後ろでおそらく西側資本家が糸を引いてるんやけどね)

ちなみにバンコクは「十分注意してください」(つまり危険度4段階中4番目)でクリーム色に塗られてます。ぬぬ。
http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcmap.asp?id=7&infocode=2011T073&filetype=1&fileno=1

南部の人達のタイ政府に対する反発は未だに根強いらしい。彼らは、接していても(何処が、と説明しにくいが)バンコクや他の地域出身のバンド連中とはノリが異なると感じる事が多い。



同郷の人たちは結束が固いようで、THE BOTOXの出番での取り巻きのSKINHEADS集団の盛り上がりは中々でした。(後から知ったがこの日、二番目に演奏したTHE ISLAND OF SKINSも主要メンバーは南部出身だそう)
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BassにはSKAコア系バンド・Donovan Street RebelのドラムのFARDELが加入、新しいGuitarも加入(いつも一緒に居た取り巻きの一人)、先週のRatchada Nightでも感じたが9ヶ月前から見違えるほどに成長していた。
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オムニバス収録曲のタイトル、そしてTシャツのバックに『MELAYU PRIDE MELAYU SKINHEADS』とあるようにマレー民族の誇りを打ち出している彼ら、「SKINHEAD FOR LIFE」などマレーシア最初のSKINHEADバンド・A.C.A.B.のカバーも何曲か披露してくれました。
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いやー、それにしても独特のスローで重たいリズム、何でか時間の経過が異常に長く感じられました。THE BOTOXのステージは個人的にはこの日のハイライト、でしたね。
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(その19へ続く)
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<5月14日>
4月17日につづいて、アメリカ村のSOCIOにて元VIETNAMの辻本氏、THE BALLADの諸見里氏、粉川氏と共にセッションバンドで出演するのに、練習がなかなか出来なかったので前日の深夜にやる事になった。

昼間、十分寝てPM10:00過ぎに出て心斎橋へ向かった。SOCIOに着くとまだこの日の出演バンドが打ち上がっていたので近くのスタジオVOXへ一時間、個人練習しに行った。

AM0:30に個人練が終わって戻ると諸見里氏が出演バンドとの付き合いで別の店へ行っているとの事で、時間をつぶすためにたまに行く某飲み屋へ。

そこのお姉さんに翌日のライヴの事を告げる。「明日ですかー、仕事が休みなんで行きますよー」との事でテンション上がった。(が結局、来ませんでした。まぁ世の中そんなもんだ)

コーヒー一杯だけで再びSOCIOに戻り、何度もCDリピートして曲の構成を確認、諸見里氏が戻って来たので練習開始。(この日、辻本氏は不在)
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1. CHINESE ROCK (Ramones/Johnny Thunders And The Heartbreakers)
2. LOVE SONG (The Damned)
3. TOO DRUNK TO FUCK (Dead Kennedys)
4. FEEL ALRIGHT (The Stooges)

TOO DRUNK~は前回、構成が憶えきれなかったので間奏前で切って誤摩化したので今回はちゃんと出来るようにした。

AM5:00過ぎまで練習して終わった後、UMIYAへ行き御馳走になった。いつも有難うございます。生ビール何杯も飲んだ気がする。もう数時間後、入りやのにねぇ…帰宅後、PM12:00前にようやく寝られた。



<5月15日>
PM2:30に起床、マイミク・Nさんと会食の予定が無理になったので連絡し、PM3:00過ぎに家を出た。

機材を置かせてもらっているLMスタジオに寄ってからSOCIOに着いたら他の出演バンドがリハ中で時間あったのでTime Bombへ。インストアライブが終わるトコだった。

海外アーティスト/バンドが30組が参加しているチャリティーアルバム『OMOIYARI FOR JAPAN』(CD二枚組)購入。ここ読んでいる人に馴染みのあるバンドではManace, The Undertones, Television, Richard Hellなどが参加してます。未発表音源がたくさん入っているのと、普段は聴かないバンドも聴けるので単純に面白い。みなさん買いましょう。Stiff Little Fingersとか入る予定の第二弾も間もなくリリースとの事。
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ライブ前は炭水化物を摂取せねばならないので、am/pmでいなり寿司とカップ味噌汁買ってSOCIOへ戻り、早食いしてすぐリハ。ひと回しだけして終了。辻本氏さすが。

出番前、楽屋で諸見里氏と話す。人の厚意を都合良く利用したり、自分がやった事に責任を取らないバンドマンが増えたのは今の世相を反映しているのだろうか。そんなチャラチャラした人達が今から何年か経って、どれだけ残っていられるのだろうか。私には時効はないのである。ふっふっふ…。

PM7:00過ぎに出番。気持ちよく出来ました。演奏が乱れる事もなく、みなさんさすが。

諸々、やらなあかん事がたまっているので出番後すぐに帰宅。有難うございました。



<5月16日>
諸事情により(笑)久々にネクタイを締めて外出。いやー、大変。

真っすぐ帰らず、阪神電車に乗り千舟駅で下車、某所で美味しいたこ焼きを頂きつつビールを呷る。
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もやもやした気分を少し晴らし終電で帰宅。なかなか寝られず。



<5月17日>
起きたらAM10:50、燃えるゴミ出せなかった。

スパゲッティ用のミートソースを作ってみた。が、麺を買い忘れていたのでごはんにかけて食べた。
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さて先日、出演させてもらった「三嶋真路のROCK BREAKERS」の放送日は6月5日と6月12日です。番組は毎週日曜日のPM4:00から5:00まで放送しております。
http://info-fm.sakura.ne.jp/blog/?cat=21


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