BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞 -33ページ目

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞

BRONZE FIST RECORDS since 1995.

(その4からのつづき)

ジャカルタからバンドンに到着後、ショップ・RAZORBLADE MERCHを運営するHasanのスクーターの後ろにまたがり、週末、SKINS連中が集まる場所へ移動。

しばらく走るとハイソな服屋や飲食店が建ち並ぶ地区に到着。ロックっぽいファッションを売る店の前に、見憶えのあるSKINS連中がちらほら。

近付いて行くと「おぉーHideki、久しぶり!」ここバンドンは、首都・ジャカルタより人懐っこい人の多い印象、大勢に笑顔で迎えられて昼間の疲れが吹き飛んだ。



そして集団の中に、Panjiを発見!

…遡る事、私がBOOTed COCKSのドラムのお手伝いで静岡でライブをした2006年末、ライブ前にインドネシアから留学しに来ているPanijを紹介された。(紹介してくれたの間宮くんだっけ?)

まだ20歳そこそこ(だったよね?)Panji曰く「インドネシアのOi!バンドは、日本みたいにこんなライブハウスがないから路上でライブをやったりしているんだよ!」確かその時、Hitcock(バンドンのベテランSKINS'N'PUNKバンド)やHaircuts(後にBRONZE FIST RECORDSからTHE ENDと共に『INDONESIAN SKINHEAD DIVISION』をリリース)の音源をイヤホンで聴かせてもらい、現地のシーンについて色々と話してくれた。

「お前は絶対にBOOTed COCKSを気に入るから、ちゃんと観ろよ!」「うん、分かった」そしてBOOTed COCKSの演奏中、Panjiは最初は後ろの方で観ていたが、案の定3曲目あたりから前の方で暴れ出し、ステージダイブ数回、しまいにはステージ前でいつもBOOTed旗を振っていた健太の旗を奪い取り、ステージ脇で旗を振り回していた。(BOOTed旗を奪われまいとする健太とのやりとりの一部始終を見て、ドラムを叩きながら爆笑させられた)

その後、静岡や愛知でのOi!のライブ情報を頻繁に電話で尋ねて来たり、日本を離れる際に大阪へ来た際に近所まで挨拶に来てくれたり、律儀なヤツなのである。2010年1月にBOOTed COCKSと共にバンドンへ来た時も送り迎えや観光案内など、最初から最後までお世話になった。

渡航前に何度も連絡を試みたが、結局、音信不通だったので会えたのは嬉しい驚きであった。そして6年前の静岡であげたBRONZE FIST RECORDSをこの日もインナーに着てくれていた。嬉しいやんけ…。

今はMyspaceもFacebookはログインしていないらしく、電話番号も変わっていた。ジャカルタで日系企業での通訳の仕事を頑張っていて、この日はたまたまバンドンに帰ってきていたそう。「月曜日は昇格のための面接があるから、ライブの途中で帰るかも…」
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/22、Panjiと再会!



皆にすすめられたバンドン産?のアルコール(何だか少し甘い飲み口)やビールを飲み進める。いやー、楽しい週末になってきた。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/22、バンドンの衆。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/22、バンドンの?酒。

空腹だったので、近所の屋台に焼鳥(サテ)とごはんを注文した。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/22、焼鳥(サテ)とご飯。



明日はライブが午前からあるので、楽しい宴も二時間ほどで切り上げ、タクシーを拾ってホテルへ戻った。

(その6へつづく)



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明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。

年始早々に何なのですが、2013-2014年にかけてはアメリカ合衆国経済のデフォルトに端を発する世界的な経済の恐慌が起こるものと予想されます。

しかしながらこれをきっかけに、永年に渡る欧米の心ない極一部の大金持ちによる支配の終焉が始まり、我が国・日本を中心としたアジア各国の努力により数年以内に世界経済は立て直り、真に平和な世の中が訪れる事でしょう。

なぜあのような未曾有の
不自然な震災が起こったのか、なぜおかしな選挙結果になるのか…パンク=レベルミュージックの意味を再確認し「なぜ?と言う疑問から目を反らしてはいけない」(ジョー・ストラマー)事を改めて自分にも問い続けていきます。

余談ですがタイ国はまだPM11:48です。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-1/1



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(その3からのつづき)

<9月22日(土)>

23日(日)に、ジャカルタから車で3-4時間の都市・バンドン(1955年4月のアジア・アフリカ会議の開催地として有名)で、英国のSKA WADDYと言うバンドが来て多くのSKINSが出演するイベントがあると聞いて、それにあわせてこの日、バンドンへ移動。

ホテルの前の屋台のミー・アヤン食ってからAM9:00前にホテルをチェックアウト。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/22、ホテルの前の屋台。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/22、ホテルの前の屋台の麺。



