友達との距離間に悩む。

昔はまったくそんなことで悩まなかったのに。

 

歳を重ねるごとに、社会と人間を知り、価値観が変わる。

ほんの数カ月前までよく会っていた友達とも価値観がずれ、一緒にいても楽しくなくなった。

 

とりあえず暇で何をして良いのかわからないから、友達と会う予定をひたすら入れ、空白をつくらない。

暇やから、何もすることないから電話した。

飲み屋は最高の暇潰し。

 

この考えを持つ人に嫌悪感を覚えるようになった。

別にその生き方は何も悪くない。

自分も去年までは飲み屋にしょっちゅう通っていたし。

 

でも自由と時間が本当に大切で、本気でFIREを目指すと覚悟を決めてから一気に変わった。

 

会社の人と話が合わないし、一生この会社にしがみつくという前提で繰り広げられる会話が気持ち悪くてしんどい。

次の異動はあそこがいい。

あの人はこんな人やから実は危ない。

業務システムが来年こう変わる。

 

そこからだらだら続く雑談。

 

心底どうでもいい。

自分という核に何一つ関係ない。

 

そもそも自分なんてないのに、どうこう言うてもしゃーない。

これは、今ブログを書いている自分自身にも当てはまる。

 

社会や人への不満。

不満や怒りは、自分の思い通りにいかないから湧き出るものである。

要は期待しすぎることから始まる。

 

期待値を下げよう。

良い意味で諦めよう。

 

明らかに究める、究極のマイナス思考はむしろポジティブ思考だ。

五木寛之氏も言っていた。

 

でも万人に共通している事がある。

生まれて死ぬこと。

そして、生きているというその事実に起因する、どこか悲哀のようなものを心の隅に置いていること。

これは絶望ではなく希望だ。

ここで繋がっていると思えることが唯一、人間を最後まで嫌いにならない方法だと思う。