バスの乗り場所を探していたのだが、ブロックMと言う場所がバスターミナルだと聞いて、タクシーで移動。昭和の百貨店・最上階の食堂フロアを思わせる、地下のパサラヤ・フードコートでジュースを飲んで、更にショウガとミルクティーあわせたようなのをホットで飲む。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/22、ショウガのホットドリンク。



げっぷしながら少し涼んだ後、ひったくりやスリがあちこちにいると言うブロックMのバスターミナルへ。

8車線くらいで前後1kmくらいの長さのバスターミナルで炎天下、AM10:30頃から来るバス来るバスに「バンドン?」と聞いても愛想悪く「ノー!」と言われるか、無言で手を左右に振られるばかり。

何となく怪しげに見える人間が周りをウロウロする度に、不機嫌そうな眼を向け(実際、汗だくで不機嫌だったが)威嚇。幸い、だだっ広くて人が密集している訳ではなく、こまめに移動して警戒している感をアピールする努力をした。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/22、ブロックMのバスターミナル。危険。



それにしてもバンドン行き、なかなか見つからないので思い切って昨日、お会いしたマイミクのBさんに連絡。ブロックMの入り口付近にあるXTRANS、と言う業者がバンドン行きのバスを扱っていると教えて頂く。重たい荷物を引きずって行ってみた。

次の便がAM11:30に出るとの事、しかしどうも従業員(荒井注似)の英語が不安だったので、私が「あそこの大きいバスターミナルで待てばいいの?」と何度も聞いて紙にも(完璧な文法で)書いたらウンウン頷いたので、再び重たい荷物を引きずってバスターミナルへ移動。時刻はAM11:00前。



しかし必死にきょろきょろ辺りを見回してもそれらしきバスは来ない。これはおかしい、とPM12:30過ぎ、再び重たい荷物を引きずってXTRANSの事務所へ。

従業員(荒井注似とは別)に「バスがなかなか来ない。何で?」と言うと、英語が分かるようで「バスの発着場所はこの事務所の前ですよ」…年甲斐もなくブチ切れ「さっきの従業員はあっちが発着場所だと言ったから炎天下、危ない場所におったんやぞ!」

幸い、次のバスはPM1:30に出発だったのですぐ予約…しようとしたら荒井注似が来たのでさらに激しい口調でクレーム。「Price down!」しかし応じないのでもう一段階、ブチ切れ度をレベルアップさせたら、75000ルピア(約660円)が65000ルピア(約570円)に。いえーい!90円、得した。



ミネラルウォーターをもらい、冷房の効いた事務所内で待機。いやー、しかしブロックM到着からバスの出発まで、異常に長い時間だった。



バスの旅は快適で3時間ほどでバンドン入り。中心部は交通渋滞だったのでPM5:00頃、小さいバスターミナルに到着。バスターミナルの従業員に、あらかじめ予約していたホテルの地図を見せると、親切にも複数名でタクシーを捕まえようとしてくれた。

タクシーで数分の場所にある小さなホテルに到着。

話は前後するが、某SNSで23日のライブのフライヤのスレッドに「このライブ会場の詳細な所在地は?近くにホテル取るから教えてくれ」と書き込んで、何人かからレスをもらっている間に「前日、着いたらすぐ迎えに行くから連絡くれ」と言われ、気がつくと今回はRENTENIR(レンテナー)およびその仲間にお世話になる事になっていた。

RENTENIRは2010年1月のBOOTed COCKSのバンドンでのライブで初めて見て、かなり気に入ったバンドであった。



素早く着替え、言われていたコンタクト先にすぐに電話したら、一人の若そうに見えるSKINSがスクーターで迎えに来てくれた。彼の名はEko。後ろに乗るように言われ、カバンをたすき掛けにしヘルメットを被る。

途中、二度ほど危ない瞬間があったので信号待ちで「もっとゆっくり走ってくれ。オレはそれほど若くない」と伝えると、少しスピードを落としてくれた。



20分ほど乗って、ようやく住宅が建ち並ぶ路地へ入って行った所でスクーターを降りる。大きな家の軒先にSKINHEADギアーが陳列されたショップ「RAZORBLADE MERCH」は、迎えに来てくれたEkoのショップ。RENTENIRのキャップをくれた!(が、旅行中になくした!次回、実費で買うもん)
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/22、RAZORVLADE MERCH店内。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/22、RAZORVLADE MERCHの看板。

既に何人かのSKINS達が集まっていて、全員と握手、ほとんどの人間が2010年1月のBOOTed COCKSを見て「Wonderful band! 次はいつ来るの?」と気に入っていて、「Haircutsの時、ラストのThe Oppressedのカバーでドラム叩いてたよね!」と私の事も憶えていてくれてヒデキ、感激。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/22、RAZORVLADE MERCHの店構え。

Ekoはナイスガイで、アニメとか日本の文化がすごく好きだそう。人懐っこい顔で自分の好きな歴史などの事も質問してくる。

しばらくして「みんなが週末に集まってビール飲む場所へ移動するよ!」との事で再びEkoのスクーターの後ろに乗る。コワいぜ!

(その5へつづく)



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(その2からのつづき)

道を知らないタクシー運転手に苦労しながらもTebetのWarriors shopにPM8:00頃、ようやく到着、2010年1月以来、2年8ヶ月ぶりに再会したUthayと握手と抱擁を交わす。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、WARRIOR SHOP

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、WARRIOR SHOPの前で

1995年に結成したインドネシア最初のSKINHEADバンド・THE ENDのVocal/GuitarがUthay。彼を中心とした仲間がWarriors crew。2008年末、初めてWarriors shopに来た時の模様は下記のmixiの日記を御覧下さい。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1042231123&owner_id=8993706

そしてTHE ENDの1999年リリースの名作アルバム“MADE IN INDONESIA”と、ジャカルタと並んで強固なSKINHEADシーンが存在する内陸部の高原都市・バンドンのHAIRCUTSの“HAIRCUTS”(2004年)の二枚をカップリングした『INDONESIAN SKINHEAD DIVISION』を、BRONZE FIST RECORDSから2009年末にリリースするに至ったのである。
$BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-INDONESIAN SKINHEAD DIVISION



よりみんなが集まって楽しみやすくするように、隣のテナントも借りて、前に来た時よりスペースを拡げていた。久々に会う皆さんとビールを飲み交わす。

2010年1月のBOOTed COCKSとCROPPED MENのインドネシアツアーの時と同じく、ここ最近、THE OPPRESSEDやLAST RESORTなどがインドネシアでライブを行なった時も、ジャカルタではいずれもWarriors crewが主催している。



今回、私はCDやTシャツを何枚か持って来てはいたが、今はUthayの手元にあまりアイテムがないようで、少しだけトレードした。

一人、BRONZE FIST RECORDSのTシャツを着ている人を発見。あれ、バックプリントに小さくレーベルマークが入ったバージョンは過去にジャカルタには持って来ていないはずだが…。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、Warriors crewの一人。Tシャツ…。

フロントデザインを見てびっくり。THE ENDとバンドンのHAIRCUTSのカップリングTシャツに、ウチのマークを使用してくれて?いた。苦笑するしかない。まぁ有難い事でもあるが。まぁ、大らかな国民性だ。笑



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2010年1月のツアーの時にバリとジャカルタ両方、見に来てくれていたIさんがKemang地区にカフェを開き、この夜ちょうどDJイベントが開かれるとの事で行く予定にしていたのだが、ちょうど居合わせたWarriors crewもほとんどが足を運ぶ予定であるとの事。

車に便乗させてもらって移動。20分ほどで飲食店が立ち並ぶ地域にある、立派な構えの「Cafe MONDO」に到着!
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、CAFE MONDOの立派な構え

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、CAFE MONDOの看板

そそくさと入店し、地下へ降りるとDJの真っ最中。過去に仲良くなった顔なじみのSKINHEADSも何人かおり、既に汗だくで踊って楽しんでいる者も。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、CAFE MONDOのDJブース

1Fでビールを注文した後、上階へ移動しSNSで知り合ったインドネシア在住の日本人の皆様と同じテーブルに陣取り、乾杯!

お仕事その他、色々と貴重なお話を聞く事が出来た。



二時間ほど滞在、帰る前にお店の前でWarriors crewと記念撮影。Uthayとも再会を誓った。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、CAFE MONDOの前でWARRIORS CREWと。



日本の皆様、ジャカルタへお立ち寄りの際は、是非ともCafe MONDOさんへ足をお運び下さい。所在地は…cafe MONDO jl.Kemang raya.no.72 i ,Jakarta Selatan, Jakarta, Indonesia (021) 7195701
http://www.facebook.com/CafeMondoJkt

下記は、取材を受けられたサイトです。
http://www.shift.jp.org/guide/jakarta/music/cafe-monde.html



(その4へつづく)



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今回のインドネシア渡航の主目的…福岡のV.S.HONOURと共にカップリングCDをリリースしたジャカルタのFIREY JAK(ファイアリージャック)のメンバーにCDを手渡すために、CIPUTRAモールからFIREY JAKのVocal・Arthurの店があるサッカー場、ゲロラ・ブン・カルノ・スタジアム(Gelora Bung Karno Stadium)近くの大学へタクシーで移動。

言われた通りに大学の門の前で下車、待っているとすぐにArthurが迎えに来てくれた。一緒に歩いてすぐの場所にある彼の店・VISITORS ENDへ行くと、何人かの彼の仲間が集まっていて、笑顔で迎えてくれた。FIREY JAKのドラムのHendiを紹介された。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、VISITORS END

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、VISITORS END

店の中で『SONGS FOR HOOLYS』の現物支給分を手渡す。「おぉー!」と非常に喜んでジャケットを眺める様子を見て、私も嬉しくなった。

ArthurとHendiと共に、歩いて数分の場所にあるセブンイレブンへ移動。2Fで飲食出来るようになっており、ビールを御馳走になった。乾杯!



以下、Arthurとの会話をインタビュー形式でまとめてみました。

FIREY JAKはいつから活動してるの?
「1998年からだよ。インドネシアのSKINHEADシーンで、ジャカルタのTHE ENDやマランのNO MAN'S LANDを第一世代とすると、FIREY JAKは第二世代だね」

主に影響を受けたり、好きなバンドは?
「Sham 69やMenace、Cock Sparrer、Cockney RejectsとかのクラシックOi!や'77パンク、あとThe Who、The KinksやSmall Faces、Oasis、Stone Roses、ブリットポップが好きだね」

みんな、普段はどんな仕事をしてるの?
「オレは子供の頃からサッカーが大好きで、自分でデザインの勉強とかして、2003年からOFFHOOLと言うブランドを始めたんだ。店(VISITORS END)は今は人に任せてあって、毎日、home industryでジャケットとか服を作ってるよ。ドラムのHendiは普段は警備会社に勤めてるんだ。今日は仕事が休みなんだよな?彼は幼なじみで、FIREY JAKのオリジナルメンバーだったけど、もう嫁も子供もいて仕事が忙しいので一度はバンドを止めたけど、また戻って来てくれたんだ」

ブランドや店の方はどんな感じ?
「何とか良い感じで成長してきてるね。そもそもイギリスのCasualsの文化に興味を持ったキッカケは、ジャカルタのサッカーチーム・Persija(ペルシージャ)を応援するTiger Boys、て集団がいて、その中の何人かがCasualsウェアを着ていたので興味を持ったのがキッカケなんだ。Tiger Boysはジャカルタの色んな地域から集まって一つのグループを作ってるんだ」
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、FIREY JAKのArthurのブランド・OFFHOOL

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、VISITORS ENDの前で



小一時間ほどだべった後、数日後にスタジオでのリハーサルを見せてもらう約束をし、ホテルへ戻るためにタクシーを拾ってもらい別れを告げた。

タクシーの運転手に、予めプリントアウトして持って来たホテルの地図を見せた。が、この運転手が道を全く知らないヤツでかなり難儀し、1時間近くかかってようやくホテルに戻り、少し待ってもらってそのまま同じTebet地区のWarrior Shopへ向かった。

THE ENDのUthayに電話し、運転手に道を教えてもらった。が、やはり何度も同じ大通りをグルグル回って40分以上かかってようやく到着。近くにホテルを確保した意味が全くあらへんがな…。



(その2へつづく)



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BRONZE FIST RECORDSの今年のリリースとして、10/15に福岡のSKINHEADスカ6人組・V.S.HONOURと。インドネシアのフーリガンOi!・FIREY JAK(ファイアリージャック)のカップリングCDをリリースした。
$BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-New release「SONGS FOR HOOLYS」

リリースのキッカケは…2010年1月にBOOTed COCKSのドラマーとしてバリ・ジャカルタ(2ヶ所)・バンドンのツアーを経験した現・V.S.HONOURの学氏と、V.S.HONOURのクック氏にTwitter上でのやりとりインドネシアツアー行きを熱望され、それなら何らかの音源を出してから動きましょう!と言う話になった。

そしてインドネシアツアーで共演したバンドの内、特に学氏の印象に残っていた、私も気に入ったジャカルタのFIREY JAKのVocal・ArthurにカップリングCDの話を持ちかけた所、是非とも!と引き受けてくれた。

海外のバンド絡みのリリースの際の最大の懸念は、バンド側が音源その他の締め切りを守ってくれるかどうか、でありFIREY JAKについてもたまに音信が途切れたりハラハラさせられたが、最終的には予定通りに秋のリリースに漕ぎ着けた。

2010年1月のツアー時はFIREY JAKのメンバーとはほとんど言葉を交わしていなかった。現在、私がタイ国バンコク在住で、インドネシアへはより渡航し易い状況にあるので、せっかくの縁をより深いものにしようと考え、出来上がったCDを直接、彼らに届ける事を主目的とし、この9月に人生三回目・約3年振りのインドネシア渡航を行なった。



<9月20日(木)>

PM8:40・スワンナブーム空港発のエアアジア・QZ7717便に乗るために荷物をまとめている時にベランダから外を見たら小雨。「面倒やなぁ…」と思いながらPM6:00過ぎ、マンションから徒歩10分のエアポートリンクのラチャプラロップ駅へ向かうべく部屋を出て一歩、マンションを出たら今年、一番の集中豪雨に見舞われていた。

大通りへ出るまでのいつもの道が既に数センチ浸水。「ヤバい…」と思いながら仕方なくもう一本の道へ出たらもっと浸水が激しく、川のようになっていた。何でめったにない豪雨がこの日やねん!

20kgの旅行カバンを出来るだけ濡らさない努力をしつつ、ドクターマーチンのまま濡れながら駅まで行った。(後で考えたら一度、帰宅してサンダルに履き替えてジーパンの裾をヒザまで上げてから行けば良かった)

傘をささなかったので、駅のホームでTシャツだけ着替えた。下半身は濡れたままで気持ち悪いが仕方ない。

この数日前にイミグレーションへビザ延長に行った際、ついでにリエントリーパーミット(一度、出国してもビザをそのまま継続するための手続き)は取得しており、チェックイン・出国手続きは特に問題なくPM9:00前、無事に出発。



ネットで航空券を取る際に、申し込んでおいた機内食、なかなか持って来てくれない。どうやら申告しないと持って来てくれないようだ。まぁ食べたいタイミングに持って来てもらう方が良いか。空腹だったのでテリヤキチキン、美味しかったです。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/20、ジャカルタ行きの機内食。



AM0:00過ぎ、飛行機は無事にジャカルタ・スカルノハッタ空港に到着。インドネシア用のSIMカードをすぐに確保したかったが、夜中なので空港には売っているはずもなく、そそくさとタクシー乗り場へ。

今回、ジャカルタでの主目的の一つは、2008年の初渡航以来、お世話になっているTHE ENDのUthayと彼らの取り巻き・Warriors crewとの再会。彼らがくつろぐ場所であるWarriors shopの近くに確保したホテルへ向かった。

空港から40分ほどで到着。ホテルは一泊・2400円ほど。出来たばかりで部屋もきれいであった。従業員は若い人ばかり。疲れた身体にシャワーのお湯が有難かった。エアコンを全開にして濡れた衣類を乾かしつつ、Wi-Fiパスワードをもらって、ネットしながらうとうと。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/20、ホテル。何で枕ふたつやねん。



<9月21日(金)>

AM9:00頃、起床。ホテルの人に「朝食がありますよ」と言われ、小さな食堂スペースに行ったらテーブルの上にパンやコーヒーが置かれていた。が、食パンを焼く設備もなく、バターは常温保存しているからか、脂が分離していた。身体に悪いわ…。



食事しないまま、ジャカルタへ来たらいつも寄っているEVERLASTショップがある巨大ショッピングモール・ポンドクインダーモールへ。

少しうろうろしたが、私が憶えている場所にEVERLASTショップが見当たらない。???インフォメーションで聞いたら、何と閉店したとの事。何やねん!

前もって別の場所にもEVERLASTショップがある事は確認していたので、取りあえずメシ。『chicken story』…鶏料理専門店のチキンの香草炒め?ニンニクが程よく利いていて美味かった。ココナツジュースも飲んだ。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、鶏の香草炒め。

食ってすぐにCIPUTRAモールへタクシーで移動。渋滞もなく20分ほどで到着。インフォメーションで確認し、EVERLASTショップ発見!
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、CIPUTRA MALL

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-9/21、CIPUTRA MALLのEVERLASTショップ。

ボクシングパンツ、靴下、Tシャツ、半ズボン、スニーカーなどを購入。安かった。従業員に聞いたら、ジャカルタに3店舗あったEVERLASTショップは、すでにここ一軒だけになったそう。



そしてFIREY JAKのArthurが経営するVISITORS ENDへ向かう。



(その1へつづく)



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(その7からのつづき)

<9月4日(火)>
正午前に起床。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ふる里のハンバーグ定食。

日本人向けレストラン「ふる里」のハンバーグ定食を頂いた後、旅も終わりに近付いている事もあり、改めて付近を散策。ぶらぶら土産物を見て回ったり。



夕方PM6:00、約束していた通りTHE DOLTISHの二人がバイクでタメル地区まで来てくれて、ライブ会場だったHOUSE OF MUSICのすぐ側の小さいメシ屋でモモをつまみながらネパール酒・チャンで乾杯!

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-THE DOLTISHがわざわざ来てくれた。

まだ10代にも関わらず、ついこないだ3枚目の音源をリリースしたり、コンスタントにライブを重ねている彼ら。しかし特に力んだ様子もなく、いつも飄々としているMannesを、私は愛着をこめてマネ夫、と呼ぶようになった。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-マネ夫、又会おう!

彼はミャンマーのTHE REBEL RIOTのKyaw Kyaw(チョチョ)と並んで、今後のアジア地域のPUNKシーンでも重要な存在になるであろう。

一時間半ほどとりとめのない話をし、固い握手で再会を誓い、バイクで帰宅する彼らを見送った。必ずまた会おう!

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-君たちの事は忘れない。



さて、タメル地区を散策すると、写真のようにマッサージの看板をかかげた店が所々にありますが、9割方、風俗店だそうなので要注意。笑

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-マッサージ、て書いてても8-9割がた風俗店。



<9月5日(水)>
ネパール最終日、AM8:00前に起床。

昨日に続き、日本人向けレストラン「ふる里」でトンカツ定食。美味かった。バンコクと比べたら日本食は少し安いのでここぞとばかりに毎日、食いまくってしまった。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ふる里のトンカツ定食。旨し。



交通事情を考慮し、早めにチェックアウトした。

ホテルからタメルチョークまで歩くほんの数メートルですぐにタクシーを拾えた。タクシーのおじさんは、娘さんが小樽で学校に行きながら働いているとの事で、終始愛想良く話してくれた。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-タメルから空港へのタク。

タメルから40分ほどでトリプバン空港に到着。次はいつ、来られるだろうか。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-また来るぜ!

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-早めに着いて珍しく早めにチェックイン。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-帰りの便。



待ち時間の間、ノートPCでMOBSPROOFに掲載する原稿のまとめを行なった。

そしてほぼ定刻通り、飛行機は一路、バンコクヘ。

帰りの機内食のチキンカレーが妙に美味かった!

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-帰りの機内食。チキンカレー。旨し!



無事にバンコクヘ帰還。

帰りに、空港職員が主に利用する価格も抑えめのフードコート『MAGIC FOOD POINT』へ寄ったが、空腹でなかったので写真だけ撮って、エアポートリンクでまっすぐ家へ帰りました。

BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-スワンナプーム空港の食堂。

今回も色んな人たちのおかげで有意義な旅でした。



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(その6からのつづき)

<9月3日(月)>
AM9:00過ぎに起床。

宿の朝食には飽きたのでタメル地区をブラブラ散策しつつ、「地球の歩き方」にも掲載されていて観光客にも有名なニューエベレストモモセンターへ行く事に。

知名度・荘厳な店名の割に、あまりに地味な佇まいに思わず2度、店の前を素通りしてしまった。やっと見つけて入店。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ニューエベレスト・モモ・センター。

一皿にモモが10個入りで40ルピー、独特のタレが美味かった。が、おそらく私にはポン酢が一番、合うと思った。

ヤカンのみがテーブルに置かれていた。こっちでは、同じ飲み物を回し飲みする時でも口をつけずに飲むのがマナーのようであり、他の客はそのようにして飲んでいた。私は飲まなかった。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ニューエベレスト・モモ・センターのモモ!



昼過ぎ、先週に続き再びRAI KO RIS宅へ向かうためにタメル地区を南に下った場所にある乗り合いバン乗り場へ。この日、同行する事になったネパール在住のフランス人PUNKS・クラスティーにブダニールカンタ行きのバスを探してもらって乗り込む。やや渋滞気味だったので40分強で到着。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-乗り合いバンでブダニールカンタへ。



到着した場所にあった、ひったくり注意の看板が興味を引いた。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ひったくりには気をつけましょう。



この数ヶ月前にKさんを通じてもらったRAI KO RISのTシャツのデザイン通りの、草を運ぶ女性が居られたのでこっそり撮らせてもらった。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ブダニールカンタ。草を運ぶ女性。



前回はタクシーだったので、今回のバンを降ろされた場所から歩く距離が長く、ややきつい山道…と言うほどでもない坂道をよたよた歩き、RAI KO RIS宅に到着。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-RAI KO RIS宅へは坂道を20分ほど歩く。



Sareena+Olivier夫妻は相変わらずの笑顔で迎えてくれた。

二日前のライブ終了後、自宅スタジオの機材と共に、借りた車の荷台に乗って帰る彼らを見送ったが、私が今、上って来た坂道をのぼり始めた所で車が故障し、みんなで車を手で押して夜中までかかってようやく自宅まで辿り着き、大変だったそう。

タイからネパールへ、自分で飲むようにChang beerを何本か持って来ていて、先週お土産として2本あげたのだが、結局、宿で飲む事がなかった残りの3本もこの日、あげたらOlivierはやっぱし喜んでくれた。

自分が飲む分のビールは買いに行った。こんな(?)山の麓でも売店は意外と多く、喉が渇いた時なども困らない。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-売店は割と多い。ビールに困らない。温いが。



私が彼らと繋がるきっかけになったDOLL誌のバックナンバーがあったのでしみじみ眺める。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-RAI KO RISの記事掲載のDOLL誌。

この記事も手がけられた当時のDOLL誌の編集者・山路健二氏が出版社を立ち上げられた事を伝えると、Sareena+Olivier夫妻は大変に関心を示していた。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-RAI KO RISと繋がるきっかけになったDOLL誌の記事。

そして同じ号に、私が書いたBOOTed COCKSとVAGERKEのインタビュー記事も。時間は流れますなぁ…。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-同じ号に私が書いた記事も。笑



DOLL誌を眺めている内に、にゃんこにひざの上で寝られた。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ひざの上で寝られた。



RAI KO RISは以前は、タメルの街中にPUNKやアナキズムなどの考えに共感する若者の集まる場所として『THE INFO SHOP』を構えていたが、現在はこの家を『THE INFO SHOP』としている。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-THE INFO SHOP。以前はタメルの街中にあった。

自宅のスタジオは、玄関から入ってすぐ右にある。ここで数々の作品が録音された。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-中央の奥がスタジオ。

スタジオ内の壁には、PUNKの歴史の流れについて書かれたものが貼られている。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-壁に貼られたPUNKの歴史。



御子息・ティンティン君が、手製のパチンコで隣の家の蜂の巣を打つのに付き合わされた。蜂が怒って、襲って来たらどうすんのよ…しかしこうして屈託なく自然の中でのびのび育つ彼の将来が楽しみである。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ティンティンくん。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-隣家の蜂の巣を攻撃するティンティン。

ポニョちゃんと言う娘さんもおられる。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ポニョ。

ボードに、ポニョちゃんごはんをあげる時間が書かれている。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ポニョにご飯をあげる時間。



今回もMOBSPROOF誌に、ネパールPUNKの記事を書かせてもらう事になり、土曜日のライブの模様と併せて掲載するSareenaの簡単なインタビューを行なった。(記事が掲載されたMOBSPROOFは既に絶賛発売中です!http://www.studs.jp/mobsproofSP_punkX.htm)



'95年に私がBRONZE FIST RECORDSを始めた頃に何枚かレコードをトレードした、発展途上国のPUNKバンドのリリースを続けている天安門レコードのLukなど共通の知人の話になった。

「どこの国へいってもHidekiの名前が出て来るよ。Hidekiはアジアではチンギスハーンより有名だよ!ネパールでは、日本のファッキン◯◯よりもね」

今さら言うまでもないが、RAI KO RISを中心とするネパールのPUNKシーンは、私から見たら福井のPUNKシーンとの共通点が多く、リスペクトなどと言う言葉も陳腐になるほど、神々しい。

「ここには世界中から色んな人が来るから、いつかもう一棟建ててゲストハウスにしたいわね」(2012年12月現在、既に建造に取りかかっているとのこと!)



RAI KO RISのSareenaとOlivierに加え、Sareenaが音楽を教えていた村の女性・Sampreetyのトリオ・TANK GIRLのアルバム『Kids With Guns + Choco Fun』のアナログ盤を見せてもらった。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-TANK GIRLのLP!初回500枚プレス分。

この作品は、CRASSレーベルの今日的解釈とも言える独特のサウンドが素晴らしい16曲入り。最初のリリース時はCDRだったが、ドイツのDorfpunkgangdeluxeからアナログ限定700枚プレスで再発(内200枚はダブルジャケット)。入手は困難ですが気長に海外のディストロとかで探してみて下さい。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-TANK GIRLのLPの中身。

「これのCDR、もっと持ってない?日本のお店に卸したいなぁ」と聞くと「Hidekiなら勝手にコピーして売ってくれて構わないよ」いやいや、そう言う訳にはいかない。しかしこんなに凄い作品は、どないかしてもっと世に知らしめたい。そのための方策は検討中、とだけ言っておきます。ふっふっふ…。



「Hideki、お腹空いてるでしょー?」Sareenaがみんなが食べられるだけのラーメンを作ってくれた。普段は健康のために避けているインスタントラーメンではあったが、そら今回の旅で食ったどのメシよりも美味かったがな!
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-今回の滞在中、最も美味いメシ。



「ところでこの日本のバンド、知ってる?2002年にシンガポールへライブしに行った時に共演して、カッコ良かったよ」とFC FIVEと言うバンドのCDを見せてくれた。FC FIVE…mixiのかがみ君の日記のライブ告知で何度か見た気がする。が、ネットで調べたらもう解散したのですね。



その後、自宅スタジオで私がギター、ライブの撮影をしてくれた夏子さんがベース、OlivierがドラムでRamonesの曲をやったり、Sareenaがギター、私がドラムでCrassの曲をやったり、楽しい時間はあっと言う間に過ぎた。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ドラムセット。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-スタジオ内。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-オリヴィアさん、お世話になりました。



この日も結局、最終のバスが出るPM6:00を二時間過ぎたPM8:00まで居座ってしまい、タクシーを呼んでもらった。

Sareena+Olivier夫妻と来年の再会を誓ってブダニールカンタを後にした。



久々にドラムをばかすか叩いたからか空腹だったので、一度ホテルに戻ってからタメルをうろうろし、思い切ってエベレストステーキハウスに入店。閉店間際だったが愛想良く迎えてくれた。

肉は固かったが、まぁ気にしない。にんにく乗せてガツガツ食った。確か日本円で600円強だった。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ついつい、がっつり肉を。しかもニンニク乗せて。



もっと飲みたい気分だったので、一人でJHAKKASへ。まぁ分かりやすく言うと売春キャバクラ、みたいなものでしょうか?隣にお姉さんが座ろうとするのを拒み、しんみり飲んだ。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-JHAKKASで踊るお姉さんとお兄さん。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-JHAKKAS。



ネパールPUNKに興味がわいた方は下記のサイトを御覧下さい。
http://diypunknepal.blogspot.com



(その8へつづく)



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(その5からのつづき)

<9月2日(日)>

AM8:00から日本食屋・桃太郎でうどんすきをがっつり食べました。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-日本食屋・桃太郎のすき焼き定食。



明日は再びRAI KO RIS宅へ行くのだが、MOBSPROOF原稿用に簡単なインタビューをするので、聞く内容とかを彼らにもらったファンジンを読みながら考えました。



ぼちぼち土産物を、と思いタメルの街を昼前までぶらつきました。ダライラマの顔がいっぱいありました。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ダライラマの顔顔顔顔顔。



昼食はまたしてもCha Cha Cafeへ。この日は和風おろしパスタ。まぁまぁでしたが、やはりこのお店はカルボナーラが最強だと思いました
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-Cha chaカフェの和風おろし大根スパ。



日本人経営のロイヤル華ガーデンと言うホテルでは地下水を沸かした温泉を400ルピーで提供してくれる、と渡航前から聞いていたので砂埃舞う中、用意していた水着も持って40分かけて歩いて行ったら、設備が故障していて2週間後までなおらない、と言われました。せめてホームページに書いておいて欲しかったです。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ロイヤル華ガーデンへ行くも温泉は工事中。



またトボトボ40分歩いて帰って少しふて寝して起きて、夜はこれまた日本食レストラン・おふくろの味のクリームコロッケ定食と大根おろしを食べました。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-日本食屋・おふくろの味のクリームコロッケ定食。



宿へ戻り、椅子を使ってトレーニングしてたら右肩を傷めてしまい、腕を上げにくくしてしまいました。あーぁ。



(その7へつづく)



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(その4からのつづき)

<9月1日(土)>

ネパールPUNKのライブの日、遅くまで寝て起きて、宿の朝食は飽きたので再度、洋食屋・Cha Cha Cafeへ。やっぱりここのカルボナーラ、破格に美味い。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-Cha Chaカフェのカルボナーラ。美味い!

宿へ戻って用意してPM1:00過ぎ、ドクターマーチンの紐を締め会場へ向かった。



道すがら、前方にモヒカンの若い女性とその連れの男性。追い抜いたら話しかけられた。ライブを見に来たが場所が分からない、との事で一緒に行く。

中国の深センから来たそう。彼女、YoudaはLast Targetの亮子氏と堀北真希を足してぺったんこにした印象で私の好みだ。

「明日、トゥバへ行くんだよ!トゥバにもPUNKバンドが居るらしいよ」トゥバ…一瞬、何の事か分からなかったがチベットの事だった。そうか、チベットにもPUNKの芽が出ている訳やな。



…以降、ライブの模様は10月末に発売されるMOBSPROOFをお読み下さい!写真を何点かUPしておきますので御覧下され。今回はMOBSPROOF誌上には私の写真は載りません。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-FEMALE EGO
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-THE DOLTISHと一曲、セッション!
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-THE DOLTISH
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-一曲だけ女性Vocalを交えプレイ。
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-THE DOLTISHで盛り上がる!
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-RAI KO RISのSareena
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-RAI KO RIS
BRONZE FIST RECORDS・社長の訓辞-ライブは無事に終了!機材車を待つ。


そしてYoutubeにも合計6本の動画をUPしております。FEMALE EGOは特に貴重でしょう。

RAI KO RIS


THE DOLTISH


FEMALE EGO







ライブは夕方無事に終了、興奮のまま宿へ戻り、ほとんど出歩かずに寝るまで想い出を反芻していた気がする。



(その6へつづく)


